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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第二部 修業の旅編
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第六話 名前と物忘れ

ちょっとした閑話回。人付き合いが苦手なヤルンと、最近それがあまりに酷いんじゃないかと懸念しているキーマのやりとり。

「なぁ、前から気になってたんだけどさ」


 ぎっしり詰まった布袋の中身が(こす)れあって、ごとごとと音を立てる。


「ん? 何?」


 隣を歩くキーマが俺のと同様に物で溢れ返った荷袋を抱え直した。


「師範の名前って、何だったっけ?」


 ごろっ。キーマがバランスを崩し、果実が道端へ転がり落ちる。キーマは、夕陽を浴びて(つや)を放つ赤を一瞥(いちべつ)し、信じられないものを見る目つきで俺を凝視した。


「え、今更?」



 俺達が住むこのユニラテラ王国には、王都の騎士団を始めとしてかなりの騎士団や兵団がある。

 武力を他国へ貸し出しもしているらしく、内外の脅威から守ってあげる代わりに、ユニラテラでは不足しがちな食料などを融通(ゆうずう)して貰うのだそうだ。


 そんな国だから、兵士として出世を志した者は町から町へと渡り歩いて腕を磨く。人の移動は情報や物の流通にも繋がるので、町の側にも利益があるみたいだ。

 今回もそんな町の一つに立ち寄っていた。


「あ~、久しぶりに疲れと(ほこり)が落とせるぜ」

「なんだかオジサン臭いセリフだね……」


 昼のうちに着くつもりだったのに予定が遅れ、やっと町へ辿り着いたのは夕方近く。長らく集落にも寄れずに心身の疲れが溜まっていたため、今日は休養を取っておくよう指示された。


「誰がオッサンだ。こんなチャンス、滅多にないだろ」

「素直に休むって選択肢はないんだね」

「気が乗らないなら寝てればー? お前ならどこででも寝られるだろうしさ」


 お、沈黙してる。まぁ、反論の余地なんてないか。つか、させないし。

 俺達は町長の館へ挨拶に出向いた後、宿を取った。大部屋が空いていれば問答無用で押し込められるのだけれど、今日は珍しく二人部屋へと案内された。


 もともと大人数であるため、一つの宿に入れないことも多い。そういう場合は幾つかの宿に別れて宿泊することになっていて、今回もそのパターンだった。

 ただし、俺だけは特殊というか、必ず同じ宿に師匠が泊まって、夜の訓練をやらされる。ちなみに相部屋にされそうになったこともあったが、それだけは断固拒否した。絶対嫌だ。全く眠れる気がしない。


 それはさておき、相部屋になったキーマと俺はせっかくの機会を逃すまいと画策した。

 一応兵士として給金を貰う立場になったのだし、たまには好きに食べたとてバチは当たるまい。静かに一騒ぎしようと、買い出しに来ていたのだった。食事は宿で出ても、デザートまでよろしくって訳にはいかないからな。


 そこで俺は話題を変えようと、頭に浮かんだ疑問を呟いた。師範の名前についてである。


「……」


 がらがらという音と土煙を上げて、馬車が横を通り過ぎる。あれ、また沈黙した?

