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第三章 吸血鬼殺し


 

 目を覚ますと、隣にいるはずの紅音が居なかった。

「どうしたのかな……」

 荷物はそのままだ。風呂にもトイレにも居ない。

「外かな……」 

 優貴はいつも二人が再誕者討伐のときに待ち合わせをする路地裏に向かうことにした。


 ◇


 路地裏にたどり着いた優貴は、そこにいた少女を見て違和感を感じた。

「紅……音?」

 紅音はそこに佇んでいた。

 そして、優貴の呼びかけ紅音は、杖で返事をした。

 紅音が杖で空中を切った瞬間。火球が爆ぜた。

 優貴は一直線に向かってきたそれをほぼ無意識に逆行で無効化したが、頭では一体何が起こったのか分からなかった。

「ユキ」

 それは紅音の声。だけど、それはまるで殺人鬼ヴァンパニーズのようだった。

 紅音が杖で空中を切った。杖に付いていた血液が地面に跳び落ちる。そして次の瞬間、火球が爆ぜた。優貴は一直線に向かってきたそれをほぼ無意識に逆行で無効化した。

 だが、頭では紅音が攻撃してきたことが理解できず、動転する。

 紅音は、そんな優貴を一瞥してから走り出した。

 それから数秒、優貴は自分が虚空を見つめ続けていることに気が付かなかった。


 ◇


 一体どういう状況なのかは分からない。

 だけど、このまま紅音を放っておくことは出来ないということだけは理解できた。

 とりあえず、紅音のアパートに向かう。

 扉を開けようとすると、鍵がかかっていたので、魔術で無理やり開けて、中に飛び込んだ。

 啜り泣く声が響く。

 ベッドの端で、彼女はうずくまっていた。自分の膝を抱え、ただ泣き続ける紅音。

 そんな紅音のそばに歩いて行く。

 さっき攻撃されたが、危険だとはまったく思わなかった。

「紅音」

 優貴はなるべく優しい声で彼女の名を呼んだ。

 と、紅音は優貴を見て、怯えを増した。

「ユ……ユキ……」

 呼ぶ声が震える。

 優貴の手は自然と紅音の手に伸びた。膝を抱えていた手を取って、彼女を抱き寄せる。そして、力の限り抱きしめた。

 紅音は咄嗟に彼から逃げようとする。

 それでも優貴は抱くことをやめなかった。

 そうしてしばらくしていると、自然と紅音の手も優貴の背中を求めた。

「ユキ! あたし! ユキを……ユキを……」

 そんな紅音を優貴はさらに、さらに強く、殺してしまうほどに抱きしめる。

「大丈夫だよ……紅音……大丈夫だから」


   ◇


 それから一時間ほどして、紅音が事情を語りだした。

 それを聞いた優貴は絶望した。

 悪魔への反転リバーサルオブバンパニーズ

 ヴァンパイア特有の病。

 殺人的な人格が突然形成され、今までの人格を殺す。

 とても稀な病気だが、原因不明で、治療など出来ない。起こったが最後、自殺するか、死ぬまで他人を殺し続けるか、そのどちらか。

 それが反転だった。

 実際に見たことは無いが、それがどれだけ絶望的なものなのかは知っている。なってしまったが最期。

「ユキ、あたし……ユキを殺そうとしたんだ……」

 無意識に優貴を、大事な人を殺そうとしてしまったことに恐怖する少女。

 そういう紅音にユキはなんて言っていいか分からず、ただ彼女を抱き続けることしかできなかった。


 ◇


 泣き疲れたベッドで寝ていた紅音が起き上がって、部屋のタンスから一つの箱を取り出した。

 縦横五十センチほどの宝箱のような箱で、開けると中に一本のナイフが入っていた。

「ユキ、これは吸血鬼殺し(パーソナルブレイカー)」

「何!?」

 吸血鬼殺し──。

 暴走した吸血鬼の人格だけを殺すBランクの宝具。世界に三本しかないといわれている現在存在する宝具中、もっとも価値の高い宝具だ。

「実は遠野家が持ってたんだ。それで、貸してもってたの。万が一の時のために」

 彼女が淡々と説明する。

「紅音、まさか」

「次、正気を失ったら多分もう戻れない。だから、これで私を刺して欲しいの」

「──そんなことできるわけないだろ!」

「ユキ。わたしには自分でこれを刺す勇気はないの。わがままだって、分かってる。だけど、これはユキにしてもらいたい」

 吸血鬼殺しを使う。

