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それから

おまけです


「イール、しつこい様だが何故旅人になった?」


恰幅の良い、見るからに質の良い生地の服を纏ったシナンがイールに聞く。


「何度聞いてくるんだ?何かそれが関係あるのか?」


エリィと並んでソファに座るイールが面倒そうに聞く。


「レンが言ってたんだ」


「何を?」


「ある少年と約束をしたって」


シナンの言葉にイールはハッとした。


「読み書きを教えた代わりに、旅に出てターランを探れって伝えた少年がいるって。そいつが本当に旅に出たら、面白いよなって」



シナンが繊細なティーカップを手に取る。


「私はそんなのその子は忘れてるだろうと思っていたし、話半分で聞いてたけどな」


カップの中身で口を潤した後、シナンが続ける。


「お前が適当に言うその理由にどうもひっかかっててな……まぁ第六感的な当てにならないもんだがな」


シナンの言葉にエリィはチラリとイールの様子を覗き見た。


「本当、レンさんにどれだけ遊ばれたら良いんだろうな……あぁ、俺だよ、その少年とやらは」


呆れた笑顔でソファに背を当てイールが言う。


「……やっぱりそうか。面白いものを見せてもらったよ」


シナンが笑う。


「遊ばれてる身にもなってくれよ」


「大人の遊びは色々と手が混んでいてな、飽きないだろう?」


そう悪戯っぽくシナンが言う。


「それにしても、置いてあったのがレンの日記だったなんてな。あいつも懲りないな」


シナンが呆れたように笑う。

けれどもその言葉で2人の仲の良さが垣間見える。


「でも、何でシナンさんも中に何があるか知らなかったんだ?ダンジュさんから聞いてなかったのか?」


「あぁ、私もダンジュに聞いたんだが教えてもらえなかったよ。きっと知ったら私自身が取りに行くとでも思ったんじゃないか?」


「中に何があるかもわからずによくこんな遊びの共犯者になったもんだな」


イールが呆れて言う。


「人間な、ある程度欲しいものが手に入るようになると無駄が愛おしくなるもんなんだ」


「金持ちの嫌味か」


そうイールが言うとシナンは大きく笑った。



「で、二人はどのくらいこの街にいるつもりだ?」


「しばらくは。途中でここからもう少し南にある街にも行こうかとは思ってるけど。ターランの砂の時期が終わる頃に戻るつもりだ」


「じゃあ、その間は私が持ってる宿を使ったらいい。代金は気にするな」


「お、相変わらずシナンさんは太っ腹だな」


イールが人懐こい顔で笑う。


「……良いんですか…?」


エリィが恐る恐るシナンに聞く。


「あぁ、面白いものを見せてもらったお礼だ。それに、新生活は色々と物入りだろう?」


新生活?とエリィは首を傾げた。


「おや?イールと二人で暮らすって言うんだからそういう話かと思っていたが違ったのか?」


エリィはハッとして否定する。


「あ……あの、この人、居候みたいなものなんです、だからそういう……」


「あぁ、シナンさん。そうそう物入りだからまた色々と頼むな」


余計なことをとエリィはイールを思い切り睨みつけると、その様子を見てシナンが笑う。


「エリィさんの母親のことはレンから何度か聞いていたが……その話の人とそっくりだな。よく睨まれるけどそれが堪らないって訳のわからんこと言ってたぞ」


エリィの顔に引き攣った笑顔が浮かび、横に座るイールは面白そうに笑っていた。


父親の日記には母親のことが沢山書かれていた。

読んでいるこちらが恥ずかしくなる様な父親の惚れ具合にエリィは何度か読んでいる途中でバタンとその日記を閉じたことがあったくらいだ。


でもそれと同時にエリィの髪を嬉しそうに触っていた理由も、ものもわからないくらい幼い頃から誰かに預けることなどせず自分の旅にエリィを連れていっていた理由も理解できた。


そしてエリィの生まれた日、母親がこの世を去った時の、一言だけが書かれた余白ばかりのページの意味も。



シナンとひとしきり話した後、エリィとイールは街に出て川のそばにある市場へと足を運んだ。


「すごい……」


エリィの口から感嘆が零れ落ちる。

たった2日移動しただけでターランとは全く違う街がそこには広がり、人も比べられないほどいる。


「そろそろ屋台も沢山出てくるから何か食べよう」


イールの言葉にエリィが頷く。

ちょうど夕方だ。

昼間の物を売る店が夜の屋台へと姿を変えるためにあちらこちらで準備をしている。

自然とエリィの足取りは軽くなっていた。


少しの間ウロウロしていると辺りから良い香りが漂ってくる。

お腹の空く匂いだ。

エリィの口の中に涎がたまる。


肉を鉄板で焼いたもの、卵を使った料理、パンのようなもので肉を挟んだもの、果実を絞った飲み物や甘そうな焼き菓子まで、ターランで見たことがないものも含めて何でもある。

その中でハッとエリィの目を奪ったものは魚の塩焼きだった。


ターランは川も海もない。

魚を焼いて食べるなど、ターランに住み始めてから一度もない。

ごく稀に塩漬けにされた魚をつまむくらいだ。


店主に声をかけ、イールと二人、二つそれを買って近くの川のほとりに座って食べることにした。


(美味しい……)


