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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第六部 魔導師の助手編
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第九話 師弟対決・中編

ヤルンは抵抗する気満々ですが、状況はよくなく……。ガチでやりあいます!

「ふん。今日こそは逃がさぬぞ」

「弱い者イジメなんて、趣味が悪いな」


 弱い者とはキーマのことだ。熟練の魔導師を前にした丸腰の剣士なんて、一般人と変わらない。あの場で術を放っていたら、衝撃波で窓硝子(がらす)ともども吹き飛ばされていただろう。


「わしがそんなヘマをするとでも?」

「時々、平気で他人を捨て(ごま)にしているのを忘れんじゃねぇよ」


 このじいさんには、たまにターゲット以外はどうでも良くなる瞬間があることを、俺はよ~く知っている。今だって俺がキーマを咄嗟(とっさ)に逃がさなきゃ、一緒に結界の中に閉じ込められていた。


「そもそもこの喧嘩自体、似たようなことが原因のような気がするんだがな」


 手にバチバチと電撃を発生させながら睨み付けると、師匠はわざとらしく咳き込んで誤魔化(ごまか)そうとした。それで誤魔化されるのは本物のアホだけぞ。


「では、どうするつもりじゃ?」


 思い付く選択肢は三つだ。一つ、大人しく降参して師匠の元に戻る。二つ、なんとかして師匠を倒す。三つ、無理にでも結界を破って逃走する……。駄目だ。


「全部同じ結果になるものは、選択肢って言わないんだって、の!」


 自分で自分にツッコみ終わるのと同時に、準備していた魔術を発動させた。さっきから見せびらかしていた電撃だ。ぐっと距離を詰める間に腕を奥から手前に引くと、それは一筋の光になり、長身の剣へと形を変える。

 勢いを殺さぬよう、武器を得た右手を振り上げた。


「うぉりゃっ!」


 がぎん! と金属がぶつかるような音を立てて弾かれる。ちっ、遠くから魔術で攻撃しても無駄と思って接近戦に持ち込もうとしたのに、片手で軽くいなされてしまった。


「ヤルンが持ってるの、何?」

「雷で作った擬似(ぎじ)的な武器ですよ。術者以外が触れると感電して(しび)れますね」

「うわぁ、えげつない」


 結界の外ではいつの間にやらキーマとココが呑気に観戦ムードに突入している。あのな、お前ら助ける気ないならないで、せめて緊張感くらい維持しろよ!


「魔力のつるぎか。いかにもお主らしいが、やるならせめてこれくらいの物を生成せぬとな」

「うわっ!?」


 背筋に悪寒が走り、条件反射的に右に飛び退いた。一瞬前まで俺が居たその場所を、見えない「線」が通り抜けていく。この圧されるような感覚は、風か?

 予想は正解だったらしく、師匠の手には白く透ける剣が握られていた。空気の塊と(あなど)るなかれ、風の刃の鋭さは本物の剣をも凌駕(りょうが)する。


「って、待て待て! 今の、避けてなかったら真っ二つだっただろ!」


 俺の右手に吸い付く雷の剣は、当たったところで痺れて気絶するのがせいぜいだ。対して、師匠の作りだした武器は間違いなく肉や骨まで切り裂く凶器。威力が違い過ぎる。


「避けたのじゃからグチグチ言うでない。ほれ、もう来ぬのか?」

「あほかっ!」


 そんな結果論で命まで片付けられてはたまらない。遠慮のえの字もない攻撃に慌てて距離を取った。


「来ないなら、こちらからいくかのう」


 びゅん、びゅん! と容赦ない音が空間を切り裂く。直線状に飛んでくるそれをなんとかギリギリのところで避け続けながら、さっと後ろを振り返った。

 駄目だ。師匠の術で結界が壊れないかと期待したのに、傷一つなし。ちょうど届く直前に風が()き消えるように細工(さいく)しているらしい。


「無駄じゃ」


 こちらの目論見などお見通しなのだろう。師匠はにやりと笑った。駄目押しの一言にカーッと腹が熱くなる。

 試しに自分の剣で切りつけてみても、景色に透ける壁はきぃんと氷のような音が鳴るだけ。やはりこの程度の術ではココの結界には太刀打ち出来ないか。


「ん、待てよ?」


 結界越しに向こうを見ると、今もキーマと呑気に談笑中のココの姿があった。これだけ頑丈な結界を展開しつつ、お喋りに興じられる彼女には恐れ入るが、だからこそ現状を打破する可能性がある。

