第五話 かねてからの願い・後編
懐かしい顔ぶれと、ちょっとした発見と?
「せんせー!」
オフェリアに続いて教室を覗き込むなり、三年生がわっと声をあげて走り寄ってくる。最初に呼びかけてきたのは予想していた通りハリエだった。
彼女は遠目にも分かる特徴的な赤毛を、猫みたいに逆立てて憤慨する。もしも尻尾があったら絶対にピーン! と立てたに違いない。
「もうっ、先生達ってば急にいなくなるなんてひどい!」
「悪い悪い。こっちにも事情があってさ」
なんとか宥めようとするも、逆に油を注ぐ結果になったようで「そんなの知りません!」と怒鳴り返されてしまった。うぐぐ。
「もっと教えて貰いたいことがいっぱいあったのに、挨拶もなしで行っちゃうなんてサイテーっ」
『そーだそーだ!』
全員が声を揃えてブーイングし、わらわらと纏わりついてくる。
「わわ、皆さん落ち着いて……!」
「お、押さない押さない」
見ればココもキーマも同じ状況に陥っていた。ココの周りには勉強の面倒を見てやっていた女子生徒の姿が多く、キーマの周りには一緒に遊んでやった男子生徒が多い。俺のところは半々といった感じか。
中には訓練で魔力感知の能力を伸ばした子もいるようで、俺やココに触れて「うわっ」とか「えぐっ」とか言って顔を顰めていた。エグいっていうな!
「先生達、もしかして戻ってきてくれたんですか?」
希望の眼差しを向けて問いかけてきたのは、眼鏡の少年・セオドアだった。真面目な優等生で、このクラスの纏め役だ。う、そんな目で見つめられると非常に心苦しい。が、嘘をつくわけにもいかない。
「いや、こっちに来る用事があったから寄っただけなんだ」
「そうなんですか……」
ごめんなと謝ると、「えーそんなぁ」というガッカリした声があちこちから聞こえてきて、あからさまに落ち込ませてしまった。
様子を見たかっただけだけれど、中途半端に顔を出さない方が彼らのためだったか。
……っと、そうだよな。まだ時間はあるのだし、会話だけってのも面白くないよなぁ。
「オフェリア先生、この時間の授業って」
顔を向けて質問すれば、それだけで彼女にはピンときたらしい。くすくす笑って「使って下さって良いですよ」と言ってくれた。俺はパン! と手を打ち、静かになった生徒達にニッと笑ってみせた。
「よし、みんな外に出るぞー!」
外に連れ出し、もうすぐ見習いとして兵役に就く生徒達の成長をチェックさせて貰うと、伸びには目覚ましいものがあった。
地水火風の基礎はもうバッチリ出来ていて、それは彼らの年齢からすれば称賛に値する進度だ。新しいカリキュラムの効果も出ているのだろうが、学ぶ本人のやる気に火がついてこそだろう。
「どう? 私達もやるでしょ。ビックリしました?」
中でもハリエやセオドアを始めとする数人は、俺とココが以前見せた『成れ』を完全に習得していた。魔導書を一言で小さく軽くしたりするあれだ。
「おう。したした」
得意げに胸を張るハリエにコクコクと頷いてやる。素直に凄いと思う。自分が教えた内容を誰かが、それも楽しそうに吸収するのは思った以上に面白いことで、こちらの気分までが高揚してきた。
師匠も俺に魔術を教える時にはこんな気持ちなのかもしれないな? それはさておき、俺は生徒達に術を披露してくれたお礼がしたくなった。
彼らが喜びそうなものといえば、やはり魔術に違いない。それも中途半端な難易度でないものの方が断然、面白いはずだ。
そう考えて、まずはセオドアを手招きで呼び寄せた。やってきた彼のクリーム色の頭をポンポンと軽く叩く。……よし。
「? 何ですか?」
「まぁ良いから見てろって」
それから少し離れるように伝えた。幾らか離れたのを確認し、呪文を口の中だけで小さく唱えてパチン! と指を鳴らす。
すると生徒の輪の中にいたセオドアの体がパッと消え、10歩ほどの距離のところに立っていたココのすぐ脇に現れた。揺れるその肩を彼女が両手で抱きとめる。
「えっ、何々? どうなってるんですか?」
急に景色が変わってしまい、少年は眼鏡の奥の瞳を白黒させている。それは他の子達も同様で、ざわざわと大きくざわめいた。
「へへっ、今のが転送術だ。どうだ、面白いだろ?」
正確にはそのアレンジである。ココが発明した箱を飛ばす術の応用で、セオドアに触れた時に魔力を流して「指定」し、飛ばしたのだ。転送術は元々人や物を移動させる術だから安全性にも問題はない。
「凄い凄い!」
「どうやったの?」
「教えてー!」
せがまれたココは苦笑気味に「皆さんにはまだちょっと早いかもしれませんね」と応え「ええ~」とまたしても非難を浴びてしまった。ま、そのうちにな?
大興奮する生徒に更にテンションを上げた俺は、だったら次は飛空術を見せてやろうとして……キーマに腕をツンツン突かれているのに気付いた。んん?
