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27:旅人に必要なもの



街の中にある水汲み場の位置を確認するには時間がかかる。

このアテが間違っていたら明日の夕方という期限に間に合わないかもしれない。

いくつかの水汲み場を確認し地図上に印をつけた後イールはもっと効率的なやり方がないか考えていた。

なんせ水汲み場は街の中心にしかないとはいえその数が多い。

地図をぼんやりと眺めながら次の手を考え始めた時だ。


(あぁ、何でもっと早く気づかなかったんだ)


イールはある場所を地図上に見つけそこへと足を運ぶことにした。


***


中は静かだ。

あまり旅人が足を運ぶような場所ではないがイールにとってそこは居心地の良い場所だ。

古いものから新しいものまで、紙の香りに包まれる。

壁面にはこれでもかと言うほど本が並んでいる。

そう、この街にある大きな図書館にイールはやって来ていた。


司書に水路について知りたいと聞くとそれらしい分類の本が置いてある場所を教えてくれ、その場所に向かった。

図書館の中でもあまり人気が高くはないのか周りには人が少なくこれならゆっくりと調べられると思い棚に置かれた本の品定めをしていく。


目ぼしいものをいくつか手に取り近くの机に広げる。

あまり読み慣れたような本ではないが文字で書いてあるのだから読めないことはない。


いくつかの本にあたっていくとこの街の水路が書かれたものに行きあたった。

シナンからもらった地図を横に開きそれに水路の線を書き込んでいく。

想像していた通りこれは自分の足で探そうなんていうのは難しいものだった。


じりじりと地図に書き込んでいる途中、図書館の中に鐘の音が鳴り響く。

閉館の合図だった。

仕方がなく本の貸し出しを頼もうとしたらその本は館内閲覧専用のものらしく外に出せないと言われてしまった。

少し粘ってみたもののダメだと言われ仕方がなく諦めて宿に戻ることにした。


宿に戻った後も書き込み途中の地図を広げイールは考え込んでいた。

生活水路は街の中心から少し北側に、東から西へと走る川から引かれ、街の中心の至る所に張り巡らされるように引かれているようだ。


(流れた後は何処にいく?)


そう思い地図に書き込んだ線をなぞっていくがわからない。

街の西側の分岐した川に流すのが妥当かと思うが確信はない。

翌日また図書館に行き続きを調べるしかない。

それまでの間は別の可能性も考えようと思い、イールは夜遅くまで地図とこれまでの知識を総動員して考え込んでいた。


***


翌朝、開館と同時に街の大きな図書館に向かい昨日見つけた本をもう一度確認しながら地図に生活水路の位置を書き込んでいった。


『青の回廊』のような五芒星を描く、といったある意味わかりやすいようなものではないようだ。


アテが外れたのかとイールは思い思わず天井に向かってため息を吐く。

ずっと地図をへばりつくように見ていた。

けれどその時は椅子に背を当て遠くから眺めるように見ていた。

ぼんやりと机の上に広げた地図を見ているとふと不思議なことに気づいた。


昨日ははっきりしなかったが、流れた先はおそらく川の分岐する街の西側だろうことはなんとなくその線で浮かび上がっていた。

けれど、街の中心にある水路のうち、少し西側にあるものが何故か西に流れず少し蛇行するように東に向かっていた。


(何でわざわざ?)


何かそちらに引かなければいけない理由があるのかと思いその辺りの地図を見ていくがこれといって納得できるようなものがない。

もやもやとした違和感だけが残り時間だけが過ぎていった。


時刻は昼過ぎ、そろそろ目処がつかないとまずい時間だ。

イールは焦り始めていた。

昨日の夜、このアテは違うと判断すればよかったか、と思いながら仕方がなく図書館を出ようと考え立ち上がった。


窓の外を伺うと水路から引かれた水汲み場が見える。

この辺りは街の中心の中でも賑わっている場所だ。水汲み場も沢山ある。

何の気なしにそれらを見た後地図を畳もうと手に取った時だ。

ふとイールが今いる図書館の場所に目をやるとそこは北側にある川からほぼ真っ直ぐと水路が引かれている。


(何故ここはまっすぐなんだ?)


