32:探し物と墓参り
相変わらずエリィは仕事、イールはダンジュの部屋で探し物をしたり本を読んだり街を散策して鍵の手掛かりを探していた。
もう当たり前のように二人揃って座るリビングのテーブルでエリィとイールは夕食をとっていた。
「やっぱり何も手がかりがないな……」
そう難しい顔をしながらイールが言う。
「もう一度廟と入口、全部見て回りますか?明日私も仕事は入っていないので回れますので」
「あぁ、俺以外の目で見てもらった方がいいかもな」
それにしても、とエリィが言う。
「そろそろ見つけられないとまた砂の風の時期が来てしまうので……できればそれまでには」
「あとどのくらいで来る?」
「例年だとあと半月くらいですね。早い時はもう少し早く」
この街の砂の風の時期は年に二度ある。
それぞれ2、3ヶ月続いた後、天候が良い時期が3、4ヶ月続くといったものだ。
それを思い出すとイールがこの街に来てからもうすでに2ヶ月以上既に経っているのかと思うと思わずエリィは部屋のお代の計算をしてしまい、頭がクラクラする。
「なるほどな……それまでには何とかしたいな」
「えぇ」
「それにしても砂の風の時期っていつも何してるんだ?外に出れないだろ?」
「はい。まぁごく稀に物好きか訳ありのお客様が来るのでそういう方の案内はしますけど、後は基本的に家にいるだけですね」
イールへの嫌味も含んだ言い方をエリィはしてみせるがその嫌味に気づいたのかイールは笑っている。
「じゃあもし砂の風の時期の前に解決できたら、サマルタに行こう」
「え?」
「砂の季節に入る前なら移動もできるだろう?で、季節が終わる頃また帰ってくる」
「それ、私とあなたでってことですか?」
「だからこうして話してるんだが?」
イールの言葉にポカンとしてしまう。
彼が行くという話ならわかる。
というか『青の回廊』のことが無事解決した後、イールはこの街にいる必要がない。
この街を離れまた何処かへ旅に出るんだろうとエリィは思っている。
なのに季節が終わる頃また帰ってくると言う。
どういうことかがわからない。
「エリィも小さい頃はあっちこっち行ってたんだろ?出かけたら体が思い出すから大丈夫だ」
「はぁ」
思わず間の抜けた返事をしてしまう。
いずれにせよこんな状況ではそれまでに解決できるかなんてわからない。
解決したら良いなと言う願望も込めて言っているのだろうと理解をし、適当に相槌を打っておいた。
翌日、仕事が1日休みの日にイールと二人で街の中にある5つの廟と『青の回廊』の入口を回り始めた。
最初に回廊の入口から向かうことにした。
以前エリィの足が動かなくなってしまった最後の曲がり角に差し掛かった時にイールがエリィに聞いてくる。
「今日は大丈夫そうか?」
「そういえば……そうですね。今日は大丈夫です」
父が殺された理由がわかったからなのか足が止まってしまうなんてこともなく平常心で入口まで向かうことができた。
入口の扉は相変わらず綺麗な文様だ。
扉の周りも含めてもう一度隅々まで見るが前回来た時と何ら変わりがない。
付けられた鍵に触れても見るが開く様子もない。
「エリィ、ここのことは本当にダンジュさんとエリィしか知らないんだよな?」
「はい。ダンジュさんがそうおっしゃっていたので。あぁ、もちろん父は除いてですけど」
「そうだよな……」
イールが顎に手を当て考えている。
エリィも何か手がかりがないかと考えを巡らせるが思い当たらない。
考えすぎて段々と考えるのが嫌になってくるような感覚すらしてくる。
何か別のことを一度考えたい、そう思いエリィは扉の文様をぼんやりと眺めた。
「やっぱり綺麗だな、これ。廟のも綺麗だが」
エリィがぼんやり扉を見ていたからかイールが言う。
「……中はもっと綺麗でしたよ」
ふと「綺麗」と言う言葉に扉の先の世界を思い出しエリィが口にする。
「青い空間だって前言ってたな。どんななんだ?」
「廟にあるタイル、あの色に包まれていました。夜空みたいな……水の中みたいな……違う世界みたいな場所で」
「それは、行ってみたいな」
イールが扉に手を当て口角を上げながら言う。
「よし、早くそこに行くためにも鍵を見つけないとな。廟を回ろう」
エリィがイールのその言葉に頷いて、二人は5つの廟を巡った。
歩いている途中、エリィはイールの歩く姿を半歩後ろで見ていた。
この街に来てばかりの頃もその覚えの速さに驚いていたが、今はもうエリィの案内など不要かと思うほど廟へは当たり前のように歩く。
その姿を見てエリィは感心すると同時に、イールの目的である廟や『青の回廊』には自分の案内などもう不要なのかという寂しさにも似た何かを感じていた。
「エリィは記憶に残ってる旅先ってあるのか?」
廟を回っている途中でイールに聞かれる。
「え?」
「幼い頃、レンさんに連れていかれた場所で覚えている場所あるかって?」
「あぁ……あんまり覚えてないですけど……」
イールの質問に雲を掴むようにふんわりとした記憶を手繰り寄せる。
「なんとなく覚えてるのは……大きな時計塔があって、それから……石畳の綺麗な街に行ったのはなんとなく」
「時計塔か……」
「どこかご存知の街ですか?」
「いや、時計塔のある街は何箇所か行ったことがあるが大きなっていうとどうだろうな。他に覚えてる場所は?」
「他ですか……あぁ、海の見える町もなんとなく。高台に行って綺麗な景色を見たのは良いんですけど、帰りに私、坂道転げ落ちて。父に何でこんなところ連れてきたんだって文句言った覚えがあります」
