04:思わぬこと
イールを案内した場所の扉をノックしエリィが扉を開けると彼は窓際のベンチのようになっているところに座って何か手帳のようなものを開いていた。
「ご案内を」
「思ったより早かったな。一つ聞いていいか?」
その言葉にエリィは、また面倒なことを聞いてくるのではと少し身構えた。
「建物の説明くらいは案内人の仕事だろう?この場所は廟か何かだったのか?」
「よくお気づきで。何が祀られていたのかは今になってはわかりませんが、そのような場所だったのではと」
「奥の部屋に祭壇のようなものがあったからな。にしても、忘れられた場所と言っていたわりに手入れがされているのでは?」
イールが疑わしそうにエリィに目を向ける。
「ご案内する場所を綺麗に保つのも案内人の仕事と私は考えております。もちろん他人の所有物は別ですが、誰のものでもない場所はできるかぎり私が」
「仕事熱心だな」
そう初めてイールが笑顔をエリィに向けた。
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
イールがパタンと持っていたオリーブ色の表紙の手帳を閉じ立ち上がり続けた。
「茶が飲みたい。この街でよく飲まれるものがあると聞いていた。飲める場所に連れて行ってくれ」
そうして二人はターランの街の中心となる商店や食事処が軒を連ねる通りへと向かった。
この通りは他の道と比べ道幅が広い。
人も行き交い、賑わった通りだ。
「こちらのお店が良いかと」
そうエリィはひとつの店の前で立ち止まった。昨日と違い天気が良いためその店の店先にはいくつかテーブルが出されていた。
「それでは私はこれで。お代は……」
そうその場をおさめようとするとイールに引き止められる。
「同席してもらえないか?」
「まだどこかへご案内が必要ですか?それなら良き塩梅の頃にまたこちらにうかがいますが」
「いや、この街の話を聞きたくて。建物や、街の地形のことなどを。まぁ、観光客相手なら案内人でもやるだろう?」
「……わかりました」
面倒な客だ、あまり関わりたくはないものの仕事だ。
仕方がなしにエリィはイールと店の外に出ていた一つのテーブルに向かい合って座り、ターランでよく飲まれる、香りの強い木で燻した茶を二つ頼んだ。
「あの二人はどこへ向かったか知ってるか?」
「私はこの街の案内人ですので街から出た後のことは存じません」
「本当に、仕事熱心だな」
イールが呆れたように笑って言う。
「案内人と言うからには愛想が良い人間が来るかと思ったら真逆だな」
「私の仕事は愛想を振りまくことではなくお客様をご案内することなので」
そう淡々とエリィは続けた。
旅人を相手に商売をしていると、エリィが女だからということで必要以上に接してくる人間もいる。エリィは元々の性格も多少あるが、そういったことを避けるためにも仕事をする上では基本的にこのスタンスを貫いている。
「さっきいた廟のような場所は他にも?」
「はい」
何故そんなことを聞くのかと思ったがエリィは答える。
「いくつある?」
「さぁ、私も全てを知っているとは断言できませんので」
そう答えるとイールは廟で開いていた手帳をまた開き何かを確認するようにしていた。
「知っている全てに案内してほしい」
その言葉にエリィはほんの少しの間、無言になった。
「……やめておいた方が良いかと」
「何故」
「何もないどこも同じものですから」
「なら案内してくれても問題ないだろう?」
その言葉にエリィはじっと、少しだけ睨む様にイールを見た。
「……あまりお客様の訪問理由は聞かない主義ですが……何故行きたいのですか?」
そう聞くとイールはテーブルに運ばれてきていた茶を一口飲んだ。スモーキーな香りのする茶だ。
「興味があって。『青の回廊』に」
エリィは顔色を変えずにイールの顔を見た。
けれども内心は驚きで染まっていた。何故知っているのか、と。
そして何も知らないと思い今朝あの場所へとイールを連れて行ったことを後悔した。
そのことを知っている人間など、この街でもエリィとダンジュぐらいだからだ。
「まさか連れて行かれた場所が手掛かりになるとは思っていなかったがな」
エリィの心中がわかっているかのようにイールが続ける。
「どこでその話を?」
「話す代わりに、答えてくれると約束してくれるなら」
(面倒だ)
そう思い一口茶をすする。飲み慣れた味だ。
強めの視線をイールに当てながらエリィは答える。
「ものによります」
「じゃあ先に俺から聞かせてくれ。それに答えてくれるなら、俺も答える」
イールがエリィを試すように口角を上げながら聞くのを見て、エリィは無表情に小さく頷いた。
「どこの生まれだ?何故ここで育った?家族は?」
「生まれは知りません。ここで育ったのは父親があなたと同じように旅人で、この街で逝き倒れたから。母は私を産んですぐ死んだと伝え聞いています。家族はそれ以外いませんが育ての親のような方はいます。これで満足ですか?」
素性を知りたいのだろう、けれどそんなことを聞いたところで何の役にも立たないのにと思いながらエリィは答える。
さっさと答える番が終われば良い。
「いま何歳だ?」
「19です。多分、ですけどね」
「なんだ、2つ違いか。落ち着いているから年上かと」
「それで、どこでその話を?」
エリィが少しばかり急かすように聞く。
「旅の途中で小耳に挟んで。皆、オアシスの街へと目が向くが、この街には秘密がある、と」
「それだけで、ですか?」
その言葉にイールはエリィをじっと見た。何かを探るように。
「エリィはどこまで知っている?何を知っている?」
「何のことですか?」
「『青の回廊』のことだ」
思わずエリィが小さくため息をつき人が行き交う通りに目をやるとイールは笑って言った。
「やっと案内人の顔が剥がれてきたな」
「失礼しました。……知っていることなどありません。そういうものがあるということしか」
「本当か?なら何故さっき廟に行くのはやめておいた方が良いと?何もないなら連れていっても問題ないだろう?」
誤魔化せないか、とエリィは考えるが良い言い訳が見つからない。
浅く砂が被った地面をじっと見ながら口にする言葉を考えていた時だ。
「エリィ!やっと見つけた!早く家に!!」
急いで走ってきたのか息を切らしてエリィに声をかけてきたのはヘンスだった。
「どうされたの?そんなに急いで」
「ダンジュさんが……」
彼の並々ならぬ様子にエリィは思わず立ち上がり眉を顰めヘンスに問いかける。
「何かあったの?」
「……倒れた」
その言葉にゾワリとした感覚がエリィの背中を伝う。
「お客様、すみません。急用が入ってしまい、私はこれで」
そうイールに断りを入れ、ドクドクと嫌な音を鳴らす胸と共にエリィは自宅へと走って行った。