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13:父のせい



「昨日はありがとうございました」


いつものように朝食をとりに自宅に来たイールに言う。


「感謝されるようなことはしてない」


イールは当たり前のように椅子に座る。


「そうだとしても……助かりました」


頭を下げた後、カップに注いだお茶を二つテーブルへと移動させ椅子に座った。

今日の朝食はパンとスープの簡単なものだ。いつもあまり変わらないが。


「ま、昨日も言ったけど無事で良かった」


その言葉にどんな顔をすれば良いか分からず思わずイールから目を逸らしてしパンをちぎり口に運んだ。


「今日も仕事か?」


「はい。午後からですが」

廟の手入れが半日で終わらなかった時のためにと今日の午前も明けておいたのだ。


「何かあったら声かけてくれていいからな」


そうは言われてもこの街だ。どこで何をしてるのかなんてお互い知らない。曖昧に頷いて朝食を続けた。


「エリィ、ひとつ頼みがあるんだが」


「またですか……?」


いつもなら即刻お断り、嫌味や文句の一つでも言えるものの昨日の件のせいであまり強く言えない。

悔しいが今日は耳を傾けようとエリィは思った。


「もう一箇所だけで良い。廟に案内してくれないか?」


昨日のことがあるのでそれを盾にされた気がしないでもない。この男はいろんなものを盾にしてくる。

けれども助けてもらったのは事実だ。

良いとも嫌とも言えなく思わず眉間に皺が寄る。


「……どうしてこんな日に頼むんですか……」


ため息混じりに口から漏れ出る。


「ん?あぁ、俺はエリィに貸しを作ったとかそういうつもりで言ってるわけじゃないからな」


そうは言われるもののエリィにとっては借りのようなものだ。


「本当、もう……お父さんのせいだ」


そう呟くように言うとイールは笑って答える。


「レンさんのせいか、そうだな。それなら娘のエリィが責任取るのも一理あるな」


お前が言うな、と言いたいところだが今日は分が悪い。


「……お代は宿泊費と合わせていただきますからね」


不機嫌な声で答えるとイールは嬉しそうにもちろんと頷いた。


いつになるのかわからない身入りはもう期待しないほうが良いかもしれない。

これは慈善活動なのだとそろそろエリィは自分に言い聞かせ始めていた。



***


以前イールを連れて行った廟は街の北東にあるものだ。

今日連れていくのは街の北西にある廟だ。

昨日手入れをしたばかりなのに人を入れるのは少し気が引けたが仕方がない。

諦めと共にイールを連れてその場所へ向かった。


「本当にわかりづらいところにあるな」

そう心なしか楽しそうにイールが言う。


街の北西にあるそれは北東のものとあまり中は変わらない。

入り口から入ると一間あり、奥に祭壇のようなものがある部屋がもう一つ、と言った作りだ。


「あっちの廟と大して変わらないな」


そうイールが中の様子を確認しながら言う。


「建物の向いている方向だけ違うか……」


イールが独り言のように言いながら手帳に何かを書いている様子をエリィはぼんやりと見ていた。


(左利きだったな……だからか)


そうイールが万年筆を握る左手を見て思い出していた。

昨日頭に乗せられた掌が何故父親のそれと似ていると感じたのか、それはきっと父親も左利きでよくエリィを撫でていたのが利き手である左手だったからだ。

昨日イールが乗せた掌も左手だった。


「何か俺の手元が気になるのか?書いている中身か?」


その言葉にハッとした。

気づけばイールの手元をじっと見てしまっていた。


「いえ、よく書くなぁと思って」


慌てて取り繕ったような言葉で返したものの内心は冷や冷やした。

あなたの手を見ていましたなんて理由が何であれ口が裂けても言いたくはない。


イールはさして気にする様子もなく廟の中を確認しては何かを書き留めているようだった。


「……エリィ他に廟は何個ある?」



昨日の件や今さっきの手元をじっと見てしまっていたことでなんだか今日は分が悪い。


面倒な客だから言いたくないという個人的な思いはあるものの、廟に人を近づかせるなとはダンジュに言われていない。


イールは廟の場所を教えなくともその場所を探している。

探して、『青の回廊』に辿り着くのかどうかはわからない。けれども巡り着くようであればそれは止めなければならない。

そちらには人を近づけるなと言われているのだから。


(もし彼が見つけその場所に勝手に行くことがあるのならそちらの方が問題なのでは?)