塩気が丁度良く焼き上がってからまださほど時間が経っていなかったのか

ホクホクした温かさも残っている。


「美味いな」


イールの言葉にエリィは頷く。


ちょうど屋台がでている方を背にしているためか、後ろから心地よい喧騒が聞こえて来る。


「レンさんの日記の」


手元にある塩焼きがわずかになったところでイールが話し始める。


「エリィの母親……ラナさんが亡くなった時のこと、見ただろ?」


「はい」


もちろん覚えている。

3冊ある父親の日記の中でも大きく余白のあるページはそのページだけだ。

覚えようなんて思わなくても、覚えている。


余白の多いページには一言だけこう書かれていた。


『何処にいる?』と。


書き殴ったような、最後の文字は大きく乱れインクが掠れていた。


「あれ読んだ時に思ったんだよな。あぁこの人はこの世の絶望と希望とをいっぺんに手にしてしまったんだろうなって」


「どういうことですか?」


「大切な人を失った絶望と、大切な人との間に生まれてきたエリィという希望をって」


「……その割には私のことおいてあっさり殺されちゃいましたけどね」


魚の塩焼きはぺろりと食べてしまった。

口の周りを手で拭いながら話を続けた。


「エリィは逞しいな」


「何がですか?」


「俺、あのページちゃんと見てから正直数日考え込んでた。娘が産まれて嬉しいはずなのにあんな一言しか書けなかったなんて……どんな気持ちだったんだろうって」


そう言われなくてもエリィはその辺りの日のイールの様子を覚えていた。

表面上はいつも通りだったがどうも言葉が上滑りしていた。

珍しいなと思ったが何か聞いて欲しいのなら勝手に話してくるだろうと思い特段理由は聞いていなかった。


「……わかりませんけど、そんなことがあったからあんな悪戯思いついたのかもしれないので……良かったんじゃないですか?」


そう言ってイールを見る。


「そうだったら良いけどな」


少しだけ寂しそうにイールが答える。


(本当この人、お父さんのことになると真っ直ぐすぎる)


そうエリィは少しだけ呆れる。

自分の父親でもないのにも関わらずそんな風になるのはきっともう会えない憧れの人という偶像にも近いものになっているのだろう。



「あの……父のこと慕ってくれるのは嬉しいんですけど、何て言うか……」


思っていることがうまく言葉にできずエリィが言い止まる。


「なんだ?」


「……考え込んだり……そういうのは私の方が多分得意なので……」


言葉が出てこない。


「……あなたは夕食作って、さっきのお魚みたいな美味しいものがある所を教えてくれて……」


段々何を言いたかったのかがわからなくなり尻つぼみの声になると、それに気づいたのかイールが声をあげて笑い出す。


笑われたことにエリィが思わず薄い目をしてイールを見ると、彼はまた笑い出す。


「もう何も言いません」


不機嫌にエリィが言うと、イールがそっとエリィの頭に手を乗せる。


「そんな怒るなって。ありがとう、慰めようとしてくれたんだろ?」


「……別に慰めようなんて思ってません。面倒な客がまた面倒なこと考えてるのかと思って」


「エリィ」


何だと思いイールの方に顔を向けるとギュッとエリィは抱き寄せられた。


仕方がないなと思いながらエリィはそのまま動かなかった。

最近気がついたがイールは何かにつけてエリィのことを抱きしめてくる。

最初こそ急にやめてくれとかなんとか言っていたけれど、言っても聞かないしその瞬間は心臓に悪いが嫌だと跳ね返すような気分には全くならない。

子供がクマのぬいぐるみを抱きしめるようなものだろうと思い始めてからは、何かを言うのも面倒になっていた。

自分はぬいぐるみでもなんでもないのだが、とは言いたかったけれど。


ただ今日は言わねばならないことがあるのだ。


「あの……」


「なんだ?離せって?」


「まぁ結果的には。さっきの……屋台に売ってた果物食べたいんですけど……」


そうエリィが言うとパッとイールは体を離してエリィの顔を見る。


「食い意地か」


「……折角ここまで来たから」


エリィの言葉にイールがフッと笑った後続ける。


「まだ明日も明後日もこの街にいるんだ、安心しろ」


「全部回れるかわからないじゃないですか」


「全部回る気か」


感心するようにイールが言う。


「そう言う訳なので」


そう言って立ち上がろうとするとその腕をイールに掴まれまた座らされた。

それと同時にイールはエリィにキスをしてきた。


エリィの顔はいつもの薄い目だ。


「何でそんな顔するんだ?」

エリィの頬を指先で撫でながら、人懐こい笑顔でイールが聞いてくる。


「……人の話聞いてました?私、果物食べに行きたいんです」


そう不機嫌に言ってエリィは立ち上がり市場の方へと足を向けると背中にイールの笑い声が聞こえてくる。


「早く行きますよ。なくなってたらどうしてくれるんですか?」


そう言うとイールはすぐにエリィの横についてきた。



エリィとイールの初めての二人旅。

夜の市場の喧騒に、足取り軽く二人は紛れていった。




おまけ、おわり。


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