第七話 ウォーデン見物・前編
せっかくお隣の領に来たのに観光も出来ていなかった三人は揃ってお出かけです。
久しぶりののんびり回です。
ウォーデンに来てから3週間ほどが経った。今3人揃ってうろついているのは、この町に馬車で来た時にも通った大通りだった。
ウォーデン領主が住む城から真っ直ぐに伸びた道は綺麗に整備され、王都の賑やかさには及ばないものの、馬車や人がひっきりなしに行き交っている。
「まさかずっと学院にこもることになるとは思いませんでしたね」
「だねぇ。今までの休みは何してたんだっけ?」
「授業の準備して、論文書いて、訓練して、あとは学院の魔術書を読み漁って……疲れて寝てたな」
堅っ苦しい学院に来て良かったことがあるとすれば、休みを交代で取る必要がないところか。折角同じ日に休みが取れるのだからと、今日はこうして遊びに出掛けていた。
広々とした大通りの両側にはずらりと店が軒を連ね、まずはここを押さえないことにはウォーデンに来たことにならないと足を運んでみた、のだが……。
「どうやらこの町も、お城に近ければ近いほど『格式高い』お店になっているようですね」
うーむ。外から覗いただけで目が眩むような宝石だとか、何日かかって何人の職人で織っているのか予想も付かない織物だとかを前に、使用人連れの金持ちがにこやかに店員と笑顔を交わし合っている。
「ヤルン、入らないの?」
「アホかっ!」
にやにや顔のキーマに蹴りを入れようとして、あっさり避けられながらも盛大にツッコむ。むむぅ、次は絶対、踵落としを決めるぞー!
「また何か不穏な決意を固めてない?」
「お前なぁ、あんな煌びやかな世界にうっかり迷い込んだら人生オシマイだぜ? 食い物にされてポイッと捨てられればまだ良い方で、下手をすると命がないな」
「んな、大げさな」
「大げさなもんか。貴族や富豪の特権意識くらい知ってるだろ?」
ココの前で貴族の悪口など言いたくはないけれど、彼らに手を出すことはそのあたりのチンピラにケンカを売るのとは訳が違う。
金持ち連中や貴族には護衛や私兵が常に付き従っているのだ。それこそ雇い主が命じれば何だってするだろう。
「まぁ、それぞれの世界で完結してるのが一番かもね」
キーマがさらりと言い、俺も深々と頷く。
通りも半ばを過ぎると、入れそうな店が増えてきた。買い物をする客の姿も俺達と同じくらいの身なりをしていて、途端に肩が軽くなる。大きく息を吸い込めば、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「おっ?」
首を巡らせると、角にある一件の店からその匂いは漂ってくるようだった。
「はいよ、お待ちどうさまっ!」
「くはーっ、旨そう!」
15人も入ればいっぱいになる店内は客と店員とでごった返しており、旨そうな肉やタレの香りが充満している。
そこになんとか体をねじ込み、幾つか適当に注文する。すぐにやってきた長方形の皿に並んだ串焼きを前に、俺は元気よくイタダキマスをした。
「……美味しいです!」
周囲を飛び交う声に負けない声量でココが感想を口にした。普段は上品に食事をする彼女も郷に入ってはなんとやら、パクパクとかぶりついている。なんだかんだ言って兵士生活も長いしな。
「おう、何本でもイケる!」
それにしても旨い。目の前で網に乗せてジュウジュウ焼く様子が見られるのもポイントが高いが、軽く塩を振っただけのものも、タレを塗って照りが出ているものも、噛めば口の中に旨みが広がる!
「スウェルにも串焼きはあるけど、全然違うねー」
「やはり新鮮さでしょうか」
ウォーデン領は酪農が盛んで、この町の近くにも牧場が沢山あるらしい。すぐ近くから仕入れられるから、鮮度が落ちる前に料理が出来るのだろう。
「たまにこうして外に出るのも悪くないよな」
俺が言うと、二人もそれぞれ「だね」、「ですね!」と同意した。
その後も大通りを見て回り、端にある門まで辿り着いたところで、今度は脇道にそれてみる。洗練された中央と違い、そこには工房らしき建物がひしめき合っていた。きっと職人通りだ。
「そっちは靴で、あっちは……服か」
他にも杖や帽子、果ては何に使うのか分からない物もあって景色が目まぐるしい。その何処もかしこもが、ガタガタと何かを作る大きな音をさせている。
油や染料がべっとり付いた服に身を包んだ職人が、一心不乱に商品を作ったり、仕入れ業者と大声でやりとりする様は圧巻だ。
「まるで別世界のようですね」
興味津々であちこち覗いて回っているココには珍しい光景らしく、目をキラキラさせている。
「邪魔したら駄目だぞー」
「はーい」
職人は細かいものを扱うからか、気難し屋が多い。ちょっとしたことで喧嘩になることもあるため、念の為注意をしておく。すると、隣を歩くキーマが「ヤルンは慣れてるんだ?」と聞いてきた。
「当たり前だろ、俺は商家出身だぜ?」
スウェルにも似たような区画が存在するのだ。実家の店に出入りする者の中には職人もいたし、ガキの頃は職人通りをよく遊び場にしていた。
「ほら、面白そうなものがいっぱいあるだろ? 興味本位で近所のやつらとほっつき歩いては、コワモテのおっさんに『邪魔すんじゃねぇ!』って怒鳴られたり、大事な道具に触ろうとして殴られたりしてな」
「成程。目に浮かぶよ」
どんな想像をしているやら、くつくつと笑っている。こちらも半分くらいは笑わせようと思って言ったのだが、本気で笑われると腹が立つ。一発殴ってやろうか、いや、今こそ踵落としを……。
「ぉーぃ! おーい、せんせー! 先生ってばー!!」
「先生?」
誰かのしつこい呼び声にキョロキョロしてから、通りの向こうで手をブンブン振る少女の姿を見つけ、やっと自分達を呼んでいたのかと気付いた。
「もう! どうして返事してくれないんですか?」
こちらに駆け寄ってくると、それは魔術学院3年生のハリエだった。動きやすい私服に身を包んだ彼女はむすっとした顔で腕を組み、随分とご立腹である。
「悪い悪い。学院の中ならともかく、外で『先生』って呼ばれてもピンと来なくてさ」
「ごめんなさいね、ハリエさん」
学院の外で声をかけられるなんて、想像もしていなかったのだから許して欲しい。ていうか、マジで先生ってガラじゃねーんだよな、俺。なんとかならないものかね?
「あのさ、今の大声で周囲の人間の注目の的になってるけど?」
「え、うわっ」
キーマの指摘通り、周りを見回せばぐるりと俺達を囲む、目、目、目。そのどれもが決して好意的とは言い難いものだった。怖っ。
あー、そりゃ小僧が「先生」呼ばわりされていたら目立つよな。ここら一帯を仕切る元締めや見回りの兵士を呼ばれてはたまらない。ハリエを連れ、さっさと余所に移動することにした。
ヤルンは先生呼びにげんなりです。外で呼ばれると余計に恥ずかしいのかも。
ココはともかく、キーマは用務員さん的な雰囲気ですかね?




