第五話 冷たい篝火・後編
盗賊討伐の結果は?ヤルン達のその後。
盗賊の討伐は多少の犠牲を出しながらも、概ね成功に終わった。
盗賊団の規模は大きく、戦線は押されたが、町に入られたのは数人のみ。そちらも残らず駆逐できたらしい。
頭は捕まえて牢にぶち込み、斥候は気絶させられていたところを見つかった。命を奪わなかったのは、人質にでもしようと考えたのかもしれない。
重傷者は数人で死者はゼロ。その重傷者も師匠の手当てで完治までの見通しが立ったと聞くし、全体としては上出来じゃないだろうか。
ただし、これらの成果を俺が知ったのは、皆よりかなり遅れてのことだった。
「あ~も~だめ~」
戦闘後、俺は町に戻るなり気絶するようにベッドに倒れこんだ。
森を駆けずり回って魔術を使い続け、多くの人間を救ったのだ。全身が鉛のように重く、魔力も空っぽで心身共にへとへとだった。
そのまま泥みたいに眠りこけ、目が覚めてみると、なんと翌々日の昼を回っていた。のっそり起きると、待っていてくれたらしいキーマが呆れ顔でいきさつを教えてくれた。
「ヤルンが一番ねぼすけだよ。昨日は一日中お祭り騒ぎだったのにさ」
知ったことか。兵士の治療だって、魔力切れを起こしてくたばる仲間が何人も続出する中、俺は最後まで師匠と働き続けていたのだ。
「良かった。目が覚めたんですね!」
着替えて部屋の外へ出てみると、ココが笑顔で出迎えてくれた。彼女の案内で大広間に向かう。
昨日の宴会で使われたらしい、今は綺麗に掃除された大広間の一角で、使用人が淹れてくれた紅茶を飲む。高級な味なんてものはさっぱり分からないが、目は覚めたし、優雅な気分になった。
「やっぱりヤルンさんの魔力が凄いってことですよ!」
キーマと交わした会話を繰り返すと、ココが両手を合わせて褒めてくれる。女子に賛美されるのはちょっと嬉しい。おっと、ニヤけないように気を付けないとな。
「体力の問題のような気もするけどな」
魔導士だって兵士の一員である以上、体力作りは欠かせない。訓練メニューには長距離走や柔軟体操もあるし、今は重い荷物を背負って毎日歩くことがそれにあたる。
最近では本格的に護身術を教えられるようになってきた。魔術ばかりの頭でっかちでは、魔力が切れた途端お荷物決定だからだ。そして、俺は自主的に剣の鍛錬も行っている。
「うんうん。他の連中にスタミナで負けるはずがないな!」
勝手に自己完結していると、キーマが「理由が何であれ」と話題を変えてきた。
「幾らヘトヘトになるまで走り回ったからって、丸一日以上目が覚めなかったのはおかしくない? 他は全員、遅くても昨日の夜には起きて騒いでいたのに」
その点に関しては心当たりがある。
「あぁ、そっちは魔力の使い過ぎのせいだな。治療以外にも結構使ったから」
「どういうことですか?」
固形物を腹に入れたかったのに、出てきたのはくたくたに煮た野菜のスープだった。弱った胃に、急に味の濃い物や固い物を入れるのは良くないって? ちぇっ、俺も無理やりにでも起きて、宴会で旨いもの喰っておくんだったぜ。
「捕まった盗賊、もう見たか?」
「いーや。終了の合図で早々に引き上げたし。……何かしたんだ?」
キーマが勘を働かせた瞬間、大広間の扉が開いて師匠が入ってきた。スープを行儀悪くズルズル飲む俺を視界に留め、目を輝かせる。気持ち悪いからやめて欲しい。
「よくやったのう、ヤルン。おぬしの策、見事成功じゃ!」
「おっ、マジすか?」
話が見えずにきょとんとしている二人を余所に、師匠はついて来いと言った。スープを最後の一滴まで腹に流し込んでから、俺達はその背を追う。
通路を延々と歩き、やがて地下に降りて、着いた先は地下の牢獄だった。
ここは一時的に犯罪者を留めて置くための空間らしく、簡素で狭い。灯りは設けてあったが薄暗く、湿気た風が体に纏わりついた。
「おいっ、なんとかしてくれぇっ!」
野太い男の声にキーマとココがぎょっとして顔を見合わせた。二人が怪訝に思うのも当然だ。こういう場合は「ここから出せー!」だの、領主への恨み言だのを喚くが常識だからな。常識? うん、多分。
「体調不良の人や、怪我を負った人がいるのでしょうか?」
なら、助けないと、とココが心配した。優しい彼女は、たとえ相手が盗賊であっても見殺しには出来ないのだろう。
師匠は無言で首を振って、俺達に牢の中を見るよう指示した。
「わっ」
素直に覗き込んでびっくりする。すぐには数えきれ無さそうな人数が押し込められていたのだ。
数区画に分けられた牢獄はどこも満員で、こちらを睨む者と諦めて俯く者が九割を占める中、まだ元気な奴が薄汚れた体を格子に押し付け、声を荒げる。
「いつまでこんな格好でいさせるつもりなんだよォ!」
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴を上げたココの横で、キーマも口を開き、目を剥いている。情けない盗賊の声に対してではない。その筋肉ムキムキの盗賊の姿に、だ。
「くそっ、俺の足をこんなにした大馬鹿野郎を、今すぐ出しやがれぇっ」
威勢がいいのか悪いのか、涙混じりにのどを嗄らして叫ぶ男の足は、まるで彫刻の如く透けて、牢獄内の僅かな明かりを反射している。
「えーと、どーも。大馬鹿野郎です」
俺が棒読みで名乗り出ると、場の空気が制止した。俺は男の格好が想像以上に滑稽だったせい。師匠は面白がっているだけ。あとの残りは理解が追いついていないのが原因だろう。
最初に我に返ったのはココだった。
「こ、これ、凍りついているのですか?」
「安心せい。動きを封じておるだけで実害はない」
「冷たさはほとんど感じないし、凍傷にもならない。へへっ、凄ぇだろ」
これこそが俺が提案した、踏むと発動する氷のトラップである。罠にかかった者は、誰だろうと足が凍りついて身動きが取れなくなる。敵が通るルートに、前もって沢山仕掛けておいたのだ。
「傷つけずに足止めが出来るスグレモノだぜ。いやぁ、こんなに捕まえられるなんて、頑張った甲斐があったなぁ」
牢を奥まで観察すれば、あちこちに氷像と化した哀れな者達が転がっている。
「な……、お前の仕業だってのか」
目の前の盗賊が呆然とした表情で呟いた。まだ半信半疑らしく、俺と自らの足を何度も見比べている。
「う、嘘だっ。手前ェみたいなみみっちぃガキに、こんな真似が出来るかよ」
ぴきっと頭の奥で音がした。あぁ? みみっちぃ、ガキ?
