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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第七部 魔術学院の講師編
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第三話 ウォーデン魔術学院・後編

学院長登場。お仕事を正式に依頼されます。

「ようこそ、我がウォーデン魔術学院へ」


 そう言って笑む学院長は年配の女性だった。ふくよかな身体をゆったりとした紫色のローブで包み、両手を広げて歓迎してくれた。

 室内は外装と同じように、白と明るすぎない赤色の壁で仕上げられている。細かく細工が彫り込まれた猫足の執務机や、魔術書らしき本がぎっしりと詰まった本棚は部屋全体に暖かみを与えている。


「遠いところからわざわざ来て下ってありがとう。まずはお座りになって」

「失礼します」


 そんな中にあって、机の背後にかかるカーテンとソファセットだけは花柄の刺繍(ししゅう)があしらわれていて、女性の部屋なのだなと感じた。


「私はこの学院の院長を務めるメルィーアです。あなたがスウェルから来られた魔導士のヤルンさん、で良かったかしら?」

「はい。よろしくお願いします。こちらの二人は――」


 ココとキーマがそれぞれ簡単に自己紹介と事情説明をする。


「まぁ、お仕事もお忙しいでしょうに。3人も来て下さるなんて、こんなに嬉しいことはありませんわ」


 ココは俺の監視役だし、キーマなんて半分くらいは暇潰し目的だけど、などとは口が裂けても言えない。


 両手を合わせて満面の笑みを浮かべるメルィーアは、「気のいい上品なおばちゃま」を絵に描いたような雰囲気だった。

 こりゃ、どう接して良いか戸惑うタイプだな。大きな施設のトップだし、見たままの人物だとは思えないが……と思ってしまうのは師匠に毒され過ぎか?


「こちらも良い交流が出来ればと思っています」


 とりあえずソツのない返事をして、出された花の香りのお茶を頂く。うーん、上品過ぎて落ち着かない。この手の人間は世間話が始まるとなかなか本題に入れなくなることが多いし、さっさと話を進めてしまおう。


「あの、今回は臨時の講師をということで」

「えぇ、えぇ。この学院には優秀な先生方がたくさんいらっしゃるのですけれど、環境上、実戦経験には(とぼ)しくなりがちでしてねぇ」


 院長は穏やかな顔を少し(くも)らせる。なるほど、言いたいことは分かる。

 兵士の教官にとっての最終目標は見習いを一人前にすることだ。戦いで足手まといにならないよう、実技を重んじる。

 反対に、学校では知識や理論が重要視されるのだろう。教師は教育の専門家であり、余程の状況にならない限りは戦場に駆り出されることもないようだし。城の文官みたいなものだろう。


「学院は魔術の研究機関も()ねているのでしょうし、先生方は研究者としての側面が強いのですね?」

「えぇ。ご理解が早くて助かりますわ」


 そのあたりはオフェリアや学院長を見れば一目瞭然(りょうぜん)だ。彼女らの立ち居振る舞いは兵士のそれではない。貴族の令嬢の方がよほど近いのじゃないだろうか。そう思う俺の横でココが言う。


「つまり、子ども達により実戦的な魔術を教えて欲しい、ということでしょうか?」

「えぇ。……この学院に入学する子ども達も、数年で兵役に就いていきます。ただ、魔術の知識はあっても、うまく活用できない子が一定数いて問題になっているのです」


 メルィーアは立ち上がったかと思えば、俺の手を取ってぎゅうっと握ってきた。節が太い学院長の手は厚みがあって温かい……じゃなくて、顔、近っ!


「せっかく早く学ばせ始めても、それでは意味がありませんの。学院の存在意義にも関わる事態です。どうかこの問題を、ヤルンさん達のお力で打破して頂きたいのです」

「は、はぁ」


 あれ、聞いていた話と少し違うっつーか、ドサクサに紛れて難題ふっかけられてないか……?


「よろしくお願いいたしますね」


 熱意のこもった大きな瞳で射貫かれた俺は、「ご期待に沿えるよう、頑張りマス」と答えるしかないのだった。



 学院長との面談を終えたあとは、再びオフェリアの案内で今後の拠点となる自分達の部屋へと案内された。

 普段は客間として使われているそこは、学院本館の隣に建てられた別館の2階で、それなりの広さを保持していた。それも一人ずつの個室だ。


「わぁ、素敵ですね」


 ココがはしゃいだ声を出す。3つ並んだ部屋は手前から俺、キーマ、ココの順番で使うことにする。

 女性であるココには少し離れた部屋も勧められたのだが、「効率が悪い」と一刀両断してしまった。男前だ。


 室内には一通りの家具が(しつら)えられ、大きな窓の向こうには簡易なテラスまである。ちょっと俺には上等過ぎるかもしれないな。


「執務に必要な机も後程運び込んでおきますね」


 そう、あくまで客室であるために机はなかった。入れるともう少し狭くなるだろうが、ないと仕事をする時に困るし、無駄に広いよりは落ち着くだろう。


「学院内を一通りご案内させて頂きたいと思いますが、長旅でお疲れでしょう。夕方までお休みになりますか?」


 カーペット敷きの柔らかい床を踏みしめつつ、これから自室となる場所を見て回っていた俺達に、オフェリアが言う。キーマ達と目配せし、そんな気遣いは無用だと口の端を上げてみせた。


