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23:隣町


イールがエリィの住む街、ターランを出て2日が経とうとしていた。

道中は何事もなく極めて順調にイールはその足を進めてきた。

街と街の間に小さな集落はあるものの片道だけで2日となるとそれなりに体力も気力も必要になる。

しばらくエリィが貸してくれている部屋に居座っていたため少しばかりの不安はあったもののまだまだ大丈夫そうだとイールは思っていた。


気づけばサマルタの街に踏み入れていたようだ。

ターランよりもこの街は大きい。それに人も多い。街というよりは都市に近いものだ。

商店が並ぶ通りも複数あり、街の入口近くにもそれは広がっている。

露天商が売る野菜や果物がターランよりも豊富にある。

どんな料理に向いてるかと頭の中で思わず考えてしまう。


(エリィ、ちゃんと食べてるだろうな?)


愛想もないし素直じゃない。

見え隠れする本音を言葉にしたかと思うとなんでもないと誤魔化そうとする。

けれど食事の匂いを嗅ぎつけると尻尾を振るようにキッチンにやってくるエリィの様子をふと思い出し一人イールは笑ってしまう。


(色々と素直に言えばいいのに)



陽が傾きはじめている。

今日は動かずに宿へ向かおうと決めイールはその足を進めた。



宿に到着すると幸い空きがありすんなりと部屋に入ることができた。

この街にくる途中の集落では宿といえるようなものはなく、民家の一室を貸してくれるというような簡素な寝泊まりだった。

久しぶりに落ち着いて体を休められる場所に胸を撫で下ろす。


部屋にはちゃんと書き物ができるように机も置いてあった。

イールにとってこれは喜ばしいものだ。


エリィの父であるレンに子供の頃に出会ってから、イールは文字の虜になった。

文字が読めれば知れることが増える。

文字を書ければ人に直接会わなくとも何かを伝えることができる。

読み書きを知って世界が広がった。

レンとの約束を果たすためにイールは旅に出て、それからずっとその日あったことや気になったことなどを手帳に書き留めていた。

始めた理由は簡単だ。

レンがやっていたからだ。


ある日イールの住む街に訪れた旅人は、その辺の子供を集めて旅路であったことを面白おかしく話してくれた。

周りの子供はみんなその話を聞いて満足するとその場からいなくなってしまっていたが、イールは違った。

話が終わった後、レンが何かを書いていることに気づきじっとその様子を見ていたのだ。


『おぅ、少年。読むか?』


そう聞かれ、読めないのだと伝えると彼はそれならと書いていたものを見せて、それが何なのかを教えてくれたのだ。


影響されすぎだとは思うが、それほどにイールはレンのことを慕っていた。

レンがイールの住む街に滞在していたのは約3ヶ月。

知り合いの祝い事があると言っていたことや街の祭りの時期とちょうど重なったからだろう、旅人の割に滞在期間が長かったこともイールがレンを慕う要因になっていた。



今日は早めに寝て、商人を捕まえるために休もうと決めイールはその日は早めに床についた。


****


商人から資金援助をしてもらっていた時は彼の家の人間もそのことを知っていたためか、家、と言っても随分と広い敷地とゆとりのある屋敷のような家だが、そこに行くとイールを中に入れてくれた。