「情けない姿晒して、負け惜しみ言うんじゃねぇよ」
ムカついて言い返すと、男は完全に俺を下に見たのか、更に煽ってきた。
「はん。どうせ、そこのじじぃがやったんだろ。ガキはいきがってないで、とっととウチへ帰ンな」
ぴき、ぴきぴき。まるで、何かが引きちぎれようとしているような音だ。
「んだと?」
全力で睨み付ける。この時、周囲は何かを察して遠ざかっていった。キーマは近場のブルーティオ兵にも避難を呼びかけている。逆に、揉め事に気付いた盗賊の仲間たちは、檻越しにこちらに近寄ってきつつあった。
「おーい、ヤルンー」
かなり遠くの方から、キーマが「よそ様のお宅だってこと、忘れるなよー」と注意してくる。そうだ、ここで暴発なんかしたら、それこそ礼金を貰えるどころか修理代を請求されてしまう。
「分かってる!」
「なら良いんだけどー」
嘘付け、この距離感、絶対信じてないだろ! ココまで避難してるしっ!
「なんだ。お前、お仲間に避けられてんじゃねぇか」
「うっせぇ!」
真っ赤になって怒る俺を、そいつらはげらげらと笑った。
目の前の馬鹿は、衆目を集めて気を良くしたようだ。泣き言を言っては男が廃るとか、沽券にかかわるとか、そんなことに目覚めてしまったのだろう。
少しだけ不憫な気もする。兵士になる前の悪ガキだった自分を思い出した。
そうして、男は自分で自分に最後の判決を下した。
「お前みたいなチビに、んな凄ぇ魔術が使えるってんなら、今ここで証明してみせろよ。ほれほれ、出来ねぇだろ、このクソガキが」
「……歯ぁ、食いしばれ!」
俺の返事はただ一つ。全てを凍てつかせる呪文だけだった。
その後、改めてブルーティオ領主から感謝の言葉と謝礼を受け取った俺達は、町の人達にも盛大に見送られながら町を去った。
「謝礼って何だったんスか? お金?」
馬上の師匠に訊ねると、「そうじゃ」と頷かれる。あれだけ体を張ったのだから嬉しいことではあるけれど、兵力を売るような真似をして大丈夫なのだろうか。
「国の軍規? に引っかからないんスか?」
「きちんと報告書を提出すれば問題ない。謝礼金の金額も、定められておる範囲内じゃ」
へぇ、そんな決まりがあるのか。確かに、今回みたいに国が支援できない場面もあるとなれば、相互協力は大事だ。必然的にルールも生まれるわけか。
「……って、何かにやけてません?」
「む、分かるかの」
毎日毎日、嫌というほど顔を合わせているから良く分かる。師匠は今、やけに上機嫌だった。
「もしかして、かなり儲かったとか?」
「それもある」
「あるのか。ちなみにどれくらい……、『も』?」
それも、というなら、他にも理由があるはずだ。でも、俺には全く思い付かない。……なんだろう。嫌な予感がする。
「お主じゃよ、ヤルン。今回の働きぶり、なかなかのものであった。いつの間にやら魔力制御も上達しておると分かったしのう。師として、弟子の成長はまこと嬉しいものよ」
褒められてもちっとも喜びを感じない。冷や汗が背中を滑り落ちた。
「よし、夜の特訓を更に進めるぞ。楽しみにしておけい」
「やっぱりそれかよ!」
楽しみなのはそっちだけ! 俺を巻き込むんじゃねぇっての!!
色々ありましたが、結局お決まりのオチでした。
牢獄での、盗賊とのやりとりはもっとシリアスにしようとしてやめました。一文だけ名残が残っているだけで、全員氷漬けコースです。
次回はこれまで存在感が薄かった「あの人」のお話。




