表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第一部 見習い編
6/193

第六話 王族の視察・前編

城にお客がやってきます。ヤルンは盛り上がったり盛り下がったりと大忙し。

 はっはっと規則正しく呼吸しながら、腕を振る。この手に掴んでいるのは本ではなくて剣だ。きらりと光る刀身が、暮れゆく夕日を照り返している。


「よくやるなぁ」


 今日も一日訓練でくたくたになったキーマが、タオルを肩にかけた格好で声をかけてきた。


「風呂に入らない? もう汗でべとべとだよ」

「あとでっ、いいっ。先に、行ってろ」


 俺はかれこれ数十分、この動作を繰り返していた。それも今日だけじゃなく、ここのところ毎日だ。呆れたといわんばかりに、キーマは溜め息を(こぼ)した。


「入浴時間は限られてるんだし、晩飯の時間もすぐだよ」

「あー、そっか。忘れてた」


 冷静な指摘に、我に返ってふぅと息をついた。すると、今しがたまで忘れていた重みがずしりと響く。


「やっぱり剣はいいよなぁ」


 この吸い付くような感触は、本では味わえない感覚だ。キーマに差し出すと、手馴れた様子で鞘におさめた。奥まで入れると、キン、と小さく音を立てる。そう、剣はこいつからの借り物だ。


「見習い御用達の安物だけど」

「それでも十分(うらや)ましいっつの」


 俺は口を尖らせ、互いに笑い合う。

 ひょんなことから魔導兵に配属されてしまったが、騎士になる夢を諦めたわけじゃない。訓練後はこうしてキーマに剣を借りて、扱いを学んでいるのだ。


「着替え、これでいいんだよね?」


 キーマは最初から一緒に風呂へ行くつもりだったのか、下着やタオルなんかの入浴必需品一式を掲げて見せた。男同士での相部屋なら、互いの荷物の場所くらいはすぐに覚えてしまうからな。


「おっ、気が利くゥ」


 ふと、風呂場へ向かいながら、足元が暗くなったことに気付いた。俺はポケットから魔導書を取り出し、小さく呪文を唱えて明かりを灯す。

 よし、光量の調節も完璧だ。これくらいの芸当は簡単に出来るようになった。


「それ便利だよねー」

「だろ? さすが俺。かっこよ過ぎ」

「それは言い過ぎ」

「そこはヨイショするところだろー」


 クレームをするりと聞き流し、キーマは思い出したように「そういえばさ」と言った。


「今度、第二王子が視察に来るらしいんだって」

「こんなところに?」


 スウェルは隣国との境に作られた防衛のための町だ。大事な役目を担ってはいるが、要するに国の中心からは遠い田舎である。


「王族が見に来るような珍しいものなんて無くねぇ?」


 国は軍事と芸術に力を入れているけれど、長いこと大きな戦もないし、どちらも辺境より王都が勝るに決まっている。


「理由は知らない。上が話しているのを仲間がたまたま聞いて、皆その話題で持ちきりだよ」

「さすが情報通」


 キーマは何も興味がないように見えて、実は交友関係が広かったりする。積極的に他人と関わるのを面倒がる俺に、こうしてよく噂話を披露してくれるのだ。


「って、ヤルンてば何ニヤけてんの?」

「だってさ、とにかく王族が来るのは本当なんだろ? だったら、引き抜きとかあるかもしれないだろー!」


 正直、根っから庶民の俺には「王子の視察」なんてピンと来ない。でも、国の偉い人間が、素晴らしい技を持った者に目をとめて、王城へ招いたという話なら聞いたことがあった。


「もしかしたらさっ、王族お抱えの騎士になれるかもしれないぜ!?」

「妄想が爆発してるね……」


 全くないとは言えないじゃないか。そう考えるだけで、我慢できなくなって飛び跳ねたくなる。そんな俺に、あくまでリアリストなキーマが鋭い突っ込みを入れてきた。


「見習いは技を披露する機会がそもそもなさそうだし。あっても恥を(さら)すだけだよ」


 騎士団を擁する王族の目は肥えているだろうから、多少の努力では引き抜きなど夢のまた夢だと。


「まぁ、またいつかチャンスは巡ってくるって。今回はパスだね」

「なにーっ!?」


 冷た過ぎる物言いに、俺は張り裂けんばかりに叫んで拳を握り締めた。


「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ! 最初っから決め付けんなっ」


 怒りで制御を失った魔力の光が、完全に暮れてしまった夜闇に溶ける。遠くから誰かの「おーい新入り、うるさいぞ! 何を騒いでるんだ」という怒声が聞こえてきたけれど、俺達の耳は完全に拒絶した。

 普通の男同士なら、ここで喧嘩になるだろう。ワァワァ怒鳴りあって、殴る蹴るの乱闘に発展してもおかしくはない。でも、キーマの反応は違った。


「じゃあ、やってみれば?」

「へっ?」


 あっけらかんと言う。しかも売り言葉でも嘲笑(ちょうしょう)でもなく、本心からだと分かる。


「自分はパスだけど、ヤルンはヤルンの好きにすれば良いんじゃない?」

「お、おぅ」


 よく言えば一歩引いた大人の考え、悪く言えば暴走する友人を放置する無責任野郎。出会って間もないのに、すでに俺の相棒となりつつあるこの男は、そう言うなりくるりと背を向けた。


「それより、風呂入ろー」


 タオルをぱたぱたと振って歩きだした。

 キーマ、正体不明の男である。



 結論から言うと、王族の視察は事実だった。キーマから噂を聞いた翌日、見習い魔術士を前に師匠がそのことを説明してくれた。知らなかった者は湧き立ち、知っていた者も緊張と興奮を隠せない。


「師匠!」


 俺は思いきって「引き抜きは有り得るのか」と質問をぶつけてみた。あとでココが「詰め寄り方が尋常じゃなくて怖かったです……」と言っていたけれど、その時の俺自身は知る由もない。


「そうじゃのう」


 師匠はふさふさと生えた白い髭を撫でながら一息の間考え、「無くはない」と言った。


「本当スかっ、見習いでもっ?」

「時に、術を操り始めたばかりでも、優れた才能の片鱗を見せる者はおるからのう」


 おおうっ、ここにいるっ、どうしようもなくここにいちゃうぜー!