 つまり、それは遠野紅音という人格を殺すことに他ならない。二人の思い出を殺してしまうことに他ならない。

「だけど……」

 と、次の瞬間、優貴の唇に彼女のソレが触れた。

「まだ、あと一日は、一日は遠野紅音のままで居られる。だから──最後にもう一回抱いて欲しい」

「紅音」

「お願い……」

 そう懇願する少女に、優貴は小さくけれどしっかりと頷いた。


 ◇


 優貴は紅音の呻く声で目を覚ました。

「あ、あぁ!!」

 胸を掴みながら発作でも起きたかのように苦しむ紅音。

「紅音! 紅音!」

「ユキ──早く吸血鬼殺しを──」

「紅音! おい!」

「早く! 吸血鬼殺しを持って! お願い! 早く!」

 と、次の瞬間、優貴の体に衝撃が走った。

 紅音が暴走して魔力を放ったのだ。ただの魔力の塊でも、距離零で喰らえば、相当のダメージになる。

 優貴はその場に蹲ってしまった。その間に、紅音が立ち上がって、駆け出す。そして、扉を強引に開けて部屋を飛び出した。

 優貴の脳裏に紅音の言葉がよぎる。


──次、正気を失ったら多分もう戻れない。


 次の瞬間、優貴は、苦しい体に鞭打ち、吸血鬼殺しを握って、外に飛び出した。


 ◇


 紅音との追いかけっこは路地裏で幕を閉じた。

 立ち止まる紅音に、ようやく追いつく優貴。

「紅音……」

「ユキ。もう駄目。絶えられない。だから、お願い早く吸血鬼殺しを……」

 紅音は最後の理性を振り絞って懇願する。

「紅音!」

 次の瞬間ユキが再び暴走を始めた。

 紅音の周辺に炎弾が現れる。

 そして炎弾は優貴に向かって放たれた。

 優貴は飛んでくる炎弾を、逆行で無効化する。だが、紅音の攻撃は続いた。 紅音は狂ったように炎弾を放ち、優貴はただそれを無効化する。それが九回続いた。

 その間も、紅音は叫び続けた。 

「ユキ! 早く! 早くして!!!!!」

 十発目の炎弾が放たれると同時に、紅音が叫ぶ。

 ユキのその涙に滲んだその目は見るだけで苦しい。

 だけど、その涙を見て決心がついた。

「紅音」

 そう呟きながら、全身の魔力をかき集める。

「──ユキ!」

 紅音の叫びと共に、再び炎弾が放たれる。

 優貴は全身の魔力を逆行に変換して、走り出す。

 紅音と何度も練習した、逆行特攻。皮肉なことだ。初めて使う相手が紅音だとどうしたら想像できただろうか。

 炎弾打ち消すと、今度は二つ同時に飛んできた。だが、構わず駈ける。どんどん紅音に近づいていく。

 そして最後の炎弾を無効化し、紅音の心臓に短剣を突き刺した──。


 紅音の五臓六腑に流れ込む魔力。


「ユキ」

 耳元で紅音が囁いた。

 短剣は心臓を突き刺した瞬間、優貴の手元から消え、気が付くと地面に落ちていた。

 紅音の体が傾き、それを自然と受け止める。

 柔らかい胸の感触。血の匂いが混じった柑橘の匂い。

「紅音」

 抱きとめた彼女は暖かかった。

「──ユキ、やっぱりユキは強いね」

 ユキの手が背中に回って、ぎゅっと抱きしめられる。

 泣きながら彼女は言葉を続ける。

「ユキ、不思議。剣で刺されたのに今は痛くない……さすがは秘宝中の秘宝ね」

 くすっと笑う紅音。

「紅音」

 優貴は何を言っていいのか分からず、ただ愛しい名前を呼ぶ。

「ユキ、あのね。一つ、言わなきゃいけないことがある」

「なに?」

「私ね、ユキを騙してた。実は──私血が飲めるの。ホントは飲めるのに、ユキとそういうことがしたいから、血が駄目って嘘ついてたの。ごめんね。あたし、最初からユキのことが好きだったの。だから……騙してたの。ごめんね……」

 何度も何度も、ごめんねととくり返す少女。

「紅音、いいんだよ。だって、俺も──紅音のこと好きだから」

「好き? それだけ?」

 紅音が不満そうに問いかけてくる。

「──愛してる」

 優貴がそういうと、彼女は満足そうな顔をした。

「私も。愛してる」

 そういうと同時に、彼女の唇が優貴のそれに重なる。

 だけど、それは一瞬のことだった。

「紅音?」

 問いかけに返事は無い。

「おい、紅音? なぁ、紅音!」

 少女は安らかに眠っていた。


 まるで──春の眠りのように。


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