始まりは唐突で無責任でした
神と呼んでいた子供がいなくなり、しんと静まり返った中で気づく。
「結局何もわかんねぇ!」
「……そうね」
イヴと呼ばれたというか名付けられた女性も困った顔で頷いた。黒髪黒目で同じ日本人だとは思うが、長くサラサラとした髪は綺麗だ。控え目にいっても美人といって過言ではないだろう。女性はちょっと苦手ではあるが、状況がわからない以上協力したほうがいいだろう。とりあえず方針の確認だな。
「えっと、イヴさんでいいかな?」
「そっちはアダムさんよね? 変な感じだけど、綺麗さっぱり名前が思い出せないから仕方ないわね」
「神様が出てきたのに、名前を決められただけで何にもわからないも同然ってきっついよなぁ」
「色々含みのある言い方してたしね。これじゃぁ拉致誘拐と変わらないわ」
「まぁ、とりあえず考え込んでも仕方ないしさ。一緒に行動するってことでオーケー?」
「うん、一人より二人のほうがいいでしょ。同郷っぽいしね」
ひとしきり話すが、思ったよりも気軽に話が出来た。一方的にこっちが女なんだから守れとか、こっちを犯罪者みたいな目で見てこないのは助かる。男が誰でも彼でも女性を襲うと思われるのは心外なんだよな。俺達は周囲の探索と、自分たちの持ち物の確認を行った。状況は想像よりもひどいことがわかっただけだったが。
「麻で出来たような服を着ているだけで、お金のようなものすらない……と」
「周囲はちょっと起伏があるものの草原って感じね」
「序盤に最終目標の説明と、100Gぽっちとはいえくれる、某RPG王様のほうが優しい気がしてきた」
「同感」
ふふっとお互いに顔を合わせて笑い合う。絶望的な状況だが、独りぼっちでないということだけは精神的に助かった。話がわかる相手ってのもポイントだな。しかし、食べ物すらないのは事実、飲み水だけでも確保しないと不味い。このままここに居続けるという選択だけはなしだな。川さえ見つかれば集落や町だってあるかもしれない。まずは川を探すことをイヴへと伝える。
「そうね、私も賛成。何一つわからない以上動くしかないわよね。救助を待ってる訳じゃないんだし」
「せめて武器になるものでもあればって感じだけど、何一つ説明を受けてないから魔物的な物がいるかどうかすらわからないんだなぁ」
「ほんと、ひどい神様よねぇ」
愚痴りつつも、適当に検討をつけて歩き出す。お互いが別々の方向を探したほうが効率がいいのではという話もでたが、連絡手段もなく危険が何かもわからない以上離れるのは得策ではないということになった。
「しかし、暑いな」
「えぇ、そんなに気温が高いって訳じゃないけど、遮るものが何もないもんね」
「日が落ち始めてから動けばよかったかな?」
「火を起こす道具すらないし、動けるうちに動いたほうがいいわよきっと」
「だよなぁ」
広大な草原をとぼとぼと二人は歩く。時々野兎や鹿のような生き物がいるが、俺達の気配を感じるとあっという間に逃げてしまう。思えばこんなに歩くのなんて久しぶりかもしれないな。電車や車、バイクと移動手段なんて腐る程あるし、意図的に運動ならともかく、必要に駆られてっていうのは久しぶりかもしれない。湿度もそこまで高い訳ではなく、額にうっすらと程度汗をかきながら歩き続ける。始めこそ話してはいたが、徐々に不安と疲れから口数が少なくなっていった。どれぐらい歩いただろう。少しづつ日が落ち始め、茜色に染まった空は、美しい、美しいんだろうけど、疲れと不安からか、その話題に至ることはなかった。
「ねぇ」
「うん?」
「方向変えたほうがいいかしら?」
「うーん……今日はこのまま行けるところまでいって、そこからってのはどう?」
「そう……ね。ここまできてあと少しだったのにってのはね」
乾いた喉と空腹から、徐々にテンションも下がり始める。少しづつ降りてくる暗闇に、心まで凍り付きそうだ。このままではと思い、話題を変えて振ってみることにした。
「そういえばさ、ステータスとかあるのかな?」
「試してはいないわね」
「いきなり言うのは勇気がいるからさ。言ってみる?」
「あはは、良いわよ。言わないのはなしね?」
「「せーの!」」
「「ステータスオープン!」」
しーんと周囲が静まり返る。少なくとも俺には何も起こっていないことに落胆していると、期待をにじませた目でイヴが俺を見ているので、俺が首を横に振る。どうやら期待していた結果にはならなかったようだ。
「あーあ、ほんとただ世界が違うってだけなのかしら?」
「これじゃぁ世界どころか外国に無一文で連れ去られたのと変わらないよなぁ……」
俺は何の気なしに、その辺の草をむしって、睨みつけるようにして独り言ちる。
「鑑定とかぐらいないのかね。正直ハードを越えてエクストラモードすぎるわ」
――観察眼がアクティベートされました――
観察眼 10
「――は?」
・草原の草(雑草)
???
頭の中に無機質な声が聞こえると、睨みつけていた草に詳細のようなものが浮かび上がっていた。