 俺は靴の(かかと)をきゅっと鳴らして師匠に向き直った。


「ふむ、やる気になったかのう?」

『焼き尽くせし(ほむら)。炎弾となりて地上へ降り注げ!』


 どどどどっと無数の火の塊が、じいさんの頭上から落下した。威力はそこそこ、質より量の時は重宝する魔術だ。


「なんじゃ、拍子抜けさせおって」


 師匠は二三唱えると、あっさりそれらを無力な(ちり)に変える。こっちだってもちろんダメージを与えられるとは思っちゃいない。とにかく時間さえ稼げればいい。


「ココ、聞こえてるだろ!」

「は、ハイっ?」


 話しかけられるとは思っていなかったらしいココが、()頓狂(とんきょう)な声を返す。よっし、いける。


「お前、師匠に頼まれたんだろ。俺を捕まえるのを手伝えって」

「そ、そうです」


 師匠も何かあると思ったのだろう、様子を見ながらゆっくりとこちらへ近づきつつあった。


「でもさ、考えてもみろよ。これって訓練みたいなものだろ」

「それは……」


 相手の間合いに入ったら負けだ。あの皺だらけの手に触れられたら、その瞬間に完全に終了である。そうしたらどうなるんだろう? 考えたくもない。


「ココはこの訓練に参加しないのか?」

「け、結界を張るのが、助手としての今のお仕事ですし」


 思ったより師匠の足取りは早く、距離はどんどん縮まっていく。普段はあんなにノロノロ動いてる癖に、術を幾ら乱発しても全然効かないし、ちっとは喰らえよ!


「見てるだけで本当に良いんだな? 後悔しねぇって言い切れるんだな!?」


 ココは俺と違って懸命(けんめい)な人間だ。でも、それだけの人間はあんなじいさんの助手に立候補などしない。キーマがお楽しみマニアなら、ココはいわば訓練マニアだ。


「私は……」

「へぇ、目の前でこんな楽しそうなことが起こってるのに、見てるだけで満足できるんだ。随分とお得で(うらや)ましいぜ」


 本心はどうなんだ? と、挑戦的な目でココの瞳を見据える。ひたひたと迫る気配は、あと数歩のところまで来ていた。


「ほう?」


 興味深げな声をあげたのは、数歩先で立ち止まった師匠だった。眼光鋭いその視線の先には、俺と並んで魔導書を構えるココの姿がある。


「へへっ、そうこないとな」


 俺は笑って、彼女を頼もしげに見つめる。冒険心の旺盛な第二助手は、茶目っ気を含んだ瞳で笑い返してきた。


「やっぱり見ているだけなんて出来ません。私も参加します!」

「どうして……」


 キーマはぽかんと馬鹿みたいに口を開けて事態を眺めていた。ココの行動以上に、結界を易々とすり抜けていったことに驚いているのだろう。


「忘れてるだろ。この結界を誰が張ったのか」


 いたって単純明快だ。結界とは他者の行動を阻害するもの。術者本人には壁でもなんでもないのである。


「ココよ、わしに逆らうのか?」

「いえ、『閉じ込めろ』とは命じられましたけど、『中に入るな』とは(おっしゃ)いませんでしたから」


 完全に屁理屈の域だが、師匠は髭をなでつけながら「そうだったのう」とあっさり認めた。暇を何より(いと)う老人の心境を、上がった片側の口角がはっきりと物語っている。


「ココ、余力はどれくらいだ?」

「結界を維持しながらになりますから、半分と言ったところでしょうか」

「解けばー?」

「無理!」

「なんでさ?」

「教えてやんねぇ。たまには自分で考えろ」

「ケチだなぁ」


 緊張感もあったものじゃない。後であいつ火(あぶ)りに決定、楽しみに待ってろ!