「なんだよ、今良いところなんだから水差すなよな」
「あれ見て、あれ」
「……あ」
相棒の指さす先にはオフェリアが棒立ちになっていて、口をあんぐり開けたまま完全に固まりきっていた。やべ、また調子に乗り過ぎたか。
慌てて手を引っ込めるも、時すでに遅し。はっと我に返った彼女がズンズン迫ってきて、「少しは加減をして下さい!」と叱られてしまうのだった。
もしかすると俺達がさらわれた場面を思い出してしまったのかもしれず、少し涙目になっている。す、スミマセン。
なおも教えろと食い下がる生徒たちに「じゃあな」と別れを告げ、俺達は学院長室を訪れることにした。断じて、怒り続けるオフェリアから逃げるためではない。
ウォーデン魔術学院長のメルィーアとは王都で会っているからそこまで久しぶりでもないけれど、来た以上は挨拶くらいすべきだろう。それに、とある用が頭にふっと浮かんだのだ。
「まぁ、魔術陣を診て頂けるのですか? それは助かりますわ」
ふっくらとした体形の彼女は、俺の申し出を聞くと顔を綻ばせた。そう、浮かんだ用とは魔術陣のことだ。この学院にも小規模ながら結界が張られている。とすれば、要となる陣があるはずだと思ったのだ。
「ちょうどそろそろお願いしようと思っていたところだったのです」
メルィーアのこのセリフも予想した通りだった。ユニラテラ王国に陣の管理者が何人いるかはハッキリしないにしろ、スウェルに近い以上は師匠の管轄区域に違いない。
それはいずれ自分に回される仕事であることをも意味している。だったら来たついでにやってしまうのが効率的というものだ。
「えーまた留守番ー?」
「大人しく良い子で待ってるんだぞ」
「ぶーぶー」
「って、マジでガキみたいなこと言うんじゃねぇ!」
勝手に連れていったら、後で師匠に何を言われるか分かったものではない。渋い顔で延々と文句を言い続けるキーマを置いて、ココと地下に降りる。
同じ人間が作ったか、はたまたその人間を師にあおいだ弟子が作ったのか。いずれにしろ、階段の先はどこも似たり寄ったりの構造になっていた。触れる術者の魔力を吸い取って開く扉と、その奥で光る魔術陣である。
「……ん?」
「どうかしました?」
結界のサイズに合わせて陣も城のものに比べて小さい。二人で手分けをしてさっさと済ませようと取り組んでいるうちに、俺は見慣れないものを見付けて「なぁ」とココを呼び寄せた。
地面に刻み込まれているその文字と記号を指でなぞってみる。結界を示す「護」や、それを大きく広げるための「展開」といったシンボルではない。
「これ、『成長』じゃないか?」
「そうみたいですね」
そう、古代語で「成長」と書いてあったのだ。魔導書を開いて確認してみると、師匠から教わった記号の中にもきちんと記されている。植物の芽生えを模したその記号も全く同じ意味だ。
訳も分からず頭に詰め込んだ知識の現物に、こんなところでお目にかかろうとはな。
でも、なんで結界に『成長』? 結界がどんどん大きくなる、とかか? ……便利などころか困るだけだろうに。
「決められた範囲に発動しない結界なんて、害悪でしかありませんもんね。切り離して考えた方が良いのでは?」
それもそうか。魔術陣は結界を張るためだけにある物じゃないんだからな。待てよ、ここは学校だ。ってことは、『成長』するのは……。
「もしかしてこの学院にいる生徒や先生、とにかく人間を成長させるためのものってことか?」
「人間を? そんなことが可能なんでしょうか」
ココは首を捻って考え込んでしまった。何をどう成長させるのかも、そもそも効果があるのかも疑わしいけれど、俺は広げたままの魔導書にこのことを書き加える。
「何をしているんですか?」
「これがあればもっと背が伸びるんじゃないかと思ってさ。学院に残れれば手っ取り早いんだけど、そうもいかないだろ」
「王都で皆さんがお待ちですからね。……えっ、もしかして?」
俺の考えに気付いたらしい彼女は、「大丈夫でしょうか」と呟いた。
ちなみに、魔術学院の皆に別れを告げた後はウォーデン城にも足をのばした。目と鼻の先なのだし、こちらの陣もついでにチェックしておこうと思ってのことである。
もしも駄目だったら出直すことにしよう、程度の感覚だ。しかし、これがよろしくなかった。
「う、うっかりしてたな」
「ですね……」
向こうにしてみれば「王都の、しかも王族付きの騎士が領主様を訪ねて三人も来た!?」とちょっとした事件になり、城内が大騒ぎになったのだ。
訪問の理由が城の主でなければ伝えられない内容だったこともあって、大いに手を煩わせることになってしまった。キーマが言う。
「領主様にしたら騎士を無碍には出来ないし、陣を診て貰えないのも凄く困るもんねぇ」
「そう考えてみると、酷い脅しみたいになってしまいましたね」
「新手のカチコミかな?」
「ち、違ぇって! そんなつもりなかったんだってば!」
なんとか取り次いで貰って理由を話し、事なきを得たけれど、「そういったことは先触れを出して欲しい」と弱り切った顔の領主サマに切々と訴えられてしまい、俺達は並んでただひらすら平謝りするしかないのだった。
すす、スミマセンっ!
主人公にしてみれば「どーもー、魔術陣の点検にきましたぁー」的な、まるで管理業者のようなノリだったわけですが、向こうは予告なしの立ち入り検査にでも遭った気分です。




