出会ったのは獣人で一触即発でした
大分暗くなってしまった川沿いを、焚火と思われる灯りに向かってゆっくりと歩く。もっていないのだから仕方ないのだが、暗闇の中灯りもつけずに隠れるように近づいたら警戒されてしまうかもしれない。だって俺だったそうするし。敵意を向けずに近づくには姿を見せつつだけど、この世界の住人がどうゆう感じなのかわからないのが不安だ。盗賊とかいるんだろうか。思わずチラリとイヴのほうに視線を向けると、足元を見ながら注意深く歩いている。……よし。
「イヴさん。お願いがあるんだけど」
「えっ? なに?」
「相手がどうゆう人物がわからない以上。保険として隠れていて欲しいんだ」
盗賊であった場合や、そもそも友好的でなかった場合、襲われたり、捕まったりした場合など懇切丁寧に説明していく。女性がどうゆう目に合うかは言わずもがなだし、脇目も降らずに逃げるのであれば、一人のほうが早く逃げられる。これまでの感じから彼女は冷静であるし、説明すればわかってくれるものと思っていたが、返ってきた返事は意外なものだった。
「いやよ」
「うんうん、わかってくれると――うぇっ!」
「ちょっ、変な声出さないでよ」
くすくすと屈託のない笑顔で彼女が笑う。話しの流れ的にうんわかった気を付けてね的なものを思っていたのに。思わず舌を噛んだし変な声を出してしまったよ恥ずかしい。俺が心底焦っていると、真剣な表情で彼女が言う。
「もし、悪い方向であって、自分だけ無事であっても、やっていける自信ないもの。背負えるぐらい心が強くなんてない。良い方向であっても、後から出て行ってどうぞよろしくって言っても心象は良くないと思うわ。だから一緒に行く。遠目に見て明らかにやばそうだったらすぐ逃げよう?」
決意を秘めた眼に、俺は何も言えなくなり、黙ってうなずくことしか出来なかった。確かに俺だって一人だったらとっくに心が折れていたかもしれない。何かあったら俺が命がけで……じゃなく、二人で生き残る術を探そうと決意した。
少しづつ距離が近づいてきた。切り立った崖が屋根のようになったところで焚火をしているようだ。位置的に少し高いところにあり、周囲を見渡すには都合がいいのだろう。水かさが増えるとも限らないしね。意図的にしている訳じゃないが、緊張からどうしても気配を殺すように動いてしまっている。これが警戒させることにならなければいいが、さすがにこればかりは仕方がない。しかも――
――隠密がアクティベートされました――
隠密 10
現状有難迷惑な声が頭に響き渡るし、イヴさんも苦笑いしている。しかも近づくにつれてより慎重になり、隠密が12まであがってるし、勘弁してくれ。
人影が視認できるぐらいになり、目を細めて見てみると、三人程いるのがわかる。背丈的に大人が二人に子供が一人……か。家族だろうか。焚火を車座になって囲んでいる様子から、食事中なのかもしれない。しかし、ここで俺は思わず目を見張る。気づいたのか、小声でイヴさんが声をかけてきた。
「ね、ねぇ。気のせいじゃなければ二人には、その……動物の耳が生えてない?」
「あ、あぁ、後ろ姿だからわかりづらいけど、一人は完全にふさふさっぽそうだぞ?」
「獣人かぁ。やっと異世界っぽい部分が出てきたわね。家族かしら? 盗賊ではなさそうだけど」
「あとは友好的ならいいんだけどなぁ」
異世界的な部分に触れ、気が緩んでいたんだろう。獣人イコール耳がいいだろうという単純なことを二人は頭から抜けていたのだ。獣人であろう一人ががばっと振り向き弓を構えて叫んだ。
「誰だ! おかしな動きをしたら射抜く!」
獣人は二人を背に守るように構えると、明らかに敵意剥き出しな声に俺達は肩を竦める。声を出したいのに、向けられた矢と、現実世界では向けられたことのない殺意に心臓が早鐘のように鳴り響き、ぱくぱくと口を開くも声が出ない。
「す、すいません! 私達に敵意はありません! 打たないでください!」
意外なことに両手を上げて敵意がないことを示し、声を張り上げたのはイヴさんだった。うぅ、なんて俺はダサいんだ。追従するように手を上げ、俺も敵意がないことを叫んだ。
「なぜこそこそと近づいてきた!」
口の中がカラカラに乾く。どう説明するかも考えていなかった失態を今更ながら嘆く。緊張から咄嗟に言葉が出ない。
「道も、場所もわからなくて、火を起こす道具も、食糧もないの! 盗賊だったらどうしようと思ったけど他に手段がなくて、勘違いさせてしまったのならごめんなさい」
――イヴが理に触れたことにより、自動的に交渉術がアクティベートされます――
うん、正直頭に響く声を気にしていられる状況じゃない。細かい説明は抜きにして、信じてもらえるかはともかく嘘を言ってはいない。女は度胸とは言うが、イヴさんに惚れてしまいそうだ。っていかんいかん。呆けているわけにはいかない。
「俺に出来る事ならなんでもします。せめて彼女に暖かい寝床を……」
「ちょっと!」
キッと俺をイヴさんが睨みつけるが、俺は獣人の眼をそらさず見続ける。敵意から困惑に変わった獣人の気配に、どれぐらいたったかわからぬ静寂のあと、空気が再度冷えあがったのを感じた。
「絶対にそこから動くなよ!」
その言葉を獣人が放つとほぼ同時に、矢が放たれ、俺はイヴの前に自然と躍り出ていた。