「話は終わったか?」


 師匠は新たな相手を前にしてやや下がりつつも、依然として距離は近い。その割に、のんびり待ってくれていたのは、有難いのだか腹が立つのだか。

 結界を解かない理由はココの立場にある。ギリギリのところで、彼女がまだ命令違反をしていないことは師匠も認めた。でも、結界を解けば完全にクロになってしまう。


 もう一つの理由は、ここでマスタークラスの魔導師とその助手が壁も張らずに戦闘を開始したらどうなるか、を想像すれば良い。

 下手したら訓練場は大破する。弁償も嫌だし、三人揃って仲良く査問会にかけられるのはもっと嫌だ。


「覚悟が決まったのなら来るが良い」


 それを合図に、静かにココの両手があげられた。音楽の指揮でもするかのように、呪文に合わせて軽やかに振られ、術が寸分の狂いもなく完成する。


『風よ、(いつく)しみのしらべを(かな)で、我らの盾となれ』


 俺達二人をふわりと優しい力が包み込む。目には見えないが強度は折り紙つき。師匠の剣も、きっと防いでくれるはず!


「っしゃあ!」


 気合いを入れなおし、再び剣を右手に生み出して駆け込んだ。師匠も風の刃を顔の前に構えて待ち受けている。強く軸足を踏んだ。

 ぎぃん! がん! カァン! 縦に横に斜めに打ち込むも、的確に読んで受けてくる。


「げえっ、マジかよ!」


 ピュウとキーマが口笛を吹いた。立派なじいさんが、魔導師が、剣を自在に操って猛攻を防ぐ画ってのは、恐ろしいの一言に尽きる。

 これまで武器を扱う姿はほとんど見たことなかったけれど、もしかして師範と同じくらい強かったりするんじゃねぇだろうな? 一旦引いて、後ろから援護射撃してくれていたココに呼びかけた。


「向こうを弱らせられそうな術は?」

「かけても全部跳ね返されてしまうんです!」


 再度、「マジかよ」と呟く。敵を弱体化させる魔術には体力減退や吸収、拘束に魔術封じなど様々な種類があって、魔導士には求められる機会が多い分野だ。


 結界と同じくらい得意とするはずのココの術を受け付けないなら、相当強い力で自分を守っていることになる。尚且(なおか)つ攻撃の手を緩める雰囲気はなしだって?

 疑念と困惑が胸を()き乱す。何故ここまで効かないのか、謎としか言いようがない。


「……っ」


 ココが唇を()む音が聞こえたような気がした。互いの魔力に大きく隔たりがないことは、腕輪の色で証明済みだ。なのに、この差はどこから来る? 経験とかコツとか、そういったものを超越していないか?


「それだけの素養を持ちながら、少しもなっておらぬ。さて、そろそろ仕舞いにするか。――『止まれ』」

『!』


 ぐわっと魔力が膨れ上がるのを感じて、俺もココも地面に()い取られたように立ち止まった。

 ……動けない! 一瞬前まで意のままに操れた体が、その指先に至るまでぴくりとも動かせなかった。許された唯一の行動は呼吸だけ。なんだこれ。そう言おうとしても、舌も石みたいに固まってしまっていた。


「二人とも何して……」


 傍観を決め込んでいたキーマも、突然動かなくなってしまった俺達を不審に思い、結界の壁まで近寄ってくる。

 くそっ、たった一言で二人の人間の自由を、こうも簡単に奪えてしまうなんて。恐れにも似た焦燥感に駆られた直後、師匠が静かに次の呪を紡いだ。


『盟約の名の元に命ず。……解き放たれよ』


 最後に聞いたのは、ガラスが盛大に砕け散るような音だった。

戦闘終了です。んー、まぁ勝てませんよねー。

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