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16:時期外れの砂の風


とりあえず落ち着こうと思いながらお茶を淹れた。

お茶を淹れるのはエリィの心を整える儀式のようなものだ。


(何から話そうか)


そうイールと向かい合って座り考える。


これまでエリィは自分の知っていること全てを話してきたわけではない。

教える必要もないと思ってきていたがここまで彼が知ったとなると何も言わないことの方が危険なのでは、そう思い始めていた。



「……私の知っていることを話します。けど勝手に行動しないことだけは約束してください」


「わかった」


その言葉を確認し、自室に仕舞い込んでいた地図を手に取りリビングのテーブルに広げる。

ちょうどテーブルと同じくらいの大きさの地図だ。

イールはその広げられた地図を覗き込むように椅子から立ち上がった。


「これは商売道具なので…見たことは全て他言無用で」


「あぁ……にしても凄いなこれ。ダンジュさんと言う方が?」


「大元は。けど仕上げたのは私です。彼は頭の中に地図が書ける方でしたが私はそう言うタイプではないので」


「エリィが書いたのか……」


イールの顔が驚きに染まる。


「で、あなたが言っていた通り廟の場所はこの印の場所」


そう言って赤いインクで丸が打たれた5箇所を指でなぞっていく。


「そして……」


はぁっと思わずため息が出る。


「この青い印があなたの探している『青の回廊』と言われる場所です」


「やっぱりか……おおよそ合ってたな」


「ええ。けどお連れするわけにはいきません」


「なぜ?」


「ダンジュさんから『青の回廊』には人を近づけるな、と。それに……」


「それに?」


「……この場所は父が殺された場所です。そんな場所に人を連れて行くのは流石に私も気が引けます」


その言葉にイールは口を閉ざした。

ただ近づくなと言うよりもこちらの方がイールには効果はあるのかもしれない。



「それから……私も父が殺されて以来ここには行ったことがありません。その扉が閉ざされているので。開け方は教えてもらってないし、どうやって開けるのかもわからない」



「……中には何が?」


「私の記憶の中では綺麗な……青を基調とした空間があった、それ以外は何も知りません。ただダンジュさんからはあの場所を守るように、とは言われています。正直私が知っているのはその場所だけ。あなたとあまり知っていることの程度はもう変わりがないかと」



そう伝えるとイールは椅子に座り顎に手を当て何かを考え始めた。

エリィも椅子にかけ彼の言葉を待った。

二人とも無言になると外の風の音がよく聞こえる。

今日は季節の良い時期にしては珍しく荒れそうな風だ。



「調べることは多そうだな……まず何故近づくなと言われていたのか」


「ええ」


「中に何があるのか。これは近づくなと言われた理由につながるかもしれない」


「はい」


「それから扉の開け方」


「私もその三つかと……」


「いや、もう一つ……エリィには酷なことになるかもしれないが……レンさんが何故殺されたのか、だ」


「何かを知ったから、と?」


「まぁそうだろうな。けどそれならエリィやダンジュさんは何故、ということになる」


以前エリィが考えていたことをそのままイールが口にする。


「私もそれは不思議に思っていました」


「レンさんはダンジュさんとエリィが知らない何かを知ったかもしれない。ダンジュさんは中に何があるか知ってる風だったか?」



その言葉にエリィは首を横に振る。


「わかりません。教えてくれなかっただけかもしれませんし、知らなかったのかもしれない」


「なるほどな……。エリィ、次仕事が入っていないのはいつだ?」


「3日後はまだ何も」


「そうしたらその日に残りの……3つの廟に連れて行ってくれないか?」


もうここまで話してしまったのだ。頷くしかない。


「わかりました」


「それにしても……エリィはこんなわけのわからないことを一人で任されてしまったんだな」


イールが椅子の背もたれに体を預けながら穏やかに笑う。


その言葉にテーブルの隅に置いていたカップを手に取り両手で包み込みぼんやりと中に入ったお茶を眺める。紅い色のそれはいつもより少しだけ深い色に見えた。濃く淹れすぎたか。


