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20:支え


鏡の前で髪を整えながら一つ息を吐き呼吸を整える。


(大丈夫) 


そうエリィは自分に言い聞かせていた。


『青の回廊』の扉の前にイールを連れていく日が来たのだ。

行ったところで何も起こらない。

けれどどうしてもその先で起きたことが頭の片隅にチラつく。

真っ青な空間では異物にしか見えなかった父の流した赤い血。

その記憶がエリィの心を乱していた。

ダンジュに連れて行かれた時も行くまでに何度か足が止まってしまった場所だ。

けれど街の中に知らない場所があるのを悔しく思ってなんとかといった思いで辿り着いた記憶がある。



扉をノックする音が聞こえたので外に出るとイールが口を開く。


「じゃあ、よろしくな」


「はい」


そう答え、目的地へと歩いて言った。

その場所へいくには街の大きな通りを少し通る。

人知れず存在する場所なのに、こんな人の目に晒される場所の近くにあるとは何かの悪戯だろう。

そんなことをエリィが思いながら歩いていると隣を歩くイールに声をかけてくる人がいた。


「よぉ、イール!今日も散策か?がんばれよ」


「あぁ、ありがとう。今日こそは何か見つけられること祈っといてくれ」


そう愛想の良い笑顔で商店の店主にイールが答える。

その様子を見てエリィはぽかんとしてしまった。


「お知り合いですか?……というのはおかしいですね。随分と仲良くなられているようで」


「あぁ、昼間に街の散策しながら人に話を聞いてて。この街の人間は良い人が多いな」


「まぁそうかもしれないですけど……」


エリィは顔見知りの人と会ったら会釈くらいしかしない。

相手から話しかけられるなんてことは本当の知り合いくらいじゃないと経験がないのでイールの人懐こさに驚いていた。

彼はその後も数人から声をかけられていた。

何をどうしたらそんなに仲が良くなるのだろうとエリィからしたら疑問に思うしかなかった。


イールが何度か話しかけられていた大きな通りから脇道に入る。

この辺りはまだ人の行き来もある。

けれどその先、小さな階段を登っていき右へと曲がる。

建物の中を通る様な通路を抜けその先の行き止まりかと見紛う壁の脇にある階段を降りていく。

その辺りまで来るともう人の気配は全くなく街の喧騒も聞こえないほどだ。


その先は細い路地や階段、誰も使っていない建物を通り抜け気づけば半地下のような場所へと降りて行った。


「廟の時もすごいと思ったが流石にこれは……」


イールが驚きながら言う。


「流石のあなたでも覚えられないのでは?」


そう聞くとそうだなと笑っていた。


目的地へと続く最後の路地に入る手前、ふとエリィの足が止まる。

まるでその先に崖でもあるかの様にその足はぴたりと止まった。


「どうした?」


「……この路地を曲がったところに扉があります」


エリィが少し俯きながらイールに言う。


「……怖いか?」


その言葉にエリィは、自分が一人では行ける気がしないと言った意味をイールは理解してくれていたのだと言うことに気づいた。


「いえ。行きたいんです。行って確かめたいんですけど……」


足が動かない。

気持ちはその扉に向かいたいはずなのに体が動かない。


「無理するな」


イールがエリィの顔を覗き込んで言う。


「少しだけ時間をください」


そう言ってその場所で何度か呼吸をし整えた。


(大丈夫、扉の前なだけだ)


