トイレノ花子サン
鈴木くんみたいにだけは、絶対になりたくなかった。あんな根暗で、無口で、友達もいないような奴は一番嫌いなタイプだ。クラスで流行っているドラマや音楽の話についていける僕は、それなりに友達も多く、みんなが賛成することに賛成し、みんなが嫌悪するものには嫌悪してきた。クラスになじむ事など、誰でも簡単にできるはずなのに、鈴木くんには難しいらしい。あいつさえいなければ、クラスはより健全になるはずだ。ああいう、クラスの足を引っ張るような奴は、無視されても当然だろう。
しかし、最近気づいたことなのだが、僕の友達の雰囲気が以前よりだいぶ変わっていた。
「お前さあ、おもしろくないよな。」
授業前の10分休みに、しゅっとして、爽やかな雰囲気のオサムくんが僕に冷たい口調で話しかけてきた。
「おもしろくないって?」
「いつもしけるんだよなあ。お前。なんか変に俺たちに媚売ってない?」
普通にみんなと過ごしていただけなのに。何か、みんなから嫌われるような事したのだろうか?
「お前、自分がないよな。鈴木と同じで。めんどくさいし。」
「あはは。鈴木の事ね、めんどくさいよね!」
「いや、めんどくさいのはお前なんだけど。」
「あはは。俺?めんどくさい?」
嫌な予感が的中した。どうやら、クラスのみんなと同じように過ごしていただけなのに、なぜか、みんなに媚を売っていると思われているらしいのだ。それの何が悪いのか分からなかった。僕は少し震えながら会話を続けた。
「あはは。なにかおもしろい事すればいいの?」
「は?」
「ウケる事か。あはは。みんなでカラオケ行こうぜ。」
「ん。別の奴といくからいいわ。」
オサムくんに嫌われてしまうと、クラスから取り残されてしまう。
「あはは!遊びに行こうぜ!どこでもいいから!」
「うざいからさ。条件出していい?」
「条件?ウケる。」
「はなまる公園の公衆便所に花子さんがでるって。捕まえてこいよ。」
高校に入学してから、久しぶりに聞いた名前だった。
「トイレの花子さん?あはは!ウケる。なつい。」
「殺して来いよ。花子さん。きっと不審者だぜ。」
「不審者?」
「そいつを捕まえたらお前、ヒーローになれるよ?」
僕以外の周りの友達で噂になっていたらしく、深夜のはなまる公園の公衆便所に、女児の変装をした大人がいるらしい。みんなはそいつのことを「花子さん」と呼んでいた。
放課後、こっそりと科学室からアルコールランプとマッチを盗んだ。相手はあきらかに不審者なので、殺してもいいような気がした。いや、そんな社会不適合者なんて、死んでも誰も悲しまないだろう。
深夜の公衆便所は、やけにおどろおどろしかった。しかし、クラスでみんなと普通に過ごせるためなら、これくらいへっちゃらだった。音を立てずに公衆便所に入ってみると、3つある大便所のうち1つだけドアが閉められていた。
耳を澄ませると、女の声と荒い息が聞こえてきた。
「はあっはあっ。あああ・・・あ・・・あああ」
男性用トイレから女の声がするなんて、絶対におかしい。
隣の洋式便所へ上り、大便所の壁と天井の狭い隙間からアルコールランプのアルコールを垂らしてみる。マッチに火をともし投げ入れようとした時、男性の野太い声が公衆便所に響き渡った。
「くさっ!!!んだこれ!だれや!」
女しかいないと思っていた大便所に、男もいたのだ。
男がバンバンと壁を叩き始めた
「なんの悪ふざけや!殺すぞ!」
ここから急いで立ち去ろうとした拍子に、火のついたマッチ棒を隣の大便所へ落としてしまった。
「ぎゃああああああああ!!あちいいいいいいいいい!」
「鍵をあけて!きゃああああああああああああああああ!」
「あかねええんだよ!」
ばんばんばん!と壁を叩き続ける男。なんてことをしてしまったのだろう。
もろい壁に穴が開いた。覗いてみると、鈴木くんと女児の格好をした僕の母が、燃え盛っていた。
公園の公衆便所で不倫をしていたのである。