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01:案内人


砂っぽい風が吹き荒れる。

この季節になるといつもそうだ。


外に出る時は砂よけの外套が必要だがエリィのそれは随分と使い古しているため元々の色よりも煤けてきている。

次に外套を新調するならば細かな砂がついても目立たない亜麻色の外套にしよう、そう思いながら砂まみれの濃紺の外套を羽織ったエリィは迷路のように入り組んだ街の道を歩いていった。


「いらっしゃい。あぁ、エリィか」


扉を開けると馴染みのこの店の店主が声をかけてくる。

入る前に幾分砂は落としたもののまだ少しだけ纏わりついたものが歩くたびに床へと落ちる。

けれどもそれは当たり前のことだから店主は何も言わない。


「こんにちは。今日は何かあるかなと思いまして」


「今日も大したもんはないよ。この砂だからね」


そう言って初老の女性はエリィに品を選ばせる。

エリィの目の前にあるのは乾燥地帯でもとれる僅かな野菜、干した果物、そして豆や木の実などの食材だ。


「やっぱりそうですよね。早くこの季節が終われば良いんだけど」


「商人たちも割りが合わないからね。それにもし来てもここに来るまでで砂まみれで食べれたもんじゃないよ」


仕方がないですね、そう言ってエリィはいつも買っている野菜と干した果物をいくつか購入した。


外に出るとまだ風は砂っぽく視界が微かに亜麻色に霞んでいる。

外套のフードを深めに被り口元まである高さの襟元で口を隠しながら家に戻る途中、数人の住民とすれ違った。

この街はそう大きくもなく、お互い何となく顔を見たことがあるので軽く会釈をして通り過ぎた。


丘のような斜面に作られたこの街のほとんどの建物は日干しレンガで作られており一見するとどれもおなじような建物に見えてしまう。

さらにその建物の間を縫う様にめぐらされた小さな路地と斜面という立地による数多ある階段のせいで住民でもたまに迷子になる人間が出るくらい、この街の道は入り組んでいる。