自分のことながら思わずエリィは小さく笑ってしまう。
「結構覚えてるな」
イールが笑って答える。
「またいろんな街に行ってみたいって思うか?」
その質問にエリィは考えを巡らせた。
自分が旅に出るなんて想像があまりつかない。確かに他の街に行ってみたいと思わなくはないがこの街での生活も仕事も気に入っている。
「興味はありますけど、この街で仕事したいので。あんまり、ですかね」
「エリィらしいな」
そうなのか、と思いつつ何故そんなことを聞かれたのかエリィは分からずイールのその言葉には答えなかった。
気づけば5つの廟を回り切った。
けれども相変わらずそこにあるのは静寂だけでこれといって鍵に繋がる手がかりはなかった。
***
(そういえばそろそろダンジュさんのお墓行っておこうかな)
ふとイールと廟を回り終わった後にエリィに考えが浮かぶ。
(部屋ひっくり返したり日記読んだり謝らないといけないしな)
ちょうど北東の廟に来ていた。
街の東の墓に行くには都合が良い。
「すみません、私ダンジュさんのお墓に寄っていきたいので」
「あぁ、なら俺も行く」
わざわざ来てくれるのか、と思わずエリィは首を傾げた。
「勝手に部屋ひっくり返したり、本借りたり、それからシナンさんに会ったって報告しておかないとだからな」
その言葉にエリィは納得した。
生きている間に知り合いではなかった二人が随分近しい関係のように思えてくる。
墓地に着く頃には気づけば空が茜色に染まってきていた。
エリィはダンジュの墓の前に着くとしゃがんで手を合わせた。
イールも隣で同じようにしているようだ。
ダンジュが死んでからのこの期間、短いような、長いような、そんな感覚だ。
「どこに鍵を置いたんだろうな」
そうイールが言う。
エリィも彼に言われなくとも手を合わせながらダンジュに向かって言っていた。
何故こんなにも見つからないような場所に置いたのか、と。
「でも不思議なんです。ダンジュさん、部屋の本はまぁ……あれですけど、大切なものを無くすような方ではなかったので……」
「無くならないようにどこかに、ということなんだろうけどその場所がわからないんじゃな」
またしても二人で考え込んでしまう。
「……今日は…いや、今日も考えても無理そうだな。レンさんのとこにも寄ってくか?」
イールの言葉にエリィは頷き、丘の少し下にあるレンの墓に足を向けた。
エリィは父であるレンの墓に手を合わせたあと、そっとその墓石に手を触れた。
(馬鹿だよなぁ、古の宝物なんて)
そうエリィは思う。
そんなものに手を出さなければレンは殺されなかったかもしれない。
それにそれを売り払うというとんでもないことをするなんて、自分の父親のことながら呆れてしまう。
「……何に使ったのやら」
エリィの口から独り言が溢れる。
「何のことだ?」
イールに聞かれ、自分の口から言葉が出ていたことに気づき思わずエリィは手を口に当てた。
「いえ、古の宝物を売り払った後、ダンジュさんとシナンさんにお渡しした以外のお金はどうしたんだろうなって」
「確かにな。それなりに大金だっただろうしな」
酒や遊びに使うような人間ではない、そのくらいは幼い頃の記憶ながらもエリィはわかっている。
だからこそ何に使ったのかわからないのだ。
(ま、それよりも先に『青の回廊』の鍵を探さないと)
そうエリィは思い家路の方向へ足を出す。
「エリィ」
イールが自分を呼ぶ声が聞こえ、振り返る。
「すっごい夕陽、綺麗だぞ」
そう言われ少し顔を上げ西の空を見ると、真っ赤に燃える夕陽があった。
「そうですね……月もでてますよ?」
エリィの指した方向にイールは一度目をやった後、ニッとエリィに向かって笑って数歩前に出ていたエリィの隣に並ぶ。
「本物はやっぱり良いな。帰るか」
相変わらず自分の家のように言うイールにピクリとエリィは反応してしまう。
「私の家です」
イールは相変わらず笑っていた。
その日の夜、エリィはベッドに潜り込んでからもしばらくぼんやりと鍵のことについて考えていた。
墓地でイールに言った通り、ダンジュは大事なものを無くすような人間ではない。
だから無くさない場所に、と置いてあるはずなのだ。
以前、ダンジュの机の中から出てきた手紙の差出人である遠い親類にでも預けたのだろうかと思い、ダンジュが亡くなったことの報告がてら何か預かっているものはないかと手紙を書いていた。
その返事は数日前に届いていたが特段ないと言う回答だった。
(私だったらどうするんだろう)
そう寝返りを何度か打ちながらエリィは考えていた。
家のキッチンはダメだ。
何かと出し入れが多いから無くしやすい。
リビングの横にある棚は良いもしれない。けれどもうその場所は何度も探した。
廟も悪くはないが、あそこは物がなさすぎる。短期間置いておくのは良いが、長期間だと物がなさすぎて不安になる。
(私に預けてくれたらよかったのに)
そうエリィは思う。
今もしダンジュが生きていて、エリィが鍵をどこかにしまうのならダンジュに預けるのは一つの手かもしれない。
ダンジュなら大事に保管し、無くさないでくれる気がする。
(家族のように近い人になら預けるかもだけどな)
ダンジュが安心して預けられるような人間は誰だろうと考え始めた。
ダンジュはこの街以外の人間とあまり親交は深くなかった。
この街でも親しくしていたような人間となるとエリィを含めても多くはない。
(わかんないな……)
そう考えているとエリィは眠りの中に落ちていった。