21:探し物
埃っぽい空気が部屋中を舞っている。
窓は開けているものの小さな窓だ。限度がある。
「とりあえず本は全部リビングに出しましたので」
「あぁ。エリィは机の中、俺はこっちの引き出しから確認していく」
そう言ってエリィとイールは二人でダンジュの部屋をひっくり返していた。
本が沢山置いてあったためか部屋の隅には埃が沢山溜まっている。
吸い込まない様に手巾を二人とも顔に巻いてはいるものの埃っぽい。
溜め込んでいたダンジュに少しだけ文句を言いたくなりながら鍵を探して行った。
机の引き出しの1段目は便箋や万年筆やインクなど、文房具が入っていた。細々としたものも沢山出てきたものの鍵らしきものはない。
2段目を開けると人から届いた手紙が沢山出てきた。読んで良いものかと思いながらもしかしたら父からのものがあるのではと思い差出人を一つずつ確認して行ったがエリィも知るダンジュの知人の名前が大半で、知らない名前のものが数通入っているだけだった。
ただその知らない名前のものが何となく気になり後で読もうと傍に置いておくことにした。
3段目はほとんど使われていないようで、少し大きめの使っていない紙が入っているだけだった。
「ここは無さそうなので私も引き出し見ますね」
そう言ってイールが広げていた引き出しのうち最下段、父親のものが入っている段から見ていくことにした。
この前一度広げたからきっとないだろうとは思いつつ念のための確認だった。
だからもちろん鍵のようなものは出てこなかった。
引き出しを続けてみようとするとイールが指示してくる。
「本棚やベッドの隅もみてくれないか?」
そう言われた通り本棚の隅々、裏、軽くなった棚を動かして見ていく。
壁に寄せつけられたベッドもその下や寝具との間もみていくがそれらしい物は出てこない。
「ありそうもないですね……そちらは?」
ダンジュの服をひっくり返しているイールに聞く。
「衣類だけだな……鍵みたいな金属が入っていたら分かりそうだけど……なさそうだな」
思わずため息が出る。
ひと段落したところでひっくり返された部屋の中のベッドにエリィは腰掛け顔に巻いていた手巾を外す。
「ダンジュさんじゃないとしたら誰が……?」
イールも手巾を外した後、床に座りこみ腕を組んで考えているが答えが出そうもない。
(そういえば、手紙読もうと思ってたんだった)
エリィはそう思って先ほど机の中から取り出した差出人の名前に覚えがない数通の手紙を手に取った。
「何だそれ?」
「ダンジュさん宛にきていた手紙のようで。私の知らない方が差出人になっているので少し気になって……そこまでこの街以外の方と交友関係が広い方ではなかったので」
手に取った手紙は3通だ。
2通の手紙の内容は、遠い親類だろう。
日付も書いてあり数年ごとに送ってきた何てことのない様子伺いのような内容だった。
3通目のものも同じかと思いエリィが手に取ると、それまでの2通と違いそれはエメラルドグリーンのインクが使われ綺麗な字で書かれていた。
書き出しは大したことのない季節の挨拶のようだった。
けれど読み進んでいくとエリィの鼓動は強くなって行った。
「これ……」
差出人の名前は知らなかったが書いてある内容がどう言う意味か分からないにも関わらず恐ろしいほどの、恐怖にも似た違和感を感じたのだ。
「どうした?」
「これ……どういう意味でしょうか……?」
イールに手紙を渡すと彼の眉間にも皺が寄る。
「『彼のことは残念だが、依頼の件は承知した。売り払ったものの代金と引き換えに、ということも承知だ』……って……不穏だな」
「差出人のお名前は私が知らない方なのですが……」
そうエリィが言うとイールの顔に苦渋の表情が浮かぶ。
「……まさか、だな」
その表情と言葉にエリィの背中に冷たい嫌なものがつたった。