そう思ってキュッと気持ちを締めて、どこかから借りてきたような足を動かし始めた。


「無理そうなら言ってくれ。すぐ帰ろう」


そうイールが言って彼の手がエリィの背中をそっと支えた。

普段であればそんなこと必要ないと言っただろうか。

けれどもこの時はその手が随分と心強いものに感じていた。



目の前に木でできた扉が姿を現す。

けれどその木の扉はただの扉ではない。

あの廟の祭壇に施されているものと同じような繊細な文様が彫り込まれた扉だ。

両開きの扉のその真ん中には黒い鉄の閂がつけられ、そこには同じく鉄の鎖が絡められ、鍵が付けられていた。


「大丈夫か?」


そうイールが声をかけてくる。


「はい、ここまで来て仕舞えば多分……」


イールはエリィの言葉に微笑んだ後、その扉に手を伸ばした。


「言っていた通り、見た目は開きそうなのに随分重いな」


扉を押したり引いたりを試しながらイールが言う。

鍵のあたりも確かめている様で鎖に触る音がジャラリと聞こえる。


「パドロックか。鍵がどこか別の場所にあるってことか」


イールが扉を確認している様子をエリィはそばで見ていた。

そしてその扉の美しい文様をぼんやりと眺めていた。


(あの時私はどうやって中に入ったんだろう)


エリィは父に連れられてきた時の記憶を探っていた。

間違いなく中に入ったことがある。

父はこの扉を開けて、エリィを連れてこの中にあるあの青い空間に行った。


砂の様に滑り落ちて行ってしまっている記憶を辿っていこうとすると幻のような父の後ろ姿がエリィの目の前に浮かんでくる。

横にはまだ幼い自分がいる様に見えた。

幼い自分は扉の文様を珍しがって指でその線をなぞっていた。


その幼い自分に誘われる様にエリィは扉に手を伸ばしそっと触れた。

滑らかに彫られた木の感覚はこの乾燥地帯では随分と贅沢な触感だ。

所々浅い砂を被っている溝がありそっと撫で遊ぶようにその砂を落としていく。


まるで6歳のエリィの感情が入り込んでくる様な感覚だった。

そんなことをして遊んでいると横からいつも父が楽しいか?と笑って聞いてくれた時の、その懐かしい感覚だ。



「エリィ?」


その声にハッとして横を見るとイールが不思議そうな顔をしてエリィを見ていた。


「大丈夫か?」

柔らかに微笑んでイールが聞いてくる。

エリィは二、三度瞬きをした後に答えた。


「……大丈夫です。昔どうやって開けたんだろうと思って」


「なぁエリィ、この鍵、エリィが中に入った時ついていたか?」


どういうことだと思い首を傾げると彼はパドロックに触れて話し出した。


「扉の鉄の腐食と、鍵の部分の腐食が釣り合ってない。素材が違うからかもしれないが鍵の方が新しい様に見えるんだ」


その言葉にエリィは鍵の付いている部分に目を向けた。

言われてみればまだそこまで腐食が進んでいない。よくある古いパドロックならば腐食で黒ずんでいるはずだが目の前のそれはそこまで黒ずんでいない。


「鍵がついていたかは覚えていないです……けどたしかに新しそうですね」


「後から誰かがつけたっていう可能性もあるかもな」


イールが腕を組んで考えている。


「でももし誰かがつけたのなら鍵はその人が持っているかもしれないということになりますよね?この場所を知っているのは私と、ダンジュさんだけなはずです」


「エリィ、帰ったらダンジュさんの部屋、少し荒らしても良いか?」


エリィもそう思ったのだからイールもそう思って当たり前だろう。

もし鍵が後からつけられたのならそれをつけたのはダンジュの可能性が高い。

彼の部屋を探せばもしかしたら出てくるかも知れないと考えたのだ。


「ええ。私も探します」


そう言うとイールは何故だか少しだけ安堵したような表情をエリィに向けた。


「何か?」


「いや、表情が戻ったなと」


言われてみればここに来た時の肩が強ばる感覚はなくなっていた。

けれどそれをイールに指摘されることが何とも居心地が悪く薄い目をしてエリィは口をつぐんだ。


その顔を見てイールはいつもの通り笑った後、宥める様にエリィの頭に左手を乗せた。


「連れてきてくれてありがとう。帰るか」


「だからあなたの家じゃないので」


すっと頭から離れたイールの手を何故だか少しだけ名残惜しく感じながら、エリィは当たり前のように口にする言葉を今日も口にした。


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