けれど今は手を切っている。

そんな人間を中に入れてくれるかどうかはわからない。


そもそも商人と出会ったのは街の飲み屋のような場所だった。

旅人がよく集まるというその店にイールも出向いてみた時に物好きな商人がその店に出入りしていたことから知り合ったのだ。



ダメ元だとは思っていたがとりあえずイールは商人の屋敷に出向いていた。


屋敷の門の前には門番がいる。

以前もいた人間だ。話がわかるかもしれないと思いイールが話しかける。


「悪いが、主人に会わせてくれないか?少し話したいことがあって」


そう言うと門番はジロリとイールを射抜くように見る。


「悪いが彼は忙しい」


「以前、資金援助を受けていた旅人でも会ってもらえないか?」


「今そう言う状態なら取り次げないこともないが、以前というなら何かあったんだろう?そう言う人間はお断りだ」


まぁそうだろうなという回答が返ってくる。


「じゃあ彼は今日は家に?出かけている?」


その質問に門番は答えなかった。

その様子を見てイールはわざとらしくため息をついて続けた。


「せっかくうまい商売になりそうな話があるって言うのに、門番のせいで彼に話せないな。残念だ」


踵を返そうとすると門番が声をかけてくる。


「どう言う話だ?」


他愛ないな、そうイールは思う。


「いや、それはここでは言えない。君に商売の話をしても仕方がないだろう?彼はどこにいる?家か?」


イールがもう一度聞くと門番はまた押し黙る。

それを見てイールはニヤリと口角を上げ彼に近づき囁くように言う。



「その商売がうまく行ったら君にももちろん還元する。悪い話じゃないだろう?」


門番はイールから目を逸らすが、イールは畳み掛けるように言う。


「大丈夫。君から居場所を聞いたなんて口が裂けても言わない、安心しろ」


その言葉にチラリと門番がイールを見た後、また目を逸らして口を開いた。


「昼は仕事だ。どこにいるか知らん。けど夜はあの店……旅人衆には有名な店があるだろう?そこに行くと言っていた」


その言葉を聞いてイールはパンパンっと門番の肩を二度叩きニッと笑って礼を言った。


軽すぎて張り合いがない、そうは思ったものの今はそう言う楽しみは不要だ。

商人の居場所がわかれば話が早い。

夜に来るとわかっていればそれに合わせてそこに行けば良い。


それまでの時間は久しぶりにターラン以外の街にきたのだからとイールは散策をすることにした。

以前しばらく滞在していた街だ。

道も慣れている。

久しぶりにあの場所に行こうと思い立ちイールはその場所へと足を向けた。


この街には川が流れている。

きっと栄えている理由もその川のおかげで水資源が豊富だからだろう。

その川の少し脇に大きな広場があり、そこには毎日のようにたくさんの行商が集まり市場のようになる。

食材はもちろん、生地や衣類、日用品をはじめ、夜には屋台も沢山出るので歩いているだけで楽しい場所だ。

イールはその市場の中をふらつくことにした。

単純に歩いていて楽しいというのもあるが、ここの市場のいくつかの店は例の商人が大本を取りまとめている店もあるのでその様子を確認するためにもこの市場に来ていたのだ。


しばらく散策しているとふと見覚えのある顔を見つけそこに向かう。

ちょうど良い、商人が取りまとめている店の一つで、店主と顔見知りの店だ。


「久しぶりだな」


そう声をかけるとひょろっとした中年の店主が驚きと笑顔と共に答える。


「イールじゃないか!久しぶりだな!しばらく見ないと思ってたが、どこ行ってた?」


「ターランにしばらくいて。昨日こっちに」


「あんな街にしばらく?お前も物好きだな」


その言葉にハハッと笑って答える。


「ムタファさんは元気か?」


「あぁ。大将も相変わらずだよ。旅人さんに大人気。あれ?お前もなんか貰ったとか言ってなかったか?」


「あぁ、でも条件がちょっと合わなくなって断った。けど久々に彼に会いたくてね」


「ゴマスリか。大変だな、旅人も」

そう店主が屈託のない顔で笑う。


「あぁ、旅人も大変だ。……そういえばずっと不思議だったんだが彼は昔から旅人に資金援助を?」


「ん?あぁ、確か俺が見習い終わった頃だったかな。10年そこら前か?そういうのをやろうとしてるらしいって話があって気づいたら、だ」


「余裕ができたんだな」


「俺ら一般市民とは違ってな」


そう店主が大きく笑うのでそれに笑い返す。


「久々だからな、これ持ってけ」


そう言って店主が渡してきたのは皮ごと食べられる、掌に収まる大きさの果実だ。


「あぁ、ありがたくいただくよ。じゃ、また」


そう言ってその場を後にした。


(10年くらい前か……)


エリィの父親、レンが殺されたのは確かエリィが6歳だったと聞いていた。今から13年前だ。

商人が旅人に資金援助をし始めた時期が近い。

何か関係があるのかと考えるが全くもって繋がるような手掛かりはない。

考えすぎかとイールは思いその考えを横に置いておくことにした。


店主がくれた果実を頬張ると瑞々しいその果汁が口の中に広がる。

今の時期でこそエリィの住むターランにも果実は出回るが種類は少ない。

2日間くらいならこの果実は日持ちする。

帰りに買って帰ろうか、そう思いながらイールはシャリシャリとした食感を楽しみながら広場の中をふらついた。


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