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35:悪戯


目の前には繊細な文様の木の扉がある。

両開きのその扉は閂に鎖がからめられ、一つ鍵がついている。


エリィは手に持っていた茶色の小さな巾着から鍵を取り出しイールに渡そうとした。


「いや、ここはエリィが開けないとだめだろ」


そうなのか、と掌にのった鍵を見つめた後、エリィはその鍵を扉についている鍵に差したゆっくりと回した。


あんなにも探し回り、もう開けられる手段はないのではと思っていた鍵は呆気なく開いた。


「開いた……」


思わずイールの顔を見ると、イールはエリィを見て微笑んでいた。


「入れそうか?」


イールの言葉にエリィは小さく頷いた。


「無理そうならすぐ戻ってくれば良いからな」


エリィがまた小さく頷いた後、イールが扉につけられていた鎖と閂を外した。


エリィがその扉を押すが重い。エリィ一人の力では開けられそうもない。

それに気づいたイールも一緒に扉を押すと、開くことなどないと思っていた扉が開いた。


中に入ると狭い暗い空間があり、またもう一つ扉があるようだ。


「まさかこれに鍵なんてついてないですよね……」


エリィが二つ目の扉を恐る恐る押すと、扉は最も簡単に開く。


そしてそっと押して開けた先、目の前に広がっていたのは、真っ青な空間だった。

青を基調とし水色や白で、床、壁、天井、全てに美しい文様が描かれている。



息を呑む美しさにエリィもイールも言葉を失っていた。


全てがこの世のものとは思えない青い世界。

描かれる文様は幾何学模様や花を模したような文様、流れる線状の文様だ。


夜空を思わせる深い青、空の高さを示すような水色、その中にまっさらな無を表すかのような白。

全てが寸分の間違いもなく配列されているのかと思えてくるようにその空間に存在していた。


沈黙を破りそっと足を前に進めたのは、エリィだった。


「……二度目なはずなんですけどね。記憶なんて当てにならないくらい綺麗」


ほのかに口角を上げながらエリィが言う。


「想像以上だな、これは。……エリィ、大丈夫そうだな」


エリィが小さく頷く。


そっと足を前に進める。

エリィはその手を青い壁にそっと当てながら、撫で遊ぶようにしながら前へ進んだ。



真っ直ぐと続く道。

青い世界だ。まるで夜空を、水の中を、歩いているようだ。


しばらく真っ直ぐ歩いた先、ちょうど回廊の真ん中あたりに右に入る場所がある。

何かあるのかと思い目をやるとその場所にはあの廟にある祭壇にも似たものが見えた。


「祭壇か?何かあるのかもな」


イールが言う。


辺りは静かだった。

エリィとイールしかいない、それ以外は青しかない世界だ。

二人の歩く音が高い天井に響く。

右に曲がったその場所の天井はドームのようになって、更に美しい文様が施されている。


目の前にある祭壇のような場所に辿り着きエリィは誘われるようにその天井を見上げた。


(ここだ……)


そう思いスッとしゃがんで床を撫でると、ポツリとエリィの涙が青い床に吸い込まれていった。


「ここ……ここで父はいなくなりました」


「エリィ、大丈夫か?」


イールがしゃがんでエリィに聞くと、エリィは頷いた。


「不思議なんです。あの時私、泣いた覚えがなくて。泣かずに、誰かに言わなきゃって来た道を戻っていったんです。……今更涙出るなんて、おかしな話ですよね」


そう言って青い床にキュッと口角を上げて見せてからエリィは立ち上がり手の甲で涙を拭った。


目の前にある祭壇に真っ直ぐと目を向けエリィは近づいた。


「何もないですかね……やっぱり父が勝手に売り払ってしまった後だったのかもしれませんね」


そうエリィが言うと、イールは祭壇の少し上の方へと手を伸ばした。


「なんだこれ?」


エリィの目の高さでは気づかない場所からイールが爪先立ちをして何かを手に取る。


「本…か?3冊あるな……ちょっと持っててくれるか?」


少し高い位置にあるからか順番に取ろうとイールが手に取ったものをエリィに渡す。

それを受け取った瞬間、エリィは目を見開いた。


「これ…………」


受け取った掠れた茶色の表紙の本を抱き抱えエリィはその場にうずくまった。

その様子にイールが驚きエリィの肩に手を当て心配そうに顔を覗き込む。


「どうした?」



「これ……なんでこんな所に……」


イールが首を傾げると、エリィはそっとその本を開きイールに見せた。


「これって……まさか、レンさんの?」


エリィが頷く。


「何でこんな所に?」

イールが眉をひそめながら、その本の表紙裏へとページを戻す。


そこにはイールも見覚えのある字で文字が書かれていた。

ゆっくりと噛み締めるようにそれを読んだイールの顔には切ない笑顔が浮かぶ。



「エリィ……俺らは完全にレンさんに遊ばれてたみたいだ」


「……どういうことですか?」


涙目のまま、眉間に皺の寄ったエリィが聞く。


「これ、読んだらわかる」


差し出されたページをエリィは読んだ。

最初は意味がわからなかった。

ゆっくりと父の書いた文字をもう一度なぞるように読んでいく。


「……父はあなたに何て言ったんでしたっけ?」



「『この街の秘密を知るものはこの世界を手にする』」



イールの言葉を確かめた後もう一度本に書かれた文字を読むと、まるで父親がエリィの横で話しているかのように浮かび上がり、エリィの口元には笑みが浮かんだ。


「……もう、本当、全部お父さんのせいだ」


そうエリィが言った後、静かだったその空間は、エリィとイールの笑い声で満たされた。


エリィとイールが読んだ表紙裏にはこう書かれていた。


『これは世界だ。俺が見た世界、この世の全てだ。これを見つけた人間こそが世界を知れる。ここにあった宝物なんてただのモノだ。そんなものよりこれこそが宝だ。これを見つけた人間こそが、本当の旅人だ』




ひとしきり笑った後、呼吸を整えイールが残りの2冊へと手を伸ばす。

3冊ともレンが旅路でつけていた日記だった。



「……こんなもののために、私たちあんなに悩んで困ってたんですかね」


エリィが呆れたように言う。


「そうだな……けど最高の宝じゃないか?」


「……そうですね」


青い床に二人とも座り込んでその本を開いていた。



「……それ、なんですか?はみ出てる」


エリィがふと気づきイールの持っていた本を指差し聞くと、イールがはみ出ていた紙をすっと本から抜き取る。


抜き取ったのは一枚の便箋だった。

二つ折りにされたそれをイールが開き読み上げた。


「『読み書きができなかった少年へ、約束は守ってくれたかな?守ってくれていることを』……」


そこまで読んでイールがそれを読み上げる声は止まった。


「……父は、あなたのこと覚えてたんですね」


エリィが優しくイールに微笑んで言うと、イールの目はほのかに潤んでいるようだった。


「あぁ……こんなに嬉しいことってあるんだな」


「二人とも、馬鹿みたいに約束守るんですね、ほんと」


エリィが呆れた笑顔をして見せた。


「持ち帰って、世界とやらを読みましょうか?」


「あぁ、そうだな」


立ち上がり、祭壇を向くとエリィは大きく鼻から息を吸った。


呆れてしまうのに、こんなにも嬉しく楽しいことなどあるのかと、息を吐きながら天井を見上げた。


そこにはあの幼い時に見たものと変わらない綺麗な、綺麗な、青い天井が広がっていた。


次回終話です。

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