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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第五部 太陽の城と盾編
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第八話 春の嵐と捕物帳・後編

人が襲われるシーンや痛い表現があります。控えめにしたつもりですが、ご了承の上でご覧ください。

「見ろ!」


 小一時間ほど経過した頃だろうか。事態は動きを見せた。キィと音を立てて戸が開き、二人の女性が出てきたのだ。

 時折ふらりと体が揺れるところは、酔いを()まそうと夜風に当たりに来た風に見える。彼女こそが(おとり)役の兵士であり、周囲には一瞬にして緊張が走った。


「それじゃあ、ここで」

「ええ、またね」


 二人は店の角で別れた。そのまま一人は大通りへ向かい、もう一人は人気のない路地へと歩いていく。一人きりの方が、犯人の食いつく確率が上がると予測されたためだ。


「……っ」


 無意識に息を呑む。標的は罠にかかるだろうか? ピリリとした空気の中では、心音はおろか呼吸さえ(わずら)わしく感じられる。そうして二度吸って吐いた時、黒い人影が店からゆらりと現れた。

 そいつは30代の半ばくらいに見えた。髪を無造作に伸ばし、くたびれた濃紺のコートを着て、そのポケットに両手を突っ込みながら猫背で歩いている。


「あれが犯人か?」

「どうだろう。……あ、見て、男の後ろ」


 コートの男の後で店から出てきたのは二人連れの男達だった。見た瞬間はっとする。彼らが客のふりをして潜入していた兵士だったからだ。

 そのうちの片方が、物陰に隠れて様子を(うかが)っていた兵士長に視線を送り、こくりと頷く。


「ビンゴだな」

「はい」


 あいつが強盗事件の犯人か。くそっ、卑怯なことしやがって。絶対に捕まえてやるからな! 闘志を燃やすこちらをよそに、コート野郎は囮役の女性を追うように路地へ向かった。


「全員、気付かれないように注意しろ」

「はっ」


 兵士長の命令が下り、俺達は息を潜めて物陰から出た。同じく取り押さえ役に選出された兵士が数人、姿を現す。犯人が曲がった角に待機する潜入員の後ろに追い付き、そうっとから奥を覗き見ようとした時だった。


「きゃああっ! 誰かぁっ!」


 鋭い女性の悲鳴が響き渡った。囮を務めた女性兵士が上げたものだとすぐに理解し、隠れるのを止めて路地に走り込む。


「離せっ、このっ!」


 そこには体を縮めて手荷物を抱え込もうとする女性と、その女性の長い髪を引っ掴んで荷物を奪おうとするコートの男がいた。想像以上に抵抗されて苛立(いらだ)ったのか、片足を振り上げて蹴り飛ばそうとしている。


「やめろっ!」

「大人しく縄につけ!」


 兵士の一人が怒声を上げて飛びかかり、別の兵士も男を引き()がそうとする。コート野郎の力がどれだけ強くても、鍛えられた兵士達に(かな)うはずがない。

 こうなると、俺達の役目はもしもの時に備えて退路を(ふさ)ぐことだった。手前をココ達に任せ、俺はもみ合っている彼らの脇を抜けて向こう側へ移動しようとして。


「なっ」


 兵士達が吹き飛ばされるという、有り得ない光景を目の当たりにした。


「うッ」

「ぐあっ」


 どどっ! 路地の両脇は石積みの壁になっており、二人は思い切り叩き付けられて呻き声を漏らした。今のは普通の飛ばされ方じゃないぞ。まるで突風にでも(あお)られたみたいだった。まさか。


