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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第一部 見習い編
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第六話 王族の視察・後編

見回りの最中に見つけてしまった、壁に挟まった怪しい侵入者。仲間に知らせようとすると、レディを自称するその女は「目的がある」と言い出し……?

「目的?」

「仕方ないなぁ……。話すわよ」


 自称レディは観念したようにぶつぶつといきさつを語りだした。時間を稼がないと、俺達が応援を呼んでしまうと思ったのだろう。


「今夜、晩餐(ばんさん)会があるでしょ」

「王子様御一行、歓迎パーティーのこと?」

「そう、それ」


 王子達は視察の名目で訪れているので、盛大にするつもりはないらしいが、パーティー自体は確かに予定されている。

 この城の主は心が広く、俺達兵士(見習い)にも料理を振舞ってくれると聞いている。どんなディナーが食べられるのか、今から楽しみで(よだれ)が出そうだ。


「パーティーのことを知ってるなら、やっぱ客かもな?」

「判断するには弱いよ。出鱈目(でたらめ)言ってるだけかもしれないし。パーティーの件は見習いにだって知らされてるから、城の人間に聞き耳を立てれば仕入れられる情報だしね。王族の付き人って可能性はある、かなぁ……」


 でも、もしそうなら主人の(そば)を勝手に離れていることになるけど、とキーマは小声で呟く。結局、今のところは単なる侵入者のセンが一番強いということだろう。


「うーん」


 俺とキーマがヒソヒソと話を交わしていると、女は「何を内緒話してるのよ」と眉間に(しわ)を寄せた。顔立ちは美人だし、スタイルも良さそうなのに、色々と残念過ぎる人だ。


「で、そのパーティーがどうかしたのか? 料理が楽しみだから早く出せってこと?」

「違うわよッ! ……会いたい人がいるの。パーティーが始まると自由に動けなくなるでしょ、今のうちに探したいのよ」

「会いたい人?」


 変な話だ。客人なら相手を呼んで貰えば済むのだから、わざわざ自分で探し歩く必要などない。公式には会えない相手なのだろうか?


「そうまでして、誰に会いたいんだよ」


 あまりゴタついている時間はない。ここはてっとり早く聞いてしまえ。答えなかったら応援を呼べば良いだけだ。そう思って問いかけると、彼女は意外にも目をきらきらと輝かせた。


「この城に今年入ったっていう、期待の新人兵を見に来たのよ!」

『期待の新人兵ぇ?』


 俺達は見事にユニゾンした。そりゃあもう一部のずれもなく、声変わり途中の微妙な低音が見事な重なりを見せた。


「誰だろう。今年、そんな天才いたっけ?」


 キーマに言われ、揃って首を(ひね)る。すぐさま同期のメンバーの顔を思い浮かべてみた。王都から人が訊ねて来るほどの逸材(いつざい)なら、ぱっと浮かんでも不思議ではない。