「俺も協力する。言われた通り勝手に行動はしない。それは約束する。……俺が約束するって言ってるから信じられるだろう?」


そういたずらっぽく笑う声に誘われるようにエリィは彼の顔を見た。


「……馬鹿みたいに守りますもんね」


そう言うと彼が笑うので、エリィも釣られて小さく笑ってしまった。


「考えすぎても良いことはないだろ。今日は考えるのはやめよう」


何故だかエリィは肩から少しだけ力が抜けた気がした。

自分だけしか知らないことでなくなったからだろうか、それともイールに対し不要なことを言わないようにと言う小さな緊張感がなくなったからだろうか。

協力すると言われたことだろうか。


理由ははっきりわからなかったが、今日は考えるのをやめると言うのならと思いキッチンを漁りに行った。ちょうどお茶の時間だ。

久しく食べていなかったサレナの実がある。

ダンジュがいなくなってから食べることがなかった。けれど干した果物だ。保存が効き置いておけるもので良かったと思いながら食べやすい大きさに切っていった。


リビングのテーブルの方を向き直るとイールは地図を持ちやすいサイズに折り畳み眺めている様子だ。


「盗まないでくださいよ、商売道具なので」


「そんなことしない。感心してるんだ、こんな地図書ける人間がいるのかって」


「褒めていただけるとは」


木のボウルに入ったサレナの実を一つつまみ口に入れる。甘酸っぱくて美味しい。

ボウルをイールのほうにスッと近づけてやると彼は気づいたのか地図から目を離しそれを見た。


「なんだこれは?」


「サレナの実です。干した果物で、甘酸っぱくて美味しいですよ。保存が効くので砂の風の時期はよく食べるんです」


へぇ、と言いながらイールが一つ食べる。


「甘いものはあまり食べないけれど、これは美味いな」


「ダンジュさんが好きだったんですよ、だから切らさず家においてあるんです。久しぶりに食べましたけど」


そう言うとイールは何かを思い出した顔をした。


「そういえば、あれは俺が読んではいけないかと思って手をつけてないんだけど、彼の部屋の机の隅に、彼の日記のようなものが立てかけてあった。エリィなら、まぁ読んでも許してもらえるんじゃないか?」


「そうですか。教えてくださりありがとうございます」


ダンジュが日記をつけるというイメージは全くなかったが確かにイールが読むのは何か違う気がするのでそう答えておいた。


玄関の扉を風が鳴らしている。

外の風が強くなってきているようだ。


「これじゃ今日はもう外に出れそうもないなぁ」


エリィの口から独り言が滑り出る。


「この時期でもあるんだな」

イールが窓の外を伺いながら聞いてくる。


「たまにありますけど珍しいです。だいたいその日で終わってしまいますけどね」


そうエリィも窓の外を伺って少しばかりぼんやり見ていた。



「この地図のこれはなんだ?」


イールの声になんだろうと思いそれを見るとエリィが書いた地図のうち、水色で書いた点線を指差して聞いてくる。


「あぁそれは地下に古い水路がある印です。『青の回廊』と何か関係あるかと思って書いてはいたんですけどあんまり関係なさそうで」


「こんな乾燥地帯でも水路があるんだな。こっちは?」


「それは昔の城の跡です。割と見たいと言う方が多いんです」


「本当、すごいな……」


そう言いながらイールは地図をじっと見ている。

エリィからしたらその地図よりもイールの道の覚えの良さの方がすごいとは思ったが夢中になっている雰囲気の彼に話しかけるのもと思い何も言わずにサレナの実をまたひとつ頬張った。


その後はお互いあまり話もせずエリィは読みかけの本を、イールも地図や本を読んだりして過ごしていた。


長居されるのも面倒だとは思ったが外の天気の様子を見て流石にこの中出て行けと言うのも悪いかと思いエリィは黙っていた。


気づけば外は真っ暗だった。

天気が悪く暗いだけだと思っていたが夜といっても良い時間帯になっていた。

お互い自分のやっていることに夢中になっていたのだろう。

時間の感覚がなくなっていた。

けれど不思議なもので昼におやつも食べたのに、お腹だけはちゃんと空いてくるのだ。


(夕食どうしようかな……)


