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22:出発



商人から来ていた手紙を見つけてから数日。

案内人の仕事は変わらず定期的に入っていた。

砂の風の時期以外は人の往来が多くなるこの街だ。毎年と同じくらいの客がエリィに依頼をしてきた。


(仕事中は気が紛れるんだけどな)


迷路のようなその道を案内していると不思議と心が落ち着く感覚がある。

慣れたものだからなのか、そうエリィは思いながら今日も知らない街から来た客を案内していた。


明日、イールは隣の街、と言っても片道2日ほどかかるその街へ向かうと言っていた。

一人で向かわせる事、そもそも商人に会いに行くと言う事自体心の底から賛成できている訳ではないが、もはや自分一人の手に負える話ではないという事実は理解していた。

それに彼の言う通り、レンの娘であるエリィが行くことが得策とは思えない。

エリィの素性がバレた時点で本当のことは何も知れなくなるかもしれない。


仕事の帰り道、思わず茜色の空にため息を預ける。


(夕食、なんか作ってくれてるかな)


最初こそ勝手にキッチンやら食材やらを使われることに苛立ちを覚えていたもののイールの作る食事は美味しい。

稼ぎにならない客なんて何度追い出してしまおうかと思ったか分からない。

けれどあの食事が食べられなくなると思うと追い出すことを躊躇ってしまうような、そんな食事をイールは作る。

いつかお代は寸分違わずいただくつもりだが、とりあえずは部屋を貸したままで良いかと悔しいがエリィは思っていた。


いつものように自宅の玄関を開けるとイールは当たり前のようにキッチンで何か作っていた。


(作ってくれてる)


家に入ってすぐのところで、イールの作る料理の香りにお腹をすかせながらなんとなく立ち止まり、その後ろ姿をぼんやりと眺めていた。

左手でレードルを掴むその姿を見るとその背中が微かな記憶の中の父のものと重なる。


旅人で、左利き。

ただそれだけの共通点だ。


「あれ?帰ってきたんなら声かけろ」


そうエリィに気づきイールが振り返って言う。


「私の家なので……むしろあなたがお邪魔してますとでも言った方が良いのでは?」


そう言うと彼はハハッと笑う。

少しだけムッとしたものの相変わらず美味しそうな香りに誘われキッチンに向かう。


「今日はエリィの好きなあの煮込みだ」


そう言って見せてきたのは初めてイールが作ってくれた料理と同じものだった。

エリィが気に入って作り方を教えてもらったものだ。


「ちょっと多めに作ってあるからな」


「……ありがとうございます」


きっと今日使っている食材もきっとエリィが買ってきていたものだろうと思うと素直に言えず口を尖らせながら言うとイールは相変わらず笑う。


ちょうどエリィが帰ってくる時間を見計らったかのように出来上がった料理をテーブルへ運び、二人向き合って食事を始めた。


「明日は朝から出かけるから。長くても10日後には戻るようにする」


「はい」


「分かったことは全部エリィに伝える」


当たり前だと思いながら、エリィは頷く。

口に運ぶ煮込み料理は相変わらず美味しい。


「エリィ、一人で大丈夫か?」


「何のことですか?」


「一人だと色々考え込むだろう?」


「まぁ……そうですけど、そんなにご心配いただかなくても大丈夫です。仕事もあるし」


「なら良いけど」


イールが微笑する。


「……私の寝覚が悪くなるようなことはしないでくださいね」


「だから寝覚なんて美味いもん食べたら良くなるだろ?多めに作ったから安心しろ」


そう言いながらイールは手にしていたスプーンでキッチンに置かれた鍋を指す。

その言葉に言い返せる言葉が見つからずエリィはまた一口料理を口に運んだ。



***


翌朝、イールは出かける前にエリィの自宅の玄関を叩いていった。


「じゃあ行ってくるから」


その言葉にエリィの気持ちは何かに押しつぶされそうになっていた。

父親を殺した人間と関係のある商人の元へイールは行くのだ。

もしも、万が一、そう悪い想像が頭の中を駆け巡る。


「……はい」


「そんなに心配するな、ちゃんと帰ってくる」


「……あなたの家ではないですけど……」


いつもなら強く言える言葉も今日は霞のような強さでしか言えない。

その言葉に相変わらずイールは笑う。


「まぁそう言うなって」

そう言いながらまた彼の左手がエリィの頭に乗せられる。

冷たくない、その手が頭を触れていた。


父親が殺された時、最後に握った手は冷たかった。

育ててくれたダンジュが死んだ後もその手は冷たかった。

ダンジュのことは今この状況だから何を信じて良いか分からなかったが、イールが言ったようにエリィを育て上げてくれたと言う事実だけは間違いないものだ。

エリィの大事だった二人の手は冷たくなってしまった。

その冷たい感覚が何故かエリィの中にふと浮かびまた何かに潰されそうな感覚に陥ってしまう。


その感覚にエリィは堪らなくなり、気づけば頭に乗せられたイールの手を掴み、両手で包み込んでいた。


「……どうした?」


イールが聞く。


「父も、ダンジュさんも……私が触れた手はみんな冷たかったんです。大事な人達はみんな……けどまだ、冷たくない」


そう言った後、エリィは自分の言った言葉にはっとしイールの手からすぐに手を離した。


「なんでもないです」


そう目線をイールから外し言う。


「エリィにとってそんな大事な二人と並べてもらえるとはな」


「そう言う訳じゃ……」


イールの言葉に顔を上げ言うと彼は優しく笑いながらその左手の指先でエリィの頬をそっと撫でた。


「『まだ』とか言うな。縁起が悪い。ちゃんと帰ってくる。約束だ」


「…………はい」


「じゃ、行ってくる」


そう言ってイールはエリィに背を向け街の南の方へと歩き出す。


「あ、あの!……イールさん、お気をつけて……」


エリィがなんとか言った言葉にイールが振り返りニッと笑う。


「『さん』はいらないって前も言っただろ」


そう言って軽く左手を一度上げてから歩いて行った。


どうか何事もなく、迷惑な客で穀潰しなはずのその人の背中にエリィは願いを込めていた。


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