イールの質問に答えずに黙ったままエリィは考えを巡らせていた。

きっと見つけられないだろうとは思っていたものの、彼の道を覚える能力の高さや、しつこいくらいの『青の回廊』への思いを考えるともしかしたら、とエリィは思い始めていた。


面倒だ、と遠ざけているよりも自分の監視下に置いた方が良いかもしれない。

そうエリィは行き着いた。

もちろん全てを教える気は更々ないけれど。



「……お伝えする代わりにお願いが」


「なんだ?」


「万が一何かを知った時は一人で行動を起こさないでください。それだけは約束してください」


その言葉に少しだけイールは首を傾げたが、承諾してくれた。


「ここと、以前お連れした場所、あと3つです。全部で5つ」


「場所は?」


「流れで聞こうなんて虫が良すぎます」


「まぁそれもそうだな。けど、ひとつ聞かせてくれ」


「あなたから何度『ひとつ』と言われたかもう数えきれなくなってきていますが?」


そう嫌味を言うとまたイールはいつものように笑う。


「エリィは何の手掛かりを探してる?」


「何のことですか?」


「親代わりの方の本を読んでるのは何か手掛かりを、と。何を探してるんだ?」


やはり面倒な人だと思う。

エリィが口を滑らした時は何も聞かずにこう言うタイミングで聞いてくる。


「……あなたには関係のないことです」


「この廟や『青の回廊』のことなら協力するぞ?」


その言葉にエリィは無表情にイールを見た。


正直なところダンジュの本を全て読み切れるまでどのくらいの時間がかかるかわからない。

ここから更に仕事が忙しくなる時期だ。どれくらいそのための時間が取れるのか。

それに読んだところでわかることがあるかすら分からない。

監視下に置きつつ、暇そうな目の前の彼を使うのもありかもしれない。そもそも穀潰しのような人間だ。エリィのために働くことくらいはしてもらっても良いのかもしれない。

だけど彼の力を借りるのは何か違う気もする。何故なら彼は旅人だ。この街に住みそれらを護るダンジュとエリィとは違う。


それにしても、とエリィは思い聞かれたこととは別の質問を仕返した。



「……あなたはどうしてそこまで固執するんですか?父が夢を見させたのでしょうけれど何故そんなにも?」


「この前はちゃんと言ってなかったかもしれないが、約束なんだよ。レンさんと」


「約束?」


「旅に出れるくらい大人になったらこの街に来てこの街の秘密を探れって。まぁ人には笑われるだろうけどな、そんな約束まだ守ってるのかって」


イールが笑って続ける。


「これの代わりの約束だ」


そう言ってあの万年筆を見せてくる。


「あの頃俺はまだまともに字の読み書きなんてできなかった。必要もないと思っていた。けど彼が書くその文字を見て初めてその中身が何なのか知りたくなった。だからレンさんが俺の街にいる間、文字を教えてもらってたんだ。で、最後にこれをもらった。その代わりの約束だ」


キュッと力の入った瞳にイールがどれほどその約束を守ろうとしているのか嫌でも知らされると同時に、イールの話す父を父親らしい、そうエリィは思った。

エリィが何か欲しいと言うと代わりに父はエリィでもできるような彼の望むことをよくさせていた。

記憶の欠片が少しだけエリィの頭の中に戻ってくるようだった。


「読み書きができるようになって俺の世界は広がった。だからレンさんとの約束は守りたい。それだけだ」


イールの言うことは何ら関係のない人間から聞いたら少年の心を忘れない夢追う人の様に聞こえるだろう。


けれどエリィはこう思う。

馬鹿だ。本当に馬鹿だ、と。

そんな約束、しかももう死んでしまった人との約束だ。

守ったところで何になるのかもわからない約束だ。

それに相手は旅人だ。

父がイールのことを覚えていたなんて保証もない。その場で思いついた戯言だったのかもしれない。


それなのに健気にそれを守る目の前の彼の馬鹿馬鹿しさにエリィは呆れてしまう。

鼻で笑ってあげた方が良いのかとすら思う。



けれど同時に、面白い、そう思ってしまった。


父がどこの誰かもわからなかっただろう目の前のこの人にした約束が、巡りめぐってエリィに大迷惑をかけていることも、

イールがこんなにもそんな約束を守っていることも、

自分がイールに対して慈善活動のように部屋を貸して更にここに連れてきていることも

全部、馬鹿馬鹿しくて面白くって笑えてくる。


鼻で笑った方が良いかと思ったのに、思わず呆れた笑顔が顔に浮かぶ。


「何かもう、ほんと色々全部お父さんのせいだ。今度お墓に向かって1日中嫌味でも言わないと気が済まないかもな」


独り言が思わず口から滑り出るとイールは微笑みながら首を傾げた。


「……イールさん、ちょっと早いですけどお昼食べに行きません?美味しいところあるんで」


そう口角を上げて言うとイールが素っ頓狂な顔をしてエリィを見る。


「何か?」


「急に愛想だして名前呼んで何があるのかって」


「失礼ですね」


エリィが顔に浮かんでいた笑みを消し言うとイールは笑って廟の出口に向かった。


「『さん』はいらないけどな」


そう言いながら出口の近くにいたエリィの頭に左手を軽く乗せてから通り過ぎた。


(何か……イラッとする)


そう思いながら彼の背中を睨みつけながら後をついて行った。


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