「お知り合い……ですか?」
「……隣町の商人だ。彼は商売をやる時と本名が違う。ここに書いてあるのは本名だ」
エリィの頭は何かに掻き乱されていた。
ダンジュの日記に商人が会いに来たとは書いてあった。
けれど手紙をやりとりして何かを依頼するような仲だったなんてことは知らなかった。
「何が……」
消え入りそうなエリィの声が埃っぽい部屋に零れ落ちる。
「エリィ、大丈夫……じゃなさそうだな。少し休もう」
そうイールにダンジュの部屋からリビングに連れて行かれいつもの椅子に座らされた。
エリィにとって隣町の商人は父を殺した人間の関係者だ。
なんならもしかしたら商人自身が父親を、とすら思っていたのだ。
そんな人間に育ての親であるダンジュが何を頼むことがあるのか。
考えても考えても何も浮かんでこない。
コトンと目の前に見慣れたカップが置かれる。
ふっと顔を上げるとイールがエリィを見ていた。
「落ち着け、と言っても無理だろうけど」
「……日記に商人が会いにきたって書いてあったのはそもそも知り合いだったってことでしょうか……ダンジュさんが何かを依頼するようなことがあるなんて……」
「エリィ、良いから一口飲め」
そうイールに制され、仕方がなく目の前に置かれたお茶をそっと口に運んだ。
味がわからなかった。
いつもと同じ飲み物なはずなのに分からなかった。
けれどほんの少しだけ頭の中の困惑した感覚が撫でられた感覚がし、エリィはぼんやりとそのカップの中の紅いお茶を見つめた。
「……ダンジュさんは、父と親交があったと言っていました。それに彼の日記からもきっとそんなことはないと思います。だけど……まさかダンジュさんが父のこと……」
「それは無いだろう。そうだったとしたらエリィを育て上げるなんてことするか?」
せめて日付が書いてあれば依頼したのが父親の死後なのかどうかがわかる。
けれどもその手紙には書いていなかった。
消印もない。それが余計にエリィを不安にさせる。
『彼のことは残念だが』という言葉が、死んだことを言っているのか、これから死んでしまうということを言っているのか、はっきりもしない。
「……私は何を信じたら良いんでしょうか」
エリィの口から思わず言葉が滑り出る。
「ここに書いてある内容がなんなのかは分からない。けどダンジュさんと過ごしてきたっていう事実だけが信じられるものじゃないか?」
向かいの椅子に座らず、エリィの横にしゃがんでイールが言う。
それはそうだ、とエリィは思うものの今までの確固としたものが揺らいでいる気がしていた。
ダンジュの日記に商人が会いにきたという文字を見た時は先方が一方的に来たのだと思い込んでいた。
けれどもそれは間違っていて確実にダンジュと商人は繋がっていた。
父親を殺した人間と関わりのある、その商人とだ。
足元から何かが崩れ落ちていく、そんな感覚がエリィを襲う。
「エリィ、やっぱり一度隣町の商人のところに行ってくる。この手紙の内容も確認してくる。『青の回廊』の鍵はその後だ」
イールの言葉にエリィの眉間に皺が入る。
「でも……なら私も」
「いや、エリィは残れ。レンさんと、ダンジュさん、それに商人の間に何があったかはわからない。けれどレンさんの娘のエリィが行くことが得策とは思わない。それに……エリィには仕事があるだろ?」
俯いていた顔をイールに向けると彼が悪戯っぽく笑って言う。
「稼ぎ頭が稼いでくれないと美味い飯も食えないからな」
そうイールが立ち上がりキッチンに向かいがてらエリィの頭にそっと手を乗せる。
「……あなたのための稼ぎなんてひとつもありません」
なんとか言えたその言葉はエリィの涙を隠すための言葉だった。
一人でこの手紙の内容を知ったのならどうなっていたのか、エリィ自身も分からなかった。そんな事にならなくて良かったという安堵の涙を隠す、言葉だった。