最終話 空からの訪問者再び、そして・前編
前半は恐ろしい手紙のお話、後半はタイトルのまんまです。
「わっ! ま、またお前らか。ビックリさせるなって言ってるだろ!」
「ただいま帰りましたぁ」
「こら、話は終わってないぞ!」
「あははは、また今度でお願いしまーす」
多少トラブルはありつつも、ウォーデンでのひと時を過ごした俺達はようやく王都へと帰還した。門番にはまたしても驚かれてしまったが、説教を適当にやり過ごしてひとまずは騎士寮に向かう。
もう夕暮れは過ぎ、夜に差し掛かりつつある時間帯だ。自室に荷物を置いたら食堂に降りて夕食をと思っていたのである。
「……またかよ」
部屋の前にはまたしても見張りの兵が立てられていて、そのままセクティア姫の元まで連行されてしまったのだった。
「あの、もうこんな時間ですし、移動で疲れているので明日に……」
姫の部屋に行くやいなや一応の抵抗を試みると、仁王立ちで待っていた彼女の目がギッと吊り上がってしまった。
「ふざけないで。こっちは帰ってくるのを今か今かと待っていたっていうのに!」
どういう意味だ? 新緑を連想させるドレスを身に着けている姫は、首元の銀のペンダントが揺れるのも構わずヒールの踵を踏み鳴らした。
足の長い絨毯のおかげで音自体はかなり吸収されているけれど、穴が開いてしまいそうでハラハラする。絶対高いだろ、恐ろしいから止めてくれっ!
「ち、ちゃんと予定通りに帰ってきたじゃないスか」
「これ見なさいよ」
こちらの主張をガン無視し、彼女は一通の手紙を差し出してきた。白くて艶があり、一見して上質な紙であることが判る。俺は受け取り、封蝋の下に記された差出人を確認して軽く衝撃を受けた。
「ふ、フレイル王子?」
何だってあのワガママ王子が手紙なんかしたためてくるんだ……? 嫌な予感が全身を駆け巡る。ハッとしてくるりと封筒を裏返し、宛名を見て今度こそ雷が落ちたかのような衝撃を受けた。
「う、ウソだろ……!?」
「ねぇ」
姫は大きな青い瞳に剣呑な光をたたえて言う。
「どうして隣の国の小さな王子様が、というか私の甥っ子が、恋文なんて送ってくるのかしら? ルルちゃん宛てに」
「らっ、ラブレター!?」
良く見れば既に封は切られていた。城に出入りするものは全てチェックされるのだから当然だ。
ってか、配達人も、「ルル」が誰だか分からずに困ったんじゃねぇかなぁ。差出人が王族だから悪戯で処理出来る案件でもないし。
「私がフリクティー出身なのは皆も周知の事実だし、つい先日まで帰郷していたのも知られていたから最終的に回ってきたの。悪いとは思ったけれど、読ませて貰ったわよ」
俺はごくりと唾を飲み込み、震える指で中の紙を取り出してカサリと開く。
そこにはなかなかに上手い筆跡で魔術学院に入学したことや、まだ数日だが頑張っていること、そして「一人前の魔導師になるのを待っていて欲しい」と書かれていた。
さすがは王族、あんなのでも綺麗な字を書くんだな……じゃない!! 一緒にくっ付いてきていたココとキーマが両脇から覗き込み、「これは」と声を揃える。
「間違いなく恋のお手紙ですね」
「しかも限りなくプロポーズに近いよ。熱い男気が感じられるねぇ」
ねぇ、と再び姫がねっとりとした調子で問いかけてくる。どういうことなの、と。その上で言った。
「もしかして、私の大事な故郷をいずれは我が物にしようと思って、まだ何も分からない子どもを誑かそうっていうんじゃないでしょうね?」
どんな被害妄想だ!?
「ち、違いますよっ。誤解、誤解っス!」
事情を説明しろと迫る彼女を納得させるのに、俺はかなりの時間と労力を注ぎ込む羽目に陥ってしまった。しかも物凄く恥ずかしいエピソードのため、拷問を受けたような心地だ。
「……成程。貴方も相変わらずね」
「ぐぐ」
しっかし、ちょっとスウェルやウォーデンに行っている間に、予想以上にヤバイことになってるな。放っておいたら、絶対に後でとんでもないことになるパターンに違いない。
「ちゃんと処理して置きなさい。数年後に貴方を王妃として送り出すなんて嫌よ」
「だから妙な妄想から離れて下さいってば!」
なんで皆、寄ってたかって俺が王妃になる妄想を繰り広げるんだ? そもそもれっきとした「男」なんだけど! 忘れてませんかね!? そう強めに主張したら、ココに冷静な顔で「だって」と言われた。
「変身術が使えるようになったら、その問題は解決じゃありませんか」
「解決すべき問題はそこじゃねぇ! ……はぁはぁ」
俺はツッコミ疲れ、肩で息をする。「幾ら外国だからって重婚は犯罪だよ」だのと斜め上のボケをかましてくるキーマを放置し、部屋を辞すことにした。付き合ってられるかっての!