食べることばかり考えている気がするが仕方がない。

そう思ってキッチンに向かった。

食材はある程度買い置きがあるから何か作ろうか、そう思っているとイールもキッチンにやってきた。


「何か?」


「夕食作るのか?」


「ええ……どうされます?と聞きたいところですけどこんな天気の中外に追い出すほど酷い人間ではないので……食べますよね?」


「あぁ」


「あ、でもそれならこの前の、作り方知りたいので作ってください」


悔しいがもう一度食べたいと内心思っていたイールの作る煮込み料理の作り方を知る良いタイミングだ。

それに作らせればエリィの手間も減る。そんな魂胆もあった。


「お気に召したようで」


「……やっぱりいいです、何か作ります」


得意になって言うイールの言葉に少しイラッとして答えると、イールは笑って俺が作ると言って食材をいくつか漁りだした。


彼の指示通りエリィは野菜の皮を剥いたり、切り分けたりをしながらその作り方を教えてもらっていた。

どうやらイールの生まれ育った街でよく食べるものらしく、この街の煮込み料理よりもスパイスは抑えめにするがそのかわり野菜の皮やヘタなどいつもなら捨ててしまうようなものでスープを作りそこに食材を入れて煮込むものだった。

初めて知る調理法にふんふんとエリィは何度も頷いていた。


出来上がったものは前食べた時と同じように美味しかった。少しだけ量を多めに作ったので明日もまだ食べられそうだ。


片付けもすっかり終えた頃、イールはエリィが貸している部屋に戻ると言った。

けれど外の様子は砂の風の時期の嵐ほどではないものの、荒れていた。

彼は今日外套を羽織っていない。それもそうだ。エリィもここまでの天気になるとは思っていなかったくらいだ。


以前イールに渡した手巾のようなものはあったかとエリィは考えを巡らせていた。

以前渡したものは返されそうになったがいらないと言ってイールに持たせたままだ。


「すぐそこだから大丈夫だろ?」


「いえ、甘く見ない方が良いかと。少し待っててください」


そういえばと思い出してダンジュの部屋に入り目当てのものをあさった。


(あ、やっぱりあった)


自分は使うことがない、それにダンジュも使っていなかった。

むしろ何故処分されていなかったのか不思議なものだ。

そうエリィが手に取ったのは亜麻色の生地、両端に少しだけ織りで模様の入った軽めの首巻きだった。目は細かい。砂避けになるだろう。

古いが状態も悪くない。


「これ、使ってください」


「ダンジュさんのものじゃないのか?」


「いえ、父のものです。処分すれば良いのに勿体無いって使いもしないのにダンジュさんが仕舞い込んでいたので」


「レンさんの……?」


「ええ。男物なので私は使いませんし、いずれ処分するものですから返してくださらなくても結構です」


ダンジュがいなくなった今、いつかは処分するものだ。けれど処分するくらいなら誰かが使えば良い、その程度にしかエリィは考えていなかった。


「エリィ、これ本当にいいのか?」


「だから私はいりませんし、使わないなら処分するだけのものです」


エリィの渡したものをイールはじっと見つめていた。

その様子にエリィは気に入らないのかと思い首を傾げる。


「他のものが良ければ探してきますけど?」


「いや、これがいい」


そうイールが何故か切なそうに笑った。

その様子にまたもエリィは首を傾げたが、イールがそれを身につけ玄関に向かったので後をついて行った。


玄関の前でイールが立ち止まりエリィの方を向き口を開く。


「エリィ、ありがとう。おやすみ」


そう言ってまたエリィの頭に左手を乗せた。


「……はい」


思わず首を短くして薄い目をして答えてしまったが、いつものイールの笑い声は聞こえず彼はそのまま砂の風の中に出て行った。


(なんなんだ、もう)


そう思いながらエリィは両手で髪を整えた。


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