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09:覚えのない再会


自宅に到着しエリィはダンジュが使っていた椅子にイールを座らせお茶の準備をしていた。

面倒な客とはいえ客だ。来客の時に使うカップとソーサーを準備する。


「構わないのに」

そうイールが言う。


「いえ、私が気になるだけですから。どうぞお話しを始めていただいて大丈夫です。耳はそちらに」



「何から話すか……」

イールが顎に手をやり考える。


「まずは俺は旅人だ」


「ええ」


「それにこの街に来た時に一緒にいた二人は全く今回の件とは関係ない。途中で出会って勝手についてきたあいつらが俺の金を盗んだ。まぁ適当に泳がせてやり返したってだけだ」


「はい」

エリィはコポコポと来客用のカップにお茶を注ぎながら答えた。



「元々俺はこの街が目的地だった。ある人にこの街のことを聞いてな。『この街の秘密を知るものはこの世界を手にする』と」


「誰から聞いたんですか?」


「ずいぶん昔の話だよ」

エリィが部屋の奥にあるキッチンからリビングのテーブルに向くと、懐かしそうな顔をしたイールが続ける。


「俺がまだ幼い頃に住んでいた街に来た旅人だ」


「その方のお名前は?」


「レン」


エリィはちょうど彼の目の前にお茶を入れたカップをおこうとした瞬間だった。

そっと置くはずのカップがガチャリと音を立ててテーブルに置かれた。


「知り合いか?」


「…………話を続けてください」


怪訝な顔をしつつもイールは続けた。


「まぁ単純な話だ。その言葉とその人に魅せられて俺は街を出た。けれど行く先々で何かわかることがないか探っても何にも手がかりがない。『あんな街ただの通過点だろう』と」


エリィはいつも座る椅子にかけて、一口淹れたてのお茶を口にした。

それにつられてかイールも一口熱いお茶で口を潤した後続けた。


「そんな中とある街の商人と話をしていてな。物好きな大富豪だ。ここに来る手前の、栄えている街があるだろう?その人間と話す機会があって。教えてもらった……というか頼まれた。この街の全てを調べて来い、と。金銭的な面では支援してもらうという約束でな」


隣町の物好きな大富豪の商人、そういえばこの街ではだいたいの人がそれが誰かわかる相手だ。

それにエリィは別の理由でもその商人のことを知っていた。


「それで?」


「その街でとりあえずは情報収集していた」


「そこでは何を?」


「大きな図書館があるだろう?あそこの古い書物から、何にも知らなそうな子供にまで声をかけて」


そう笑いながらイールは続ける。


「まぁ人は当てにはならなかったな。けれど書物にはあった。普段開示されていない古い書物だ。その商人が手を回してくれて閲覧した。そこに書いてあったんだ『青の回廊』の話が。ただ単語としては出てくるがそれが何かは書いてなかった」


じっとイールが話す様子をエリィは見て聞いていた。



「唯一の手がかりは廟がある、ということ。それを知ることが『青の回廊』、この街の秘密を知ることに繋がるということだけだ」


ふぅっと一息吐いた後、イールはまたカップに手を伸ばした。



「で、俺は廟について知ってそうなエリィに話を聞きたいわけだ。俺の話はここまで」



「……何か大事なことをまだ言ってませんよね?」


「何のことだ?」


「その商人……その方は何故?本当に物好きなだけですか?」


「俺にはそう見えたが?」


「そうですか。なら私は何も話せません」


そう真っ直ぐとイールの瞳を見てエリィは言い放った。


「どういうことだ?」


「どういうことかわからないのであれば、尚更お話しできません」


そうエリィは顔に微笑みを張り付けてイールに言い放った。


「……はじめて見せる笑顔がそんなハリボテなんてな」

呆れたようにイールが笑う。


「俺は秘密を知りたいだけだ。幼い頃に聞いたその言葉の意味を。商人から金はもらってるが正直それだけだ。彼の肩を持つつもりもないし俺は旅人だ。自分の願望のために使えるものは使うし、不要となれば切り捨てる、それだけだ」


