隠密からの交渉で、対話にこぎつけました
何故か私のほうに向けられた弓から、矢が放たれる。何故だが時間の流れがゆっくりと流れていき、死ぬ時ってこうゆう感じなのかなぁってぼんやりと諦めていると、射線を塞ぐようにしてアダムが前に踊り出てきてしまった。
「ばかっ!」
「うぉっ!」
咄嗟に、腰に抱き着くようにして飛びつく。目の前で庇われて死なれるなんて冗談じゃないわ。ほんと何考えてるのこの人。どうせなら私が打たれてる間に弓奪うとかしなさいよ!
「あれほど動くなと言っただろう!」
「黙って死ねなんて言われて納得できるわけないでしょ!」
「違う! 後ろを見ろ!」
「いてて、後ろ? うぉっ!」
「えっ、何? きゃっ!」
獣人の声に矢が通ったであろう後ろを見てみると、暗闇の中に蠢くようにして黒い塊が矢で地面に縫い付けられて暴れていた。何よあれ、……トカゲ?
「ハイドリザードだ。見たことぐらいあるだろう? もうちょっと離れろ。そうだ」
びったんばったんとしっぽを振り回して暴れる真っ黒いトカゲに、追加で矢を放って止めをさしていく獣人。あれに後ろから狙われていたなんて。トカゲと言っても大きさは大型犬ぐらいある。気づかずに噛まれていたら大惨事になってたわね。
「とりあえず敵意がないのはわかった。動きも素人のそれだしな。血の臭いで追加で寄ってくるかもしれないから、さっさとこっちまでこい」
構えをとくと、手でこっちに来るように示す獣人に、頭を下げながら従うことにした。起き上がって歩き出そうとすると、アダムが足を引きずっている。
「ちょっと、アダムさん大丈夫?」
「うーん、ちょっと捻ったみたい。ちょっと痛むけど大丈夫」
「……、ほら、肩を貸して。もたもたしてたらまたあの黒いトカゲがきちゃうかもしれないし」
「いや、ちょ、悪いって……。うー、すみません……」
明らかにやせ我慢している感じがしたので肩を貸すと、バツが悪そうに顔を反らすアダム。うん、まぁ麻の服一枚だしね。胸が当たるぐらい気にしないのに。意外とうぶなのかしら。視線を外したりはしないものの、獣人の案内で焚火の近くまで誘導してもらい。一息つく。警戒しているのか、少し遠目がちに女性と少女がこちらを見つめていた。
「色々警戒させた挙句、助けてもらってしまってすいません。私はイヴ。彼がアダムって言います」
「右も左もわからなくて、突然お邪魔してすいませんでした」
「はぁ……。こちらも説明不足に矢を射って悪かったな。アダムといったか、足を見せて見ろ」
「えっと、いつつ」
「結構腫れてるじゃない。これで無理しようとしてたの?」
「あはは……」
足場の悪い岩場で捻ったこともあり、意外と腫れがひどい。ここまで歩くのだってそこそこ辛かったはずだ。やせ我慢なんてしてこれだから男の子は……。
「大変! ラトラさん。治癒をしても?」
「あぁ、マリッサ、頼む」
「少し触れますが、すぐに終わるので我慢してくださいね?」
「あっ、はい」
てっきり三人とも獣人だと思っていたのだけど、マリッサと呼ばれた女性はどう見ても普通の人間に見える。ニコリと笑った顔はとても美人だ。アダムも照れて少し顔が赤いし。まぁ、綺麗だし仕方ないよね。そもそもアダムは女性に免疫なさそうだし。手当してくれるみたいだけど、道具はみあたらないけどどうするんだろ。
「いきますよ。治癒……」
「お、おぉぉぉ!」
マリッサさんがアダムの腫れたところに手をあてると、光が包み込み、徐々に腫れがひいていく。すごい、異世界っぽい。魔法がある世界なんだ。思わずアダムと目を合わせ感動が伝わったのかお互いにうんうんと頷いていた。
「どうでしょう?」
「すごい、全然痛くないです!」
「ふふ、すごいだろう。マリッサは治癒Lv2だからな」
「Lv2? スキルレベル的な概念もあるんだ……」
「俺達も使えるのかな!」
キラキラと目を輝かせて手をぐっぱぐっぱするアダム。男の子はこうゆうの好きよねー。ま、私も期待しちゃってるから人の事言えないんだけどね。
「ふふ、お二人は仲がいいのね」
「えっと~。まぁ、同郷ですからね」
「獣人にも忌避感はないようだな?」
「そうですね。どちらかというと好き……かな?」
完全に虎が二足歩行で歩いているレベルの獣人は予想外だったが、こうやって話をしていてもラトラさんに対して別段嫌な思いなどない。警戒をするのは当たり前だし、むしろ助けてくれたし、獣人への評価は絶賛上昇中なぐらいね。そういえば、獣人と人間が一緒にいて、もう一人の子はどうなのかしら?
「その……、娘がいるんだが、何か思うところがあっても、口や態度に出さないでいて欲しい。ここで一晩過ごすことは構わないが、頼む」
「いやいや、むしろ転がり込んだ俺らにそんなこと言わないでくださいよ」
「そうそう、ここまで親切にしてもらってるんですから」
「マリッサ」
「……えぇ、リーオ? おいで?」
ここまでずっと隠れるようにして奥にいた子がおずおずといった感じでやってくる。やっぱり夫婦だったのね。どんな子なのかしら、むしろどっちよりなのか非常に気になるわ。
焚火の明かりに照らされ、姿を見せたリーオは、人間の姿に耳と尻尾を生やした、まさにファンタジーの獣人であった。
か、かわいいー!