06:気晴らし
その後数日間、エリィは必要最低限の外出だけをし、基本的には自宅から出ない生活をしていた。
やはり仕事ができる気分ではなかった。
仕事はダンジュが教えてくれたものだ。
やろうと思えば思うだけ、彼のことを思い出してしまう。
一人には少し広い自宅でいつものようにポットに作ったお茶を無意識に二人分注いでしまい、それに気づきひとつため息をつく。そんな数日間だった。
流石に今日は気を紛らわせることをしよう、そう思いエリィは身支度を整え、先日イールを案内した人々に忘れられた廟へと向かった。
一度人が入った場所は目に見える場所が綺麗であったとしても整えておきたい、そうエリィは思う。
それに彼は何かこの廟で気づいたことがあったようだ。
変わったところがないか確認しなくてはならない。
慣れた足取りでその空間に入ると、中はいつものように静寂だけが存在していた。
扉を開けてすぐの部屋は特段変わりはない。
至る所に砂が入ってきてしまっているのは後で綺麗にすれば良い。靴の裏についていたものが落ちたのだろう。
部屋の様子を見ながらエリィは奥の部屋へと進んでいった。
アーチのような柱を通り抜け奥の部屋に入ると、そこには細やかな文様が彫られた、壁と一体となった青い祭壇があった。
偶像のようなものはない。ただその文様と、何かが置けるように壁に少し凹みがあるだけだ。
それらを持ってきていた布でサッとエリィは拭き上げていく。いつもここに来てやることだ。
ただその途中、ふとエリィの手が止まり、あるものを手に取った。
(彼の物か)
あまり壁には触れるなとは言ったはずだが、とは思いつつも仕方がない。手に取ったそれは持ち帰ることにした。
その後はいつも通りの手入れと、床に残った砂を掃き出し、その床のタイルの細やかさを確認した。
(いつ見ても綺麗)
祭壇と同じ、青や水色、白の細やかなタイルを使われた床だ。
入ってすぐの部屋は建物の外壁に使われる日干しレンガと同じ様な色の床だが、祭壇がある部屋のものはタイル張りだ。
祭壇とは文様が少しだけ違うがこのタイルも随分と細やかなものでエリィはそれを気に入っていた。
そのタイルを見て少しだけ心が落ち着いた気がするのだから不思議だ。
気を紛らわせるためにと思ってきたが我ながら良い選択だった、そうエリィは思いながらその場を後にした。
外に出るとやはり砂の風は吹いていなかった。
このまま家に帰ろうかと思ったが、先ほど見つけたものをイールに渡さねばならないと思い出しエリィは彼がいると言っていた宿に向かうことにした。
イールが砂の嵐の日にいた宿よりもこちらの宿の方が大きい。宿主に聞くとすんなりと彼の部屋を教えてくれた。
案内人という仕事柄なのか宿主はエリィが宿泊客に会いたいといえば何の疑いもなくその部屋を教えてくれる。
それで良いのかと思うものの今は都合が良い。
教えられた部屋の扉をノックすると中からイールの声がした。
「こんにちは。先日は失礼しました。それから、お花をありがとうございました。きっと彼も喜んでいます」
「大変だったようだな。落ち着いたのか?」
「ええ、少しは。けれど今日はこちらをと思い」
そうエリィは廟で見つけた一本の万年筆をイールに見せた。
「何故エリィが?」
驚きと共にイールが聞く。
「ご案内した……あの廟にありました」
イールの前であまり廟の話はしたくない。
思わず声のトーンが下がってしまう。
「この街で失くし物なんてもう見つからないと諦めていたが……大事なものだから助かった。ありがとう」
そうイールが微笑みながら万年筆を受け取った。
「今日はこれで失礼します、それでは……」
そうエリィが言いかけると被せるようにイールが話す。
「気を紛らわせるくらいにはなるだろうから、少し出かけないか?」
思わずエリィは首を傾げる。
「この前の茶が途中だっただろう?」
「……お話の続きはしたくありません」
そう俯きがちに答えるとイールはその顔を少し覗き込むようにして言う。
「いや、あの話はしない。世間話でも」
その言葉にエリィはイールの瞳を見た。
浅いグレーの瞳だ。
「私と世間話をしても面白いことなどないかと」
「俺が暇なんだ、この街には知り合いはいないからな」
そう言ってイールはさっと出かける準備をし、扉の前にいたエリィを横切って宿の外へと向かった。
エリィはついていくべきか迷ったが、気を紛らわせるためという彼の言葉に少しだけ納得をしその後を追うことにした。
相手が誰であれ誰かと話をしたい、そういう気持ちも恐らくあったのかもしれない。