05:突然の
バタンと玄関のドアを開けダンジュの部屋に入る。
昔から彼の部屋は本だらけだ。
何度も片付けろと言っても片付かないその本たちは今日も変わらない。
けれども目の前には、朝見た彼とは違う様子のダンジュがベッドに横たわっていた。
「ダンジュさん……?」
後ろからヘンスもついてきてくれたようだ。
ヘンスがエリィの後ろから言いづらそうに話しかけてくる。
「医師はさっき呼んだけれど……悪い。エリィには黙っておけと口止めされていたんだ」
「なんのことですか?」
「ダンジュさん、数年前から病を患っていたんだ。あんまりもう長くは、って……」
その言葉にエリィはぎゅっと唇を噛み締めた。
最近よく眠る、そうとしか思っていなかった、いや、そうと思い込もうとしていた自分が腹立たしい。
ダンジュのベッドに寄り添うように腰を下ろした。
「ダンジュさん、聞こえますか?」
そうエリィが声をかけるとほんのわずかだけダンジュの指が動く。
「ダンジュさん、ごめんなさい、私何にも知らなくて」
「……エリィか……?」
彼のしわがれた声が細く聞こえる。
「はい」
「エリィには……甘えっぱなしだったなぁ……この街のことは、……あとは頼んだからな……」
「そんなこと言わないでください」
「エリィ……お前は本当に娘のようだったよ、ありがとう……」
「……ダンジュさん…」
そうエリィは彼の名前を呼んだが、もうそれにダンジュが答えることはなかった。
それから少しして医師が到着したが、ダンジュには何もせずに淡々と今後の話をされるだけだった。
ヘンスもエリィを気遣い、できることは任せてくれと声をかけていってくれた。
話しかけられることにエリィは淡々と答え、やるべきことに手をつけて行った。
自分の意思などそこにはないように感じていた。
しばらくして医師とヘンスがいなくなった家は随分と静かだった。
ダンジュに寄り添うようにエリィはまたそばの床に座り、彼の手を握る。
(冷たい……)
その感覚に、ダンジュはもう眠りから覚めないのだと言う事実を突きつけられる。
他のものでは感じられない、ひんやりとした柔らかくも硬くもないその感覚にエリィの目には涙が浮かんだ。
旅人であったエリィの父がこの街で死んで以来、エリィは父についていた案内人ダンジュの後ろをついて回るようになった。
それがダンジュとエリィの関係の始まりだった。
最初こそダンジュは面倒は見れないから他へ行けとエリィを突き放していたが、段々と世話を焼くようになり気づけば共に住まう仲になっていったのだ。
エリィの父が死んだのはエリィが6歳の時。まだ何もわからないエリィに色んなことを教えたのは紛れもなく、ダンジュだった。
「ダンジュさん……ありがとうございました……」
そう言ってエリィは目を閉じた。
その晩はそのままもう目を覚さない彼の横に座ったままエリィは眠りについた。
砂の風の吹かない、静かな夜だった。
***
翌日、早々にダンジュの葬儀は静かに済まされた。
もともとこの地域は亡くなった人間をそのまま長くおいておかない風習だ。
エリィの父親も眠る、街の東の外れの墓地にダンジュは埋葬された。
葬儀の全てが終わった後も黒の衣に包まれたエリィはその墓の前に一人座っていた。
もう砂っぽい風は止んでいる。
砂の風の時期は終わったのか、そうエリィは思うがいつものように嬉しい気分には全くならなかった。
(みんな冷たくなるんだな……お父さんの時と同じだ……)
幼い頃の記憶でもそれだけははっきりと覚えていた。
自分の父親が死んだその時の冷たさだ。
その冷たさと同じ感覚をダンジュの手を握った時に感じていた。
エリィは墓の前で膝を抱え俯いていた。
家族同然のダンジュがいなくなったということはたった一人になってしまったということだ。
仕事はあるし生活だってできる。けれど一人で生きていくなどできるのか、そう疑問に思うほどエリィにとって彼は大きな存在だった。
砂の嵐は嘘だったかの様な穏やかな風が俯いたエリィの髪を撫でていく。
どうして教えてくれなかったのかという疑問や、気づけなかった自分への苛立ち、けれどももういないのだから静かに見送らねばという思いが入り乱れる。
しばらく膝を抱え俯いているとふと人の気配がし、エリィは顔を上げた。
頬には涙の伝った跡がくっきりと残っていた。
「どうしてあなたが?」
「昨日呼びに来た人間にたまたま会って。ここにいる、と道を教えてもらった。わかりやすい道で助かったがな」
「申し訳ありませんが、仕事を受けられる気分ではなく」
そう重い体を持ち上げエリィが立ち上がり言うと、代わりにイールがしゃがんだ。
「いや、構わない」
そう言って彼はダンジュの墓にそっと花を置いた。
この地域では花は高価だ。そもそも手に入ることも少ない。
エリィは驚き目を見開いた。
「こんな高価なもの、お客様からいただけません」
「砂が止んだからと商人が来ていた。何かの縁だろうから手向けさせてくれ」
そう言ってイールは微かな笑顔をエリィに向けた。
「…………ありがとうございます」
ありがたい、とは思うものの申し訳なさと、昨日の面倒な話を思い出し、ほんの少しエリィはイールから目を逸らし礼を言った。
「少しの間、この街にいるつもりだ。落ち着いたら声をかけてほしい。教えてほしいことがある。街の、丘の上の方にある宿にいる」
その言葉にエリィは答えず、立ち去るイールの背中を見送った。
(仕事、できるかな……)
そう思い空を見上げた。
数日前までの霞んだ空とは違いはっきりと青空が広がっていた。