「魔術……!?」


 想定外の事態に体が強張(こわば)る。それは俺だけじゃなく、悲鳴を聞き付けて集まってきた仲間の全員が硬い表情で足を止めていた。

 コートの男は、面倒になったのか女性を放ってこちらを振り返る。その手には確かに魔導書があった。ポケットに忍ばせていたのだろう。


「馬鹿な」


 兵士長が苦虫を()み潰す。やはり誰も、犯人が魔術の使い手だとは考えなかったようだ。彼の反応から、これまでの被害者からは証言も痕跡も発見されなかったことが窺えた。


「……俺だって、使いたくなかったさ。疲れるからな」


 犯人が面倒臭そうに言う。その瞳はぎらついていて、言葉とは裏腹に魔術を使う気満々なのが分かる。対して、こちらは俺とココ以外は剣士ばかり。あまり良い状況ではない。


「放っておいてくれりゃあ、こんなもん出さずに済んだのによぅ」

「どうしてこんな真似をする」

「あ? ……金が欲しかったからだよ」


 兵士長の問いに男が応えた。その理由が下らなすぎて胃がむかむかする。一度は抑えた怒りが魔力となって溢れてきそうだ。


「魔術が使えるなら、女性を襲わずとも金を稼ぐ方法は幾らでもあるだろう」


 そうだ。魔力や魔術を活かせる仕事は色々ある。それに、てっとり早く稼ぎたいなら兵士になれば良いのだ。少なくとも食いっぱぐれる心配はなくなる。


「はっ、嫌だね。誰がンな面倒なことするかよ」


 犯人は女性をちらりと見下ろす。彼女も兵士だ。本来は男を十分に引きつけた後で、後から合流した仲間と一緒に反撃に転じる予定だった。

 でも今は怪物でも見るような目で男を見上げ、震えている。犯人が魔導師だからだ。暴力には抵抗出来ても、魔術という見えない武器を前には身が竦んでしまったのだろう。……怪物か、苛々(いらいら)する。


「来い」

「や、やめてっ」


 男が女性に手を伸ばした。囲まれては分が悪いと、彼女を人質にしようと考えたに違いない。けれど、言うことを聞いて逃がした先で、彼女がどんな酷い目に()わされるか。

 そう思ったら、もう我慢などどうでも良くなってしまった。


『受け止める者、世の全ての受け皿となりし者』


 怒りを通り越した頭が冴え冴えとする。なんだろう、この絶妙にキレた感じ。瞬間的な激情とは違う。底冷えがするような怒りだ。


「な、お前っ、魔導士か!」


 間近でぶつぶつと呪文を唱え始めた俺に、犯人の男が驚いて動きが一瞬止まる。その一瞬が命取りになるとも知らずに。


「やめろっ、この女が――」

『我が敵をもそのかいなに受け止めよ』


 脅し終わる前にあっさりと魔術は完成した。制御? 知らねぇ。今は一切出来そうにない。とにかくコイツを早くシバき回さないと気が済まない。


「あ、ぎゃ、ぎゃあああっ!」


 ずどどどっ! 男にだけ凄まじい負荷がかかり、足から地面に崩れ落ちる。それでも重力はそいつを押し潰し続けた。びしり、と地面にヒビが入る。


「う、うぅ。た、助け……っ」

「や、ヤルン、やり過ぎだ! 力を抑えてっ!!」


 清々しいまでのキレっぷりに、キーマが俺の腕を掴んでストップをかけてきた。その感触にやっと、「あ、死んでしまうかも」と思った。感情に理性という名のブレーキがかかり、それに合わせて術も消え失せる。


「……さんきゅ。うあ、しんど」


 滅茶苦茶に解放したからか、少し頭がくらくらする。

 そのまま周りに目を遣ると、潰されて呻く男と、すぐ近くでガタガタ震えながら俺を凝視する女性がいた。そして、彼女と同じような目でこちらを見る兵士達がいて、またやり過ぎたかと溜め息が出た。


「大丈夫? 無茶するからだよ。……あっ」

「ん、どうかしたか? ……わっ」


 言葉を切ったキーマの目線を追い、俺もようやく「それ」に気付く。


「ヤルンさん。もう終わりですか?」

「ココ……?」


 居並ぶ兵士を()き分け、後ろで待機していたココが近づいてくる。凄まじい魔力を全身に(まと)った状態で、(うつ)ろな瞳をしながら。


「だ、大丈夫か?」

「何がですか?」


 彼女はすっと腕を前に出し、(なめ)らかに呪を紡ぎ始めた。キレている時の自分って、あんな感じなんだな。つうか、犯人は完全に終わりだな。


 最終的に凶悪犯は全身打撲と数か所の骨折、という状態で捕まった。それで済んだのは腕輪で魔力が抑えられていたからだ。

 我に返った俺とココが治療しようとしたのだが、物凄く痛いだろうに、激しく拒絶したまま担架で運ばれていった。


 まぁ、死なれたら罰を受けさせられないし、誰かがなんとかするだろう。腕輪をしていなかったから魔導士登録もしていなかったみたいだし、余罪には事欠くまい。

 予想だにしない幕切れだったからか、現実を受け止めきれていない様子の兵士長からは、「色々とあったが、おいおい伝える」という、フワッとしたお言葉を頂戴した。


「……私、あんなに取り乱すなんて、恥ずかしいです」


 路地の隅っこで、ココが座り込んで落ち込んでいた。今にも泣いてしまいそうだ。俺はそんな彼女を見下ろし、魔力の明かりで柔らかく照らしながら、キーマと一緒に(なぐさ)めようと努める。