「ずば抜けた才能の持ち主って噂よ。知らない?」

「俺達、今年入ったばっかの新人だけど、同期にそんな奴いたかな……。あ、もしかしてココのことか?」


 閃いたのは優等生の横顔だ。ココは早く一人前の魔導士になりたいと講義も実技も真面目に取り組んでいるし、魔力も高い方だと聞いている。


「有り得るね。女性兵士というだけでも目立つから、話が遠くまで広まったのかも」


 俺を通してココと知り合ったキーマも、常日頃の熱心さを思い出して同意を示した。


「えっ、心当たりがあるの? お願い、会わせてっ!」


 自称レディが手足をバタ付かせて食いついてくる。暴れ馬みたいなヤツだ。必死すぎて怖い。


「おいおい。こんな危ない人間、ココに会わせて大丈夫かよ」

「……会った途端に小脇に抱えて逃走しそう」


 こちらの怯え振りに腹を立てたのか、そいつは「そんなことしないってば!」と吠え立てたが、直後には首を傾げた。


「ちょっと待って、今『ココ』って言った? その子、もしかして女の子?」

「そうだけど?」

「違う違う。私が探してるのは男の子。名前は分からないけど、それだけは確かよ」

「あぁ? 男?」


 第一候補だったココが違うとなれば、いよいよ思い付かない。情報通のキーマも怪訝(けげん)な表情をするばかりで、他に思い当たる人材はいないようだ。

 くそー、とっとと先輩兵士に突き出してしまおうと思っていたのに、こうなってくると(さが)(びと)の正体が気になるぜ。


「そういえば名前を聞いてなかったね」


 悶々(もんもん)としていると、煮詰まった話の流れをキーマがくるりと変えた。確かに、状況がおかし過ぎて聞くのをすっかり忘れていたが、壁を降りて脱出を試みるような強者が、素直に素性(すじょう)を吐くのか?


「あぁ、名前? 私は――」

「ほっほっほ。なにやら面白そうじゃのう」


 ぎくう! 突然の低い笑い声に、俺達は文字通り飛び上がった。


「し、師匠!?」


 振り向くと、いつもの余裕たっぷりな微笑みを(たずさ)え、豊かな白い髭を撫でる師匠こと、オルティリトじいさんが立っていた。それも真後ろにである。吃驚(びっくり)しない方がおかしい。


「い、いつからそこに?」


 大抵のことには動じないキーマも、これにはやや声が上擦り気味だ。


「つい先程じゃよ。二階の通路からお主らが見えたのでな。こんな何もない壁際で何をコソコソしておるのかと思うてのう。サボりではないようじゃな」

「違いますよっ」


 抜け目ない師匠のことだ、本当に「つい先程」からだったのか? 実は全部見ていたんじゃあ……。

 疑念は渦巻く一方だが、脱力している場合でもない。色々と物申したい相手ではあるものの、師匠はれっきとした上官で、俺達部下には報告義務があった。


「えと、ふ、不審者を発見しまして」


 ことの成り行きをざっと話した。見回りをしていて壁にハマった怪しい女を発見した事。すぐに知らせなかった件に対する謝罪。そして彼女の「人探し」という目的について――。


「そうかそうか。なるほどのう」


 見張りとしては褒められた行動ではなかった。叱られると思ったのに、師匠は再度笑っただけで、怒り出す代わりに驚愕(きょうがく)の事実を言い放った。


「確かにそちらの方は客人じゃ」

「ええっ? マジで!?」

「本当なんですか?」


 口々に問い返すと、自称から他称に昇格したレディは依然(いぜん)挟まったままで頬を膨らませた。


「ちょっとー、信じてなかったの?」


 あれで信じろって言う方が無理だろ。世の中はまさに神秘で満ちている。


 師匠は女性の前へ歩み寄った。「失礼」と断ってから、呪をいくつか呟いて指を鳴らす。パチン! と皺だらけとは思えないほど高らかな音が辺りに響き、俺は魔術が見事に完成したのを肌で感じた。

 すると、女性がどれだけ踏ん張っても抜け出せそうになかった壁と壁の隙間から、その体がするするっと抜けた。


「嘘……」


 まるで手品。壮大な嘘事(うそごと)を見せられているようだ。


「お怪我はございませんかな」

「いえ、どこも。ありがとうございます」

「オルティリトと申します。老いた身で兵としては最早(もはや)お役に立てませぬが、ここで若者の導き手をしております。どうぞお見知りおきを」


 俺は目を見開いて光景を凝視していた。だって、瞬きなんて出来るわけがない。あろうことか、師匠が片膝を折って彼女を仰いでいたのだ!