 しかし、こうして内心で大盛り上がりをしていた俺に、師匠の次の言葉が待ったをかけた。


「じゃがな」

「へ?」

「皆もそう浮き足立つでない。今回の視察は軍備についでではない」

「へっ!?」


 その続きを聞きたくは無かった。


「城の環境と町の景観を見にいらっしゃるのだ。この城はその昔、優れた建築家が設計したものでな。軍事面はもとより、芸術を重んずる我が国において歴史的にも重要な……」


 その後も師匠は何事か口を動かしていたが、俺の頭は一切の理解を放棄していた。



 そして当日。俺とキーマはペアで見回りを命じられていた。剣士と魔導士が組んで行うのがここでの決まりなのだ。


「ちぇー、つまんねーの」

「まぁ、予想通りだけどね」


 別に今日が特別なわけじゃない。訓練が多少なりとも進展した頃から、体力作りと守るべき対象となる城内外の把握も兼ねて任せられるようになったのである。

 もちろん有事の際は先輩である一人前の兵士達が前面に出張るが、普段の見回りにはこんな風にしょっちゅう借り出されていた。


「いくら王族が来てるからって、悪い奴なんて来ないんじゃねぇ?」


 噂の王子様は先日結婚したばかりらしく、今日も奥さん連れで訪れたのだとか。兵士は正装で居並び出迎えたらしいが、見習いに過ぎない俺達は遠目に見ることすら叶わなかった。


「それを言ったら見回りの意味がないよ」


 通りがかったのは外壁と城壁の間にある暗いスペースで、植えられた樹木の他には芝生が広がっているだけの、退屈極まりない場所だ。


「んなこと言ってさ、お前だって同じこと考えてるんだろ?」


 血で血を洗う戦争など遠い過去のこと。周辺国との関係は長らく良好で、国内に大規模な反乱分子の噂もなし。

 盗賊は森や街道に出るが、城に攻め入る気概があるなら、スウェルはここまでのんびりした町ではいられないはずだ。


「ふあぁ……おっと」


 俺は欠伸(あくび)を噛み殺しながら、少し前を行く甲冑姿のキーマに同意を求めた。返事がないのでなおも話しかけると、「いいや」という返事が返ってきた。

 「いいや」? キーマはボーっとするのが好きだから、手応えのない仕事が好きってことか?


「お前さぁ、それはあまりに(ひな)びた考えじゃないの」


 呆れていると、どうやらそうではなかったらしく、珍しく焦った様子で振り返った。


「ちがう、ちがうって。こっち来なよ」

「……うわっ」


 何にそんなに慌てているのかと覗いて、俺は思わず声を上げた。


「ちょっ、静かにしてくれる? 見付かったらどうすんのよ」


 建物と建物の間、壁の隙間に女の人が挟まっていた。青い髪に気の強そうな瞳。あちこちが擦り切れ、泥で薄汚れたワンピースを着ている。

 怪しい女は俺達をきつく睨んでいたが、体の左半分しか見えていないこの状況では、むしろ恐怖がわき上がってきた。意味不明過ぎる!


「な、なに、これ」

「ちょっと! 『これ』扱いはないでしょ、レディに向かって」


 俺が知っている「レディ」は、こんなところに挟まれてなんかいない。絶句していると、自称レディはやや逡巡したあと、言った。


「ねぇ、……出してくれない?」

『えっ』


 出られないのかよ! というツッコミをなんとか飲み込み、キーマと顔を見合わせる。


「侵入者、だよね」

「侵入者、だな」

「人を呼ばないと」

「そうしよう」

「あーっ、待って待って待って!」


 見習いはあくまで見張りであって、発見したあとの処置は正式な兵士の仕事だ。俺達が伝令用の笛を(くわ)えて吹こうとすると、自称レディは激しく止めに入ってきた。


「客よ、客! 私はきちんと招待された客なのっ」


 吹き込もうとした息を止め、再び相棒と目を見合す。


「侵入者が何か言ってるよ」

戯言(たわごと)だ。耳を貸すな」

「少しは人の話を聞きなさいよ~っ!」


 ぎゃんぎゃんと騒がれても、彼女は相変わらず建物の隙間に挟まったままで、紛れもない侵入者だ。


「犯罪者に『話を聞け』と言われて、耳を貸すお人よしがいるわけないだろ」

「誰が犯罪者よっ」

「アンタだよアンタ!」

「ヤルン、冷静に」


 キーマが俺を(なだ)めるように言った。


「客人なら人を呼んでも問題ないはずだよね。そこから出してもらえて、身の潔白も証明出来て、服も着替えられるんだから」


 そういえば、そうだ。何のハプニングでこんな道化を演じるはめになったかは知らないが、正式に招待された人物ならこの窮地から助けて貰えるはずだ。


「……それは駄目」


 自称レディは後ろめたいことがあるのか、ばつが悪そうに俯いた。


「やっぱり侵入者なんじゃないか」


 じゃあと笛を銜える。


「違うって言ってるでしょ! まだ目的を達してないから、見付かるわけにはいかないの!」

今回は長いので二分割しています。ヤルンとキーマが遭遇した闖入者の正体と末路は……?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