けれど考えたところで答えは出ない。

頭の引っ掛かりは残るものの仕方がなく机を離れ図書館の出口に向かう。

悔しいが解決できなさそうだ。

別の方法でシナンからは聞き出すしかないかと頭を切り替え始め、図書館の司書がいるカウンターの前を通り過ぎる。


(ダメもとだが聞いてみるか)


カウンターの中にいた初老の男性司書に話しかけてみた。


「すみせん、この街の水路について調べていて……ご専門外かもしれないのですが」


「ええ、なんでしょう」


眼鏡の似合う白髪混じりの人が良さそうな男性だ。


「この街の水路……街の中心に巡らせてある水路なんですが何故このあたりは川からまっすぐに?西側のものは東に蛇行してるように見えて」


「お詳しいですね。調べたんですか?」


「はい。昨日から調べていたんですが違和感が残って」


「このあたりはね大昔神殿があったそうだよ。しかも随分大きな貯水槽を備えた」


「貯水槽?」


「はい、ちょうどこの図書館の真下にね。水路はその時代のものを元に作ったものだから西側のものはここに向かって蛇行してるんですよ。ちょうど一度ここに全てが集まるように」


「今その貯水槽は?」


「えぇ、貯水槽としてではないのですがまだこの図書館が使っていますよ」


その言葉にイールはピンと来た。


「なるほど……不躾で申し訳ないんだが、この図書館、個人の大切なものを預かるようなことは?」



その言葉に司書は眉を少し高くあげる。


「お兄さん、何処かでそんな話でも聞いたんですか?」


その言葉にイールの口角が上がった。


(旅人には『知恵と知識』が必要、か)



「いや、大丈夫です。貴重なお話ありがとうございました」


そう丁寧に礼を言いイールは図書館を後にした。


*****


シナンと約束していた時間にイールは彼の家にいた。


「で?どうだ?わかったか?」


シナンがイールに聞く。


「シナンさんは相変わらず言葉が上手い」


そうニヤッと笑ってイールは答え地図を開く。


「ヒントの水の流れは生活水路。それが行き着く先は今は川だが、昔は図書館の真下にあった貯水槽だろう?「古の」宝物っていうんだからそう言う時代のものだろ。あとは、『旅人には知恵と知識が必要』と言う言葉だ」


そう言うとシナンは続けろと言わんばかりに右肩を一度上げる。


「最初から答えは教えてくれてたんだな。『知恵と知識』つまり先人たちのそれらが集まった図書館。そこに預けてあるんだろう?司書にも聞いたら人から大切なものを預かるようなことをしてる風だった」


ジッとイールはシナンの様子を伺った。

いつの間にか窓の外を眺め、イールに背をむけているシナンの表情はわからなかったが彼が口を開く。


「なるほどな。面白い……言われた通りだな」


「何の話だ?」


「いや、こっちの話だ」


そう言ってシナンがイールの方を向きニヤリと笑う。


「イール、正解だ」


「じゃあ知ってることを……」


「いや、もう一つ。大事なことをやらねばならない」


その言葉にイールは思わず舌打ちの一つでもしたくなる。まだあるのか、と。


「まぁそうイライラするな」

シナンがたしなめ、また机の中から何かを出してイールの座る向かいのソファへと腰掛ける。


「次は何だ?」


「もう一つ、友人が言っていたことがあってな」


そうシナンの手からテーブルの上に出されたのは二つのダイスだった。


「旅人には運が必要。イール、私と賭けをしよう」


いい加減にしろと言う言葉を飲み込んでイールはシナンを睨みつけ聞く。


「ルールは?」


「簡単だ。出た目の合計が奇数だったらお前の勝ち、偶数なら私の勝ちだ」


「細工なんてしてないだろうな?」


「あぁ。これは嘘ではない。振るのはお前だ」


その言葉に大きくため息をつきイールはテーブルに置かれた二つのダイスを左手に握った。


「面倒なことばかりだな。なんだっていうんだ」


握ったダイスを掌の中で弄びながら、独り言のような言葉と呆れた笑顔がイールに浮かぶ。

それに応えるようにシナンも笑う。


「これが最後だろうな?」


そうイールが聞くとシナンは頷く。


それを確かめた後、イールは手にしたダイスをそっと手から離した。


カランカランとテーブルの上を二つのダイスが転がった後、イールとシナンは視線を合わせた。


二人の口元にはそれぞれ笑みが浮かんでいた。


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