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33:灯台下暗し


翌朝、いつものようにイールと朝食を食べていた。

最近は朝はエリィが、夜はイールが食事を作るという暗黙の了解のようなものが出来つつある。

たまに夕食を多めにイールが作り翌朝もそれを食べると言うこともあるが、役割分担のように自然と朝と夜、それぞれが作っている。


穀潰しには仕事を、そうエリィは思っているので多少の仕事はやって当たり前だ。

けれど何よりイールの作る食事は美味しいし、仕事から帰った後の家の中に漂う美味しそうな食事の香りに負けて、勝手にキッチンを使うことに対してはもう何も文句は言えなくなっていた。


「今日仕事は?」


「午前と午後に一件ずつです」


「ならそんなに遅くならないな」


きっと自分の帰る頃に夕食が出来上がるようにしてくれるのだろうと思うが、部屋を貸して、しかもお代は一切もらっていない相手だ。

なんとなく、夕食を楽しみにしてるなんて言うのも悔しく、エリィはイールの言葉には答えずにパンをかじった。


「今日はどこを探すか……」


イールが言う。

毎日どこかしらを探しつつ、ダンジュの本を読み漁る。それがここ最近のイールだ。


「……昨夜考えてたんですが、あなただったら誰に預けますか?……あ、どこにも置いてないから誰かに預けたりするのかと思って」


そのエリィの質問にイールは腕を組み考え始める。


「誰か、か。まずは家族か、それに近い人間だな」


エリィと同じような考えだ。ふんふんと頷き続きを聞く。


「それか、信頼できる友人……あぁ、シナンさんが図書館に預けてたみたいにそういう専門で預かってくれるところでも良いな」


「なるほど」


「ダンジュさんと親しかった人は?家族は……エリィだけだろうから」


「えぇ、私も考えていたんですけれどあんまり思い浮かばなくて……」


そう口にした瞬間だ。

エリィは何か違和感を感じた。

思わず斜め上の方向に目線をやりそれが何かを考える。


「誰か思い付いたのか?」


イールの言葉には答えず頭の中の違和感の正体を考え続けた。


(ダンジュさんと親しくて、大切なものを任せられる人……)