物凄く今更ながら腹を括り、返事を書くことに決めた。もちろんお断りのだ。
「つうか身から出た錆って言っても、何が悲しくて男からのラブレターに返事なぞ書かなきゃならないんだ? うおぉおお……!」
しかも人生初のラブレターがこれって……くっそ、泣いてやる!!
だが、騒動というものは連続すると相場が決まっているらしい。
どう返事を書いたものかと2日ほど仕事をしつつ取り組んでいると、日もとっぷり暮れた夜に部屋を訪ねる客があった。それも窓からの訪問者である。
「よう、元気そうだな」
こんな心臓に悪い訪問の仕方をする知り合いなど限られている。夜闇で一際異彩を放つ銀の髪と、煌々と光る紅い瞳。濃い色のマントを羽織った若い男――ルーシュであった。
その正体はゆうに300を超える年月を生きてきた吸血鬼で、空に浮かぶ城に住まう一族の次期当主でもある。
「頼むから、ちゃんとドアから入って来てくれよ」
彼は口元からうっすらと鋭い牙を覗かせながらククと笑った。血を吸われることはないと知ってはいても、本能的にゾクゾクと恐怖を感じてしまうからやめて欲しい。
「細かいことを気にしてたら早死にするぜ?」
「全然細かくない。で、何しに来たんだ? また師匠に用事か?」
呼んで来いというのなら少々面倒だ。俺が生活する騎士寮と、師匠が寝泊まりする兵舎とはそこそこ離れているからな。ま、その時はパッと「飛べ」ばいいか。
……などと考えていたら、ルーシュは「いんや」と首を振った。
「今日はお前に用があって来たんだ」
「は? 俺に?」
意外な展開である。ルーシュの用があるとすれば魔術陣のチェックだろうが、それは少し前に済ませたばかりだし、あの師匠に魔術関連のことで手抜かりがあるとも思えない。
他にも特に理由を思い付けずにいると、意外な話は続いた。
「イリス、覚えてるだろ?」
「イリス? ……あぁ、確かお前の妹だったっけ」
すぐに顔が思い浮かんだ。兄であるルーシュと同じ髪と瞳をした幼く無邪気な少女……いや、幼女だ。5歳くらいだったか?
彼は「おう。俺の可愛い可愛い妹な」と、どうでも良い訂正をしてきた。そういや、めちゃくちゃ可愛がっていた気がするな。
「そのイリスがお前とまた遊びたいって言うもんでさ」
「はぁ? 俺は子守りじゃねぇ。騎士なんだっつの」
なんて雑な依頼だと思いつつ告げると、彼は目を丸くして「あぁ、お前騎士だったのか」と呟いた。
「知らなかったのかよ! じゃあ今の今まで何だと思ってたんだ!?」
「んー、なんでも屋?」
そりゃあ自分の活動を振り返ってみると、そう思われても仕方ないかもしれないけども。釈然としないっ!
「俺は騎士。だから他をあたってくれ。ってか、あんなデカい城に住んでるくらいだから、遊び相手くらいいっぱい居るだろうに」
ルーシュは「遊び相手はな」と一部を認めつつも、魔導師の知り合いはほとんどいないのだと言ってきた。どうやら前にココと見せてやった術をイリスが大層気に入り、また見たいとご所望らしいのだ。
魔術か。確かにその希望に沿える人間は限られてしまうかもしれない。
「ちゃんと礼はする。頼む」
「ってもなぁ。前の時だってウチのお姫様がカンカンで大変だったんだぜ」
「この通り! 1日だけで良いんだ」
……はぁ。俺は甘いのか優しいのか。多分、甘いんだろうな。
ルーシュには明日もう一度迎えに来るように伝えた。1日だけとはいえ、周りには話を通しておかなければ大騒ぎしそうな人間が何人も思い浮かぶ。
このままだと姫にマジでクビにされ……いや、それより騎士の資格の剥奪の方が、確率が高いかもしれない……!?
いつもお読みくださっている皆様、ありがとうございます。
長々と続いたこの物語も一区切りです。
悩んでいるのは、ココ視点の話を書きかけていて、投稿すべきかどうかです;
他にも、やり損ねた叙勲式やもっと成長した双子視点のお話など、書きたいネタだけはありつつも、一度閉じた方が良いと考えています。