「俺達は兵士ですから。これくらいで疲れていたら故郷の仲間に笑われますって」


 これから仲間として付き合っていくのだ。堅苦しいのもどうかと思い、わざと少しだけ砕けた口調で言いながらオフェリアに近づいてみた。……のだが。


「えっと……」


 彼女は突然のことに目を丸くして、体を強張らせてしまった。うぐ、難しいな。ま、こんな上品なところに居たら、俺みたいな人間と接する機会はないだろう。当面は同性であるココに仲介を頼むべきか。

 にしても、これほど容易(たやす)く間合いに入らせるとは、やはり兵士の訓練を受けたことがないに違いない。その揺れる瞳を避けるように、すっと身を引いて笑いかけた。


「オフェリア『先生』。これからは一緒に仕事をする同僚ですし、先生は年上なんですから、もうちょっとラフに行きましょう?」


 キーマが「そうそう」と頷き、ココも「ヤルンさんの言うとおりです」と微笑んで援護射撃してくれる。きっと二人も、俺ほどでないにしろ居心地の悪さを感じているのだ。


「は、はい。分かりました。善処します」


 オフェリアはそれでも戸惑いの表情を浮かべていたが、こればかりは慣れてもらうしかない。まかり間違っても「セクハラ!」なんて言われないように、距離感に気を付けないとなぁ。うーむ。



 テーブルに置かれたランプの明かりが、家具や床に濃い影を落とす。あの後はざっと学院を案内してもらい、再びこの自室へと帰ってきた。

 途中、擦れ違う職員に挨拶をしたり、休み時間で教室を飛び出してきた子どもに取り囲まれてじろじろ眺めまわされたりした。はぁ。ハードな午後だったぜ。


「だーっ、疲れた!」


 ぼふっとベッドにダイブする。洗い立てのシーツの香りが心地良く、眠気を誘う。夕食をとって風呂に入れば、精神的にぐったりしている自分に気付いた。


「さて、と」


 湯の熱を残した状態でベッドに顔を埋めた姿勢から、くるりと回転して仰向けになる。開け放たれたままのカーテンの向こうに、故郷と変わらぬ星の輝きが目に飛び込んできた。

 「どうすっかなぁ」と呟く。兵役前の子どもは本当に幼くて、7・8歳くらいの子も見かけた。そして、10歳で魔導書が与えられるという。俺が得た年より2年も早い。


『光よ』


 するすると指を差し出し、(ささや)くように唱えるだけで、ランプよりずっと明るい光が生まれる。

 体を起こし、手を伸ばしてテーブルの上の紙切れを取った。白い紙に几帳面な字で書かれているのは、オフェリアに用意してもらった年齢別の教育計画表だ。


「頭でっかち養成学校だな」


 ざっと見ての感想はこの一言に尽きる。驚くほど座学偏重のカリキュラムだ。魔術以外にも語学や算術、マナーや芸術にいたるまで幅広く教えているのに比べ、「実技」があまりにも少ないのである。


「あいつら、卒業したら本当に兵士になるんだよな……?」


 兵士にとって大事な「体力作り」とか「魔術の実地訓練」に()く時間が酷く薄っぺらい。これでは戦場で役に立つかどうか。遊ばせておいた方がまだマシな気がするぜ。

 今日会った職員も細身の人間が多くて、とても実地訓練が出来そうには見えなかった。俺はもう一度『光よ』と唱えて明かりをもう一つ生み出すと、静かに続けた。


『光放つ鳥よ。闇を(まと)いて我が意思を届ける()り所となれ』


 術が発動する。今生み出されたばかりの光が球体から黒い鳥へと姿を変え、それは腕にそっと舞い降りて、尾を振りながら黒目がちな瞳を向けてくる。


「師匠、ヤルンです。ウォーデンの魔術学院に到着しました。院長の依頼は――」


 簡潔に今日あった出来事を告げると、最後に恨み言を2・3、忘れずに吹き込んだ。黒鳥は数度羽ばたき、窓から音もなく飛び出していった。よしよし。

 目を()らして見送るも、小さな影は夜の闇に溶けてすぐに消えてしまう。明日の朝には師匠の元へと届くはずだ。


「そうだ、どんどん送ってやれ。へっ、師匠め。待ってろよ、これからマメに文句を送りつけてやるからなっ」


 当面はこれがいい()さ晴らしになりそうだぜ。お小言が返ってくるとも知らず、俺はほくそ笑んでいた。

はー、学院に落ち着くまで長くて疲れました……。元の原稿を改稿してみたら本当に無駄ばかりで、これでも丸っと一話分近くは削っています。

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