何かを思い出せそうで思い出せない。

大切なものを任せるような人、つまり信頼ができて自分に何かがあった時でも任せられる人だ。


ガタンっと音を立てて椅子からエリィが立ち上がる。


「どうした?」


「……うそ……」


考えれば考えるほどその人しか思いつかなかった。

むしろ何故今まで思い付かなかったのかわからないほどそう思えた。


イールが不思議そうに首を傾げる。


「あの……もしかしたら、なんですけど……」


その後に話した内容にイールは半信半疑のようだったが、エリィはダンジュが預けるのならば、と思うとその人だとしか思えなかった。


本来ならば今すぐにでもその人のところへ行きたかったが仕事がある。

仕方がないので午後の仕事が終わったタイミングでイールと合流しその人の元に行くことにした。


昼間にイールが一人で行けば良いとも思ったが、流石に旅人相手にはもし持っていたとしても渡してもらえないだろうと言うことで二人で行くことにしたのだ。


仕事中はずっとソワソワしていた。

ばったり運良く出くわしたりなんてことがあれば良いのになんて思うがこの街だ。商店が並ぶ通りならまだしも、案内しているのはその道ではない。

気ばかりが急くが目の前に客もいる。

エリィは自分に、まずば仕事だと言い聞かせてその日の仕事を終えた。



夕方、仕事を終えた後にイールと合流し目的となる人の家へと向かった。

その家は街の南西にあり、エリィの住む家とは反対方面にあるがさほど遠くはない。

ちょうど夕食前の時間だからきっと家にいるだろう。

そう思いながらその人の家の扉をノックする。


けれど出てきたのは家族で本人はまだ出かけていると言う。

商店に行くと言っていたと聞いたので迷わず街の中心となる通りへと向かった。


「家で待たせてもらったほうがよかったんじゃないか?」


そうイールに言われるが知り合いの家に上がり込んで待たせてもらうなんて居心地の悪いこと、エリィはあまりしたくない。


「探した方が早そうなので」


そうごまかして目的の人を探した。

以前もこの辺りでばったり会った。

きっと会えるだろう。


その人がいそうな店を歩いて覗いていく。

食材を扱う店、日用品を扱う店、お茶ができる店。

見回って行くが見つからない。


「もう一回家行ってみるか?もう帰ったかもしれないし」


イールの言葉に渋々頷いた時だった。



「やぁ、また買い出しか?」


その声にハッとしてエリィは振り返った。



「いた……!ヘンスさん、探してました!」


エリィが探していたのはヘンスだった。

彼はダンジュが病を患っていたというエリィが知らないことを聞いていたし、自宅に来た時も自分が使ったカップを洗って帰るような律儀な人間だ。

そんな人間相手なら大切なものを預けてもおかしくはない、そうエリィは思い当たったのだ。



「エ、エリィ、どうした?なんだってんだ?探してたって。何かしたか?」


珍しくエリィが勢いよくヘンスに声をかけたのでヘンスは随分驚いている雰囲気だ。


「あ……失礼しました……えっとお伺いしたいことがありまして」


「長い話ならどこか店に入ろうか?」


そうヘンスが聞くがエリィは首を横に振った。


「いいえ。あの……ダンジュさんが亡くなる前に、何か預かっていたものがあったかお伺いしたくて」


「あぁ、その話か。あるある。ダンジュさんからエリィにもし聞かれたら渡してくれって。他の人間には渡すなって。エリィに渡せば良いじゃないかって言ったんだけど心配だからって。何のことかよくわからなかったけど」



「そ……それって……まさか鍵ですか……?」


何の気なしに話すヘンスに恐る恐るエリィが聞く。


「あぁ、何の鍵か知らないけど、預かっといてくれって。金庫か?」



エリィとイールはそのヘンスの言葉に答えられなかった。


「どうした、二人とも?なんか変なことでもあったのか?」


その言葉を無視し、イールがエリィに話しかける。


「なぁ、エリィ」


「はい」


「……やっとだな」


「……はい」


「こんなところにあるなんてな」


ようやく、と言った笑顔でイールがエリィに言う。


「そうですね……ヘンスさん、すみませんが今からその鍵、お預かりしたいのですが」


「あぁ、家にあってね。今ちょうど帰るところだから一緒に行こう」


そう言って三人でヘンスの家まで行くことになった。


道中、ヘンスはエリィとイールに色々と話をしていた。

食材を扱う商店で珍しい野菜が売っていたこと、エリィとは別の案内人が連れていた旅人が随分と態度が大きかったと言うこと、次の砂の風の時期はもうすぐかもしれないと言うこと。

普段であれば世間話と思ってヘンスとならそれなりに楽しく話ができるエリィだが、状況が状況だ。

上辺だけの返事をしているとそれに気づいたからかイールがヘンスの話し相手をしてくれていた。



「すぐとってくるからちょっと待っててな」


ヘンスの家の前で待つことになったエリィとイールにとってその時間は何故かすごく長いものに感じた。


「エリィの勘が正しかったな」


「えぇ、ダンジュさんと家でお茶を飲むような方ですし、倒れた時も教えにきてくれた方でしたので。でもまさか、でしたけど」


「これで、やっと入れるんだな」


そうイールが少し清々しい様子をしながら笑う。

けれどその言葉にエリィはふと思い出してしまった。

中には入りたい、何があるのかを知りたい、そう思ってはいるものの、それと同時に思い出されたのは父の死だった。


父を殺した人間はもうこの世にはいない。

理由もわかった。

入り口までならもう平常心で行ける。

けれどもあの場所にもう一度行くのかと考えると、重く黒い感情とまではいかないが単純に怖いという感情が染みのように滲んでくる。イールのように達成感のようなものとともには向かえないことに気づいてしまったのだった。


「はいはい、お待たせしたね。これだよ、預かっていたのは」


そう言ってヘンスが玄関から出てきて小さな茶色の巾着を渡してくる。

そっとエリィが受け取り中に入っているものを取り出すと、間違い無く一つの鍵が入っていた。


エリィはそれを一度キュッと握った後、巾着に入れ直しヘンスにお礼を言った。


「ヘンスさん、ありがとうございます。ずっと探していたので助かりました。使った後はお返しした方が良いかダンジュさんから聞いてらっしゃいますか?」


「いいや、エリィに聞かれたら渡してくれとだけ言われてたから後はまかせるよ。うちでまた預かってもいいし」


「ありがとうございます。どうするかはまた考えますね」


そうエリィは小さく笑ってヘンスに別れの挨拶をし、自宅へと戻った。


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