第七話 香りと共に途切れるもの
魔導士としての新しいステップへ。それは結構な試練でした。
魔導士の弱点といえば、近距離戦と魔力切れだ。前者は体術を身に付けることが解決法になるが、後者はそう簡単にはいかない。
魔力の量は生まれた時にほぼ決まっていて、幾ら訓練を重ね、知識を得ても、1が2や3にはなっても10にはならないからだ。少ない魔力で魔術を発動出来るよう、効率を上げていくのがせいぜいである。
『お主には必要ないかもしれぬがな』
師匠は前にどこかで聞いたセリフを吐いて、ほっほっほと笑う。
そんなことはない。前の消火活動ではかなり消耗したし、未だに俺は自分の魔力量を完全には信じていない。きっと腕輪の石が壊れているのだろう。
「では、始めようかのう」
沢山の机が等間隔で並ぶ大きな講堂に、しわがれた声が響く。
もし魔力が尽きて、それでも動かなければならない時にどうするか、というのが今回の講義のテーマだった。
師匠はどうやらかなり有名な魔導師らしく、ここ王城でも教鞭を振るっている。それも、他から来た奴らもまとめて面倒を見るレベルでだ。
そのせいで「オマエ誰だよ」っていう顔ぶれが揃っていて、場には互いに実力を推し量るような緊張感が漂っていた。
「まずは身を守る術を覚えることが先決だが、それは体に叩き込むべきことじゃ。その次に必要なのは何か。魔導士に求められる役割を考えればおのずと分かろう」
すっと誰かの手が挙がり、「味方の援護・救護です」と発言した。これは常識で、あくまで本題に入る前の確認作業だ。
「そうじゃの。では、魔術以外による援護とは何じゃ?」
別の誰かが挙手し、「弓による遠距離からの攻撃や、連絡役に回ることなどです」と定型通りの答えを述べる。要するに、突っ込んでいく奴は馬鹿ってわけだ。
うーん、眠い。俺は空で言えるほど暗記した内容に欠伸をかみ殺しながら、今朝も行われた訓練をぼんやりと思い出していた。
王都での訓練の中には、すでに弓も入ってきている。見習い弓士が使うような細くて軽いものが与えられて、構え方など文字通り一から教わるのだ。
指導には教官の他に専門の弓士が補助として加わる。先日知り合ったルリュスを見かけることもある。さすがに話をするのは無理だけれど。
面白いことに、この訓練では剣士も一緒だ。
前線でバリバリに凌ぎを削る彼らに弓の技術が必要なのか疑問に思っていると、様々な武器の性質を覚え、臨機応変に戦える兵士を育てることが目的なのだと教えられた。
キーマは剣以外に槍も扱うようになったと話していたし、一つのことを極めるより、多方面で使える人材を作るためなのだろう。
そもそも、最初に割り当てられた役割はあくまでその時点での適正を見てのもので、途中で転向する者も多いらしい。中には斧やハンマーなんて変わり種もある。
こういうと、「もしかして」と思うかもしれない。俺だって「剣士に変わるチャンス到来か!?」と期待した。師範に、「ただし」と付け加えられるまでは。
「魔導士の素養は魔力の有無で決まるものだから、そうそう変わることはない」
あの時はドキドキしていた胸に、一本のぶっとい矢がぐさりとと突き刺さった気がした。
「どうかしましたか、ヤルンさん?」
声にはっとする。隣に座って魔導書に講義内容を書き込んでいたココが、不思議そうな顔をしていた。
「え? あ、いやなんでも」
俺は首をぶんぶんと振って、トラウマに近い回想を振り払った。駄目だ。思い出すだけで心が折れる。詮の無い思考を深めるのはやめよう。心にも魔力にも良くない。
「そうですか? それでは始めましょう」
言って、彼女は講堂の後ろに設置された棚から持ってきたらしい秤やら椀やらを差し出した。さすがは国の中枢と讃えるべきか、この部屋には様々な設備が整っていて、研修に必要な機材もきちんと揃えられている。
がちゃがちゃとガラスや陶器が音を立てるのを聞いて、ようやく何をしようとしていたのかを思い出す。
「薬、作るんだよな」
「はい。頑張りましょうね」
ココがにこりと笑う。初めて出会った頃と変わらない微笑みに安堵し、胸の重みが静まるのを感じた。
これから行うのが、「味方の救護」の訓練だ。基本は治癒の魔術をかけるのが魔導士の役目だが、魔力が尽きた時でも現場では救護隊としての立ち回りが要求される。そこで、薬の知識が必要になってくる。
「まずはこれか」