けれどもエリィはそんな風にはならない。

もちろん幼い頃は何度かなったが、この街に来る旅人たちの案内人をしているエリィは今はもうほとんどの道という道が頭の中に入っているのだ。



この街、ターランは内陸にある街だ。

さして有名なものがあるわけでもない街だが旅人は定期的にやってくる。

ターランの手前にある街と、ターランを越えた先にある大きなオアシスを中心に作られた街へと向かう人々の中継地点となっているからだ。


「ただいま、今日もやっぱりいまいちでした」


家の中に入り、外套を脱ぎながらエリィが言う。


「だから言ったじゃないか。行っても無駄骨になるぞって」


そう答えたのは腰の曲がった老齢の男性だ。


「でもどっちにしろダンジュさんの好きなサレナの実が無くなってたから」


そうエリィはダンジュに笑いかけながら持っていた袋の中から赤く平たい干された果物を取り出し見せた。大きさはエリィの掌ほどある。


「エリィは本当に気が効くねぇ」


ダンジュが言う。

感心している、というよりもやれやれと言う感じだ。


「お前もこんな老ぼれなんかと暮らしてないで早く良い相手でもみつけてくれりゃわしも安心なんだがねぇ」


「またそんなこと言って。私とダンジュさんは家族のようなものでしょう」


「どうみても家族じゃないだろう。お前の髪は黄金色だがわしのは黒だった。今は白だがな。瞳の色だって違う」


「そんなこと、小さなことじゃないですか」


エリィがそう言うとダンジュは敵わないなと言う代わりにテーブルを囲む二つの椅子のひとつに座った。


「この時期は本当暇ね」


エリィがサレナの実を取り出し食べやすいように小刀で切り分けながら言う。


砂の風が吹く季節は旅人もほとんど来ない。わざわざこんな時期にここを通ろうなんて思うのは物好きか訳ありだ。


「いそがしいときは猫の手も借りたいって思うくらいなのに」


独り言のようにエリィが言う。


「エリィは仕事ばかりしすぎだ。もう少し別のことに興味を持ったらどうだ」


「私はこの仕事が趣味みたいなものなんだから良いじゃないですか。それにこの仕事を教えてくれたのは他でもないダンジュさんですよ?」


「エリィが勝手について回ってきただけじゃないか。あんな小さい時から」


その言葉にエリィの口元には微かな笑みが浮かんだ。

切り分けたサレナの実を小さな木のボウルに入れテーブルの上に置くと、ダンジュは何も言わずに一つ手に取り口に運んだ。


二つの温かい飲み物と共にエリィも彼とテーブルを挟んで向かい合わせになった椅子に座りその実をひとつ手に取った。

甘酸っぱい干した果実はおやつにはちょうど良い。もうひとつ、とエリィが手を伸ばした時だ。


コンコンコンコンと、玄関の扉を叩く音が聞こえた。


「なんだこんな時に」

そうダンジュが面倒そうに言う。


「私出ますよ」

そう言ってエリィは玄関に駆け寄り扉を開けた。


「あら、ヘンスさん。どうされたんですか?とりあえず砂がひどいでしょうから中へどうぞ」


「あぁ、助かるよ」


さきほどエリィが外に出た時よりも砂っぽい風がひどくなっているようだった。

ヘンスと呼ばれたその中年の男の外套は随分と砂まみれだ。


「エリィにお客さんだよ。角の宿にいるから来てくれって」


「あら、本当ですか?呼んでくださってありがとうございます」


そう低くはないが落ち着いた声でゆっくりとエリィが答える。


「ヘンスさん、よかったら私の代わりにダンジュさんのお茶飲み相手になってください。ポットにまだ新しい飲み物も入っているので」


そう言ってエリィは濃紺の外套を羽織り外に出た。


(今日の夜は嵐かな)


風向きが先ほど外出した時と変わっている。

風向きが何度か変わる日はだいたい嵐が来る。早めに客の元へ行った方が良いかと思いエリィは入り組んだ道を迷いなく進み、街に数軒あるうちの一つの宿に向かった。


「こんにちは、お客様がいらしてると聞きまして」


「あぁ、エリィ。そう、2階の右奥の部屋にいるから行ってやってくれ。男性三人だ」


そう宿主に言われた部屋に向かい、その部屋のドアをノックすると中から男性の声が聞こえた。


「案内人です。こちらへ来るようにと」


そうエリィが声をかけるとガチャリとドアが開けられた。


「初めまして。エリィと申します」


そう丁寧にエリィが頭を下げながら言う。


「女か……大丈夫なんだろうな?」


そう扉を開けた長めの髪を束ねた男が言う。


「私以上にこの街の道を知っている方はいないかと」


そう淡々とエリィは答える。


「下で待っててくれ」


扉を開けた男とは違う男の声が部屋の中から聞こえたのでエリィは軽く礼をして言われた通り1階のロビー、と言ってもさほど広くはないその場所に向かった。


しばらくすると三人の男性がやってきた。

一人は先ほど扉を開けた長めの髪の男。

一人は短髪の体格の良い男。

もう一人は焦茶の髪に切長の目をした男だ。


エリィは愛想笑いなどせずに話し出す。


「街のご案内ですよね?けれども折角ですが今日はやめた方が良いかと。この後嵐になると思うので」


「構わない。行きたい場所がある」

そう体格の良い男が睨みつけるようにエリィに言う。


「いえ、悪いことは言いません。ここにくるまでも大変な思いをされたんじゃないですか?明日、少しおさまってからではいけませんか?」


エリィが怯みもせずに答えると、長髪の男が体についた砂を思い出したかのようにズボンについた砂を軽く払う。


「風が読めるのか?」

焦茶の髪の男が聞く。


「読めると言うか、この街の人間なら皆知っていることです」


「金は払う、案内しろ」


そう長髪の男が言うと、さっと焦茶の髪の男が諌めるように左手を軽くあげた。


「わかった。言うことは聞こう。明日、朝からなら大丈夫か?」


「恐らく。もうすぐこの季節も終わりますし、少なくとも今よりはマシかと」

そう宿の扉についた小さな窓から外を伺う。


「じゃあ、朝から頼む。またここに来てくれ」


「わかりました。では今日はこれで」


そう頭を下げ、エリィは宿の外へと出た。

風が強い。つまり砂も強くなっている。

口を袖口で覆い足早に家へと戻って行った。


「面倒な客か?」


ダンジュが聞く。


「思ったよりはまともそうでした。引き下がってくれましたし。流石の私でもこの砂の中じゃ外に出ていたくないですからね」


そう言いながら小さな窓の外を伺う。

この街の家の窓はどれも小さい。


「今日の夜の嵐で終わりかしら?」


「さぁどうだろうな。もうすぐ明けそうだとは思うがねぇ」


ダンジュが答える。


エリィを呼びに来たヘンスは、一杯だけ茶を飲んで帰ったらしい。

使ったカップでも片付けようと思いエリィが洗い場を見るとすでに綺麗に洗われていた。律儀なヘンスがやったのだろう。


今日はもう流石に呼び出されることはないはずだ。

エリィはもう一度自分のために茶を淹れることにした。


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