「私は……」

「もちろん、存じております。あぁ、こちらの二人はまだ見習いでしてな、少々お心を(わずら)わせたかと思いますが、この老いぼれに免じてお許し下さいませ」


 そうして師匠がまた別の呪を結ぶと、今度は薄汚れてぼろぼろだったワンピースが美しく生まれ変わった。擦り切れた裾も新品同様だ。

 手品じゃない。ここまでくるとお伽噺(とぎばなし)のレベルである。


「……す、すごい」

「いやいや、こんなものは初歩の初歩。それでは私がお部屋までご案内をさせて頂きましょう」


 立ち上がりすっと手を差し出す師匠は、見たことがないくらい紳士的だ。そういえば他称レディの立ち居振る舞いや口調も、いつの間にか上品そうなものに変化している。大人ってのは本当に面倒臭いものだ。


「あの、私、一人で戻れますから」


 すぐにピンときた。まだ「目的」を達成していないからだろう。危険なマネまで冒して抜け出してきたのに、噂の「期待の新人兵」を見ないまま戻りたくないってわけだ。

 すると、師匠は何がおかしいのか「ほっほっほ」と笑って俺を指さした。


「そう焦らずとも。お探しの新人兵なら目の前におりますでのう。我が生涯最高の弟子、ヤルンにございます」


 え? ……え? 俺が、何だって?


「ええ~っ!? おっ、俺? し、しょうがいさいこうのでし? 俺が!?」

「へぇ、そうだったんだ。まさに灯台下暗しだね」


 キーマは人ごとみたいに何度も頷いている。いや、人ごとなんだろうけれど。


「えーっ、そうだったの!? ちょっと、どうしてもっと早く言ってくれないの! 見付けたわ、期待のルーキー! 最強の若手魔導士っ!」


「待て待て待て待てっ! 誰がルーキー……はちょっと嬉しいけど、じゃなくて! 誰だそんな噂流してるやつっ!」


 俺はそう言ったつもりだったが、きちんと声になっているかは怪しかった。なにせ、彼女が肩を掴んでガシガシ前後に揺すりながら大興奮しているからだ。


「や、やめてくれ……気持ち、悪い……。うげ……」

「オルティリト様、私、彼ともっとお話ししたいわ。よろしいかしら」

「もちろん、構いませんとも」

「構う構う構うっ!」


 こんな暴走女の「お話し相手」なんて御免(ごめん)だ。どんな目に()わされるか分かったものじゃない。ず~っと見回りをやらされていた方が何万倍もマシだ。


「いやっ、俺、しっ仕事っ。見回りの仕事がまだあるから――」

「客人の相手の方が大事じゃ。女性を待たせるなぞ言語道断じゃぞ。ほれ、命令じゃ。とっとと行け」


 師匠の馬鹿! 人でなし! 生涯最高の弟子じゃなかったのかよ!?


「さ、行きましょ?」


 今更お嬢様面したって可愛くともなんともないわい。おい、キーマ。生暖かい視線送ってないで助けろよ!


「ヤルン、頑張れ~」


 涙を流す間もなく、俺はがっしりと腕を掴まれ、ずるずると引きずられていった。案内ではなくて、完全に連行されている。


「結局アンタ何者なんだよっ」


 背中ごしに聞くと、彼女はぴたっと足を止めて、振り返って「私?」と小首を傾げた。だからちっとも可愛くないってば。


「私はこのユニラテラ王国の第二王子妃、セクティアよ。よろしく!」


 ばちーん。ウィンクが飛んできた。……いや、それどころじゃない。今何か、とんでもないことを口走らなかったか?


「は? はあぁぁあぁぁあ!?」


 この国もう終わりなんじゃ無ぇの?

はい、今回のゲストは拙作「家出物語(仮)」の主人公、セクティア姫でした。途中で気が付いた方もいたかもしれませんね。

これのために今まで国名とか出さなかったわけですが、あちこちに書いたヒントでバレバレ……? とにかく、楽しんで頂けたでしょうか。

今後もちらほらと絡んできます。こちらだけで話が通じるようにしていますのでご安心ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ゲストさんは彼女かなぁ」と思わせる演出が、すごく良かったです! どちらの物語も好きなので、作者さんからのこういった演出が嬉しいです(*^^*) [一言] 最初からまた拝読しています! ヤ…
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