透明の小瓶のふたを開け、中に入っているすり潰された植物を摘んで、てのひらサイズの陶器の鍋に入れる。適量の水を加え、火にかける。今回は薬の調合がメインだから、火を起こすのには魔術を使っても良いことになっていた。
「なんか、良い香りがするな?」
液体は薄い緑色に染まり、ふわっと柔らかい香りが部屋に立ち込め始めた。
「これ、お茶にも使うハーブだからですよ。きっと鎮静効果があるんでしょうね」
「へぇ」
こういうことに興味があるとは、やっぱり女の子だな。俺はお茶なんて美味ければなんでも良い性質だからな。ところが、そんな甘い気持ちに浸っていられるのも最初のうちだけだった。
ハーブ茶だった液体に別の薬草を加えると、色が紫に変化。更にココが赤黒い粉末をひとさじ入れる。鼻の奥にツンと来る、緑の煙が上がり始めた。思わず顔をしかめてしまう。
「おいおい、大丈夫かコレ……」
「レシピは合ってますよ」
小さな鍋の中身は、すでにどす黒い色でいっぱいだ。俺の胸も不安でいっぱいだった。
「うげっ!?」
ばたーん! 調合し始めて数分後、誰かが品のない叫び声を上げて椅子から転げ落ち、「またかよ」と他の誰かが呟いた。
俺は体中に汗を噴き出しながら、部屋中に充満した臭いと懸命に格闘していた。俺だけじゃない、この場で意識を保っている者全員が、だ。頭がくらくらしてくるのは、今倒れた奴が羨ましいからかもしれない。
「気絶したほうが幸せなんじゃ……」
生き残った奴らはもう戦友だ。そのうちの一人が弱音を吐きかけ、周囲に無言で窘められる。そんなことは言葉にするまでもなく、周知の事実である。
何を入れたらこうなるんだよ! 最初は良い色だったはずだぞ。仄かな香りもしていた。
けれども、色々な物を入れていくにつれて気配が怪しくなり、気がつけば鍋の中身はねっとりと粘着質な、おどろおどろしい物体へと変わっていた。生きてるんじゃないだろうな?
「ぐっ」
しかも強烈な異臭がする。なんとも表現し難い、今まで嗅いだことのない、「ニオイ」というより「刺激」に近い何かが、鼻をぐさぐさと刺し続けてくる。
「ココ、大丈夫か?」
「は、はい。なんとか……」
訓練で多少は焼けたはずの顔を真っ白にしながら、ココが頷く。すでに男どもが何人も脱落しているのだ。彼女だって平気なわけがない。
どたどたっ! あぁ、また一人散って行ったか。
この異様な空気の中で飄々としているのは師匠だけで、バタバタと兵士が倒れていくたびに魔術で浮かせて外へ放り出していた。そう、放り出すだけで処置は一切なし。本物の鬼だ。
「根性がないのう」
どこの我慢大会の会場だよ! ツッコみたくても、空気を思い切り肺に取り入れた瞬間に終わることは目に見えている。つい先ほど実際にやろうとした馬鹿が身を投げ打って証明をしていた。
「し、師匠」
「なんじゃ?」
俺は空気の節約に努めながら問いかけた。
「これは本当に薬なんスか? 俺には毒を精製してるようにしか思えないんスけど」
数人がカッと目を見開く。きっと、「良く言った!」と、「聞いてはならんことを!」という二種類の反応だろう。
ただし、刺激臭は目にも多大な被害を及ぼしているから、見開いた奴は涙が滲むという悲惨な状況に陥る羽目になる。
「毒じゃと? なんでそんなことを聞くのじゃ」
なんでじゃねぇよ! すでに理性は飛びつつあり、耳の奥で嫌な音がし始めている。命の危機を感じるレベルだぞ!
「こ、この臭いと色……怪我人に使ったら死にそうなんですけど」
焦げ臭いとか、そんな生易しい表現では済まされない。これは「痛み」そのものだ。新型爆弾でも作らされてないか!?
「前に教えた気付け薬の調合を思い出してみぃ。あの時も悪臭はしたじゃろう?」
こんな時に過去を思い出せとは拷問に匹敵する仕打ちだ。が、俺はそうするまでもなく返答する。
「比じゃないっス」
耳鳴りが死者の呼び声に変わってきた頃、師匠は最後のトドメをさしてくれた。
「これしきのことで嘆かわしい。良薬は口に苦し、という言葉を知らんのか」
「これ飲み薬だったのかーーーーーーーーー! あ」
とうとう我慢できず絶叫してしまい、我に返る。吐き出した分、漂う臭気を思い切り吸い込んでしまった。
舌がどろどろと溶け出す恐ろしい幻に駆られながら、俺は気絶した。
オチは想像通り過ぎたかもしれませんが、お約束なので仕方ないですね。
魚がえさに食いつくみたいに、ボケがあったらツッコまないといけないですからね。