「何言ってんだよ。あんなの怒って当然だろー。俺だってマジでブチ切れたぜ?」

「ヤルンはキレ過ぎだけどね。今回は特に極まってたし。多分、また始末書直行コースだろうねぇ」

「げっ、嘘だよな!?」

「なんでそこで嘘だって思うのかが謎だよ……」

「でもさ、今回はココも一緒だろ?」

「し、始末書……!」


 笑わせようと放った一言が最後の一押しとなってしまい、ココはぽろぽろと泣き始めてしまった。優等生の彼女には辛かったらしい。見事なまでの玉砕である。



 結論から言うと、始末書は書かされたが、それ以外のお咎めはなかった。犯人は捕まり、仲間の怪我も大したことがなかったからだ。


『そこまでせんでも、眠らせれば済んだ話じゃろう』


 師匠には薄い目を向けられた。それはそうかもしれないけれど、相手が魔導士では術が効かない恐れもあったし、何より俺自身がそんなぬるい手では許せなかった。


『罰するのはお主の役目ではないぞ』


 正論を言われると、俯く他ない。隣でココも盛大に凹んでいた。よっぽど己の行動がショックだったのだろう。精神のコントロールについてもっと学ぶのだと、決意を新たにしていた。

 そして今、俺達は代休を貰って食堂に来ていた。一応は休ませるつもりがあったみたいだ。ただ、昨日の今日だから、どこかに出かけようという気にはなれない。


「はー、つまんねー」


 四人掛けのテーブルに突っ伏し、呟く。休みは有難いけれど、実はここ最近は時間を持て余し気味だったのだ。やりたいことや、やるべきことを一通り終わらせてしまい、今後どうするか悩んでいた。


「ヤルンてば、最近いっつも『面白いものないかなぁ』ってカオしてるよね」

「う……。いや、分かってんだけどよ」


 そりゃあ、毎日の訓練の大事さは分かっている。熟練の技は一朝一夕で成るものではなく、そこから新しいものが生まれることもある。なんて、師匠の受け売りだ。


「でも、正直退屈なんだよな」


 繰り返しの毎日が、自分の中の何かを殺すような気がする。新しいことや面白いことをもっと知りたい。知って、吸収して、もっと強くなりたい。そう思うことはいけないことか? 悪いことか?

 自分の腕を上げてそこに嵌った腕輪に視線を落とすと、赤い宝石が毒々しく輝いた。……前より濃くなっている気がする。


「ヤルンらしいね」


 キーマは肯定も否定もせず、淡々と応えた。そのスタンスが時に心地よいと気付いたのは、一体どれくらい前なのだろう。逆にイラつく時も多いけれど。


師匠せんせいに相談してみてはいかがでしょう?」

「は? 相談?」


 人差し指を立てたココの提案に、俺はぽかんと口を開けた。毎日が退屈→新しいことをしたい→師匠に相談。うーん、どうだろう?


「師匠ならアイデアを出してくれそうではあるけど」

「ご相談の際は、ぜひ私もご一緒に!」

「あぁ、じゃあ便乗するかなぁ」


 ちょっと待て。お前らなんでそんなに乗り気なんだよ。俺は師匠に相談なんかしねぇぞ。危険過ぎるだろうが。


『ええー』

「絶対しないからな!」


 食堂に俺の叫びが木霊する中、鼻先を音もなく薄桃色の花びらが掠めた。怒りを鎮めようとしてか、はたまた何もかもを承知の上で誘ってでもいるのか。そう思った瞬間、唐突に腑に落ちた。


「……なるほど。これが『酒でも飲まなきゃやってられない』ってやつか」

なかなかに書き終えるのが難しいお話でした。

最初は全く違うラストで書いていたのですが、第五部の最後に据えるには弱過ぎたため、大幅に修正しました。後半なんて面影もないです。

そして初のココのキレた回でした。ヤルンより怖いかも?犯人はご愁傷様です。

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