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25:旅のイベント


ひんやりとした感覚を頰に感じ、薄っすらと開けた目が最初に見たのは濃い鼠色の壁だった。


グラグラする頭を軽く振り眠気を吹き飛ばす。きっとまだ飲まされた何かの名残りだろう。

イールはゆっくりと起き上がり周りを見渡した。


窓のないその部屋は随分薄暗い。

今が昼なのか夜なのかもわからない。

部屋、というよりも部屋の体をなした牢と言った方が正しいか。

左手で頭をかいた後、ひんやりした床に座ったまま考え始めた。


(殺すつもりならもう殺されてるだろうから何かあるのか)


荷物も特段取られているものがないことを確認し、壁に背中を預けしばらくぼんやりとしていると飲まされたものの効果が切れたのか意識がはっきりしてくる。


しばらく座ったまま何もしていなかったが暇だ。

こんな状況で暇だと思うのはおかしなことかもしれないがやることがない。

やることがない時にやるのはいつも同じだ。

手帳を開き書き留める。

ここまでのことを忘れないようにつらつらとかいていた時だ。


ガチャリとノックもなしに扉が開かれた。そこに立っていたのはシナンだ。


「眠気はどうだい?」


「眠らされなくてもついてきた。わざわざ何故?」


「旅にイベントは必要だろう?」

そうシナンが笑う。


「イベントの趣味が悪いな」

シナンの笑いに応じるようにイールも笑って答えると、ついて来いとシナンに言われその背中をイールは追うことになった。


連れて行かれたのは彼の私室らしく扉の前に使用人が立っていたが部屋の中には誰もいなかった。

シナンに促されるまま沈み込むようなソファにイールは座り部屋の様子を伺っていた。


絨毯ばりの床、高価そうな調度品、大きな窓とそれにつけられたたっぷりとしたカーテン。

どれもその財力を示すようなものばかりだ。

以前ここにきた時は客間に案内された。

今回はシナンの私室に連れてこられたと言うことは何か人に聞かれると困ることでもあるのか。


「で、その殺された旅人がなんだって?」


窓の近くに立ったままシナンが聞いてくる。


「いや、俺が質問したいんだが?」


「答えて私の何になる?」


「さぁ、そんなこと俺が知るか」


「イール、お前は一度もうあの街には何もないと言ったのに何をしていた?」


「街の散策をね。『青の回廊』のことは前も話したけれど何も見つからないがな」


イールの視線がシナンを射抜く。

どう反応するのかを見極めるためだ。

シナンもそれに気づいてか口調こそいつも通りだが視線が違う。

その視線を確認しながらイールは続けた。


「殺されたっていう旅人の話を耳にして、それがちょっと気になる話でね。殺した人間は何処ぞの関係の人間だって」


「何処の人間だ?」


その言葉にイールは黙ってシナンを見る。


「……イール、知っていること全て話せ。それによっちゃまた資金援助でも何でもしてやる」


その言葉にイールはソファの背もたれに背中を預け答えた。


「商人の割に何もわかってないな。そんなもん、今の俺に必要ない」


「じゃあ何故ここにきた?」


ニヤリと笑ってイールは続けた。


「金じゃない、取引だ」


その言葉にシナンが首を傾げる。


「俺の知ったことは俺の中に留めておく。代わりに、シナンさんが知ってることを全部話せ」


その言葉にシナンは腕を組み、何処ともない空を見て考える様子をした。


「イール、お前は何か勘違いしてるな?」


その言葉にイールは首を傾げる。


「お前は俺がその旅人を殺したと思ってるのか?」


「さぁ、どうだろうな」


「先に言っておく。それは違う」


なるほどな、とイールは思う。けれど誰かを殺しておいて自分が殺したなんて軽々言う人間はいない。


「何故そう言う?」


「その誤解だけは持たれたくないからだ」


二人の間に沈黙が訪れる。

お互い何を話して何を話さないかを考えているような時間だ。


「まぁどちらでもいい。……そうだ、これは質問ではなく以前資金援助をしてくれた商人への感謝ついでに教えておく」


イールが沈黙を破り話始める。


「なんだ?」


「あの街の案内人の、老齢の方がいただろう?彼が亡くなった」


その言葉にシナンの眉がピクリと動いたことをイールは見逃さなかった。


「じゃ、今日はこれで。あまり話にならなそうだからお暇させてもらう。しばらくこの街にいるつもりだ。何かあれば連絡をよこしてくれ」


そう言ってイールはその部屋を後にしようと立ち上がり扉に向かった。

豪華な装飾のされたその扉に手をかけた時だった。

シナンの手がイールの肩を強く握り引き留めた。


「なんだ?」


「イール、何を知った?何を知っている?全て話せ。場合によっては……」


はぁとわざとらしくため息をつき口角を上げてイールは答えた。


「そこに続く言葉が何なのか、聞きたいような聞きたくないような、だな。けれど逆だ、シナンさん。あなたの知っていることを全て話してくれたら、俺も話さなくもない」


その言葉にシナンは何も答えなかった。

今日はここまでか、とイールは思いシナンの腕を払いその部屋を後にした。


イールはそのままとっていた宿に戻った。

もともと一度会っただけで全て聞き出せるとは思っていない。

けれどきっと今日の様子だとまた向こうから接触があるだろう。

そう思ってしばらくの間、この街に滞在をしていた。


そして次にシナンから連絡があったのはイールがこの街に来て8日目のことだった。


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