イールが淡々と言う言葉にエリィは答えず、ひとつだけ頭の引っ掛かりを解くために質問をした。


「……ひとつだけ聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「レンという旅人に会ったのはいつ?」


「俺が確か……5歳だったか?6歳?はっきり覚えてないがそのくらいだ」


「その方は今何を?」


「知らない。それ以来会ったことがない。いつか会えると良いんだけど」


そう少し遠くを見ながらイールが言う。


「……残念ながら、お会いできないかと」


「やっぱり知り合いか?」


エリィはその言葉に答えるかどうか一瞬だけ考えた。

言ったところで何にもならない。けれど自分にとって大切なその人を知っていてくれる人ならばと思い口を開いた。



「……知り合いも何も、その人は私の父親です。同じ名前の他人でない限り。けれどほぼ同一人物で間違いないかと」


「……どういう……?」


イールの顔が驚きに染まる。


「彼は死にました。もう会えません。それだけは事実です。私の目の前で死んだんですから」


「死んだ……のか」


イールの表情が先ほどとは違う驚きに染まっていくがエリィは構わずに続けた。


「けれど不思議ですね、今あなたはおいくつで?」


「21だ」


「年齢的にあなたと父が会った時私も一緒にいたはずです。覚えは?私はもちろん覚えていませんが」


「何人か人を連れていた。その中に子供がいたかどうかまでは……」


「そうですか」


「彼は何故死んだ?……と、これはひどい質問だな。親の死んだ理由なんて話したくないだろう、忘れてくれ」


「お気づかいなく。古い話ですから」


「……病か?」


「いえ、殺されました」


エリィが淡々と口にしたその言葉にイールは息を飲んだ。


「……誰に?」


「さぁ」


「知ってるんだろう?」


「私からお話しすることはもうありません」


そう言ってエリィが立ち上がりカップを片付けようとするとイールはエリィの腕を掴んだ。


「エリィ、話してくれ。頼む」


「あなたの願望を叶えるだけのためならば私に義務はないかと」


掴まれた腕を冷めた目でチラリと見ながらエリィは言った。


「あなたを信じられるだけの要素が私にはありません。だから何も話すことはない。案内人としての仕事もお受けしません。これまでのお代もいりませんので」



「信じられない、か……それならこれの話をするか」


そうイールはエリィから手を離し別のものを取り出した。あの廟に一度忘れていた万年筆だ。



「これは、レンさんがくれたものだ。彼が、エリィの父親が俺にこれをくれた。彼はガキだった俺に、俺にだけだって信頼して話してくれたんだ。それだけじゃダメか?」


そんなもの、どうとでも言える。

そのへんで買ったものを貰ったものだと言い張るなんて誰だってできる。証拠などない。

けれどもイールはその万年筆に彫られた名前を見ろとエリィに突き出してきた。


落ち着いた色味の木製のものだ。

渋々エリィは受け取りそれを見ると確かにその名前があった。


「人違いかもしれない」


こんな面倒な客だ。父のものを持っているなんて信じたくなどない。そんな心もこもっていた。


「さっき同一人物で間違いないって言ったのはエリィだろ?」


イールがふっと笑って言う。


「たとえ父だったとして、あなたを信頼して良い証になるかは……」


「そうだろうな。けど、これも何かの縁だろ?」


その言葉に思わずエリィは無表情にイールの顔を見た。


旅人がよく言う言葉か、と。

彼ら彼女らは何かにつけて縁とか出会いの大切さとかそういう御託を並べてくる。

嫌いではないが、そう言うもので色々と有耶無耶にされるのは本意ではない。


けれどもふとエリィはある旅人のことを思い出した。

もういないその人のことを思い出してしまったのだ。

記憶の中、どこに行っても人に好かれ、どこに行っても受け入れられていたその人もよく言っていたのだ。

どこで何が繋がるかわからないから縁は大事にしろよ、と。

大きなその手でエリィの頭を撫でながら、その旅人、エリィの父親は幼いエリィによく言い聞かせていた。

その頃はその言葉の意味なんてわからなかったし、今でも分かるかと聞かれるとピンと来ないところもある。


こんな面倒な時に何故そんなことを思い出すんだろうと思わずエリィの顔に呆れた笑顔が微かに浮かぶ。


「話してくれる気になったか?」


エリィの表情を見てかイールが問いかけてくる。

一呼吸置いた後、エリィは口を開いた。


「あなたが今一番知りたいことだけなら答えます。ひとつだけ」


無表情に戻ったエリィの言った言葉にイールは何を聞くか考えているようだった。

廟のこと、『青の回廊』のこと、ずっと知りたかったことだ。けれどイールは別に聞かなければならないことがあった。



「殺したのは誰だ?」


「廟のことはもういいんですか?」


「その前に必要だと思うから聞いている」


それを聞いたところでどうするのか、そうは思ったがエリィがイールのことを信じられない一番の理由を聞かれたのだ。

エリィは表情ひとつ変えずに答える。


「……あなたに資金援助をしている商人がらみというところまではわかっています……だからあなたからお代は絶対にいただきません」


冷ややかなエリィの声が部屋に流れた。

それと同時にイールのため息が聞こえ彼はテーブルに肘をつき頭を抱えた。


「……無知はそれだけで罪だな」


エリィは玄関の扉に近づきイールに向かって口を開いた。


「申し訳ないですがここまでということで」


彼は立ち上がり促されたまま玄関に近づいた。


「ひとつだけ案内人に頼んでも?もちろん報酬は俺の手持ちから」


冷めたままの声でエリィは聞く。

「内容は?」


「レンさんの墓に連れていってくれ。この街にあるんだろう?……5日後にまたここに来る」


「……予定は空けておきます」


その言葉にイールは力なく笑ってエリィの家を後にした。


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