 キーマは無言のまま、自分が落とした野菜を拾って布袋に押し込んだ。それから見開いていた目をぐっと細めて「冗談だ、とか言いなよ」と言った。声が異様に冷たい。


「だ、だから、俺は人の名前とか覚えるの苦手なんだってば」

「それにしたって、もうどれだけ一緒にいると思ってるわけ」


 キーマの細目がジト目に変わる。ここはスルー……駄目か。


「う……。え~と、一年と数か月くらい、かな?」


 一層空気が重くなる。


「あのさ。見習いの頃だって毎日顔を合わせてきたし、旅でもお世話になっている人だよ。保護者と言っても過言じゃないよねぇ?」

「ほ、ほら、『師範』って呼べば済んじゃってたしさ。そういうことって、あるだろ?」

「どこの親戚のおばさんだよ」


 本当に今日のツッコミは鋭い。


「まさかとは思うけど、一緒に旅をしてる仲間の顔と名前、一致するよね?」

「……」


 底辺いっぱいまで沈黙が落ち、ぽつりと零れた「呆れた」という言葉が染み込む。


「ヤルン。強くなるのはいいけど、もっと外にも目を向けないと、大事なことを見逃すよ」

「大事なこと?」


 いつも飄々(ひょうひょう)としていて掴みどころのないキーマの口から、信じられない人生訓が飛び出して、面食らってしまった。歩みは止まり、袋の中身も静まり返っている。


「たとえば、チャンス。自分を希望するところへ、ヤルンの場合は騎士に引き上げてくれそうな人との出会いがあっても、その人の顔や名前があやふやじゃあ、アピールの場を失う。コネだとか言って嫌悪する人もいるんだろうけど、良い仕事をしたいなら、人間関係を(なめ)らかにするのが近道だからね」


 俺の口は阿呆みたいに開いていた。同い年で、兵士としての経験もほとんど同じはずのキーマが垣間見せた人生観に、どう反応して良いか判らない。


「ヤルン、聞いてるー?」


 つい数秒ほど前の鋭い光を(たた)えた瞳が、ふいに丸みを帯びた気がした。そこにいたのは、いつもの気怠(けだる)げなキーマだった。


「お前、そんなこと考えてたのか」


 まだ焦点が定まらないまま、俺は溜め息とともに感想を吐き出す。


「別に、一般論を言っただけ」


 一般論は扱う者によって意味を変えるものだ。ただの伝聞か、自らの経験から発せられたかで、印象を違えてしまう。その見極めくらいは出来るつもりだ。仮にも言の葉を操る魔導士なのだから。


「ほら、行くよ」


 ひらひらと手を振って歩き出そうとするキーマにつられ、俺も足を前に出す。今までさして気にはしてこなかったが、実は凄い奴なのかも……?


「あぁ、でも」


 ふいにキーマが振り返ると、旅続きで満足に切り揃えられない金髪が無造作に揺れた。


「師範の名前は覚えて無くても無理ないのかも。今まで疑問を抱かなかったのは、驚嘆の極みだけどさ」


 どういう意味かと訊ねる前に、キーマが悪戯っぽく笑った。


「初日に一度聞いたきりだからさ」

「は? 一回きり!?」

「教官の自己紹介の時のこと忘れた? 面白かったのに」


 うーん、どうだったかな。額に皺を寄せて思い出そうとしても、走馬燈(そうまとう)のように駆け巡るのは師匠の説教と無茶な訓練、生傷を数える自分の姿……。


「ヤルン……」

「なんだよ。哀れみの目で見るなっ」



 結局キーマは答えを教えてくれず、俺が件の「面白い出来事」を思い出したのは数日も経ってからだった。

 きっかけは師匠が師範を「リー」とあだ名で呼ぶ声で、その瞬間に自己紹介の時のことが脳裏に蘇ってきた。


『剣術、体術指南役の……リーゼイだ』


 師範は顔を赤らめながら話し、あまり名前で呼ばれるのが好きではないと語っていたっけ。そうだ、当時、なりたての兵士見習い達は絶句したのだ。


 何故なら、「リーゼイ」はスウェルに咲く可憐(かれん)な花の名にちなんで付けられる、愛らしく育てと女の子に付ける名前だったから。

 そうか、そうだったんだ。俺は不覚にも忘れてしまったんじゃない。あまりに不憫(ふびん)で記憶を封印したんだよ。


「くううっ、なんて可哀想なんだリーゼイ師範!!」


 旅の真っ只中、街道で思わず叫んだ瞬間、前で誰かが盛大に吹き出す音がした。

この後師範がすっ飛んできて叱られます。

ヤルンが名前を覚えないのは、どんどん知識を詰め込もうとする師匠のせいもあるかも?そこまで優秀な頭の持ち主じゃないので……。

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