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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
第二部 修業の旅編
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第五話 冷たい篝火・中編

とうとう始まる盗賊の討伐任務。多少、流血等の表現がありますので、苦手な方はお気を付け下さい。

 盗賊の討伐に参加すると決まってからは、目も回る忙しさだった。なにしろ敵は今夜襲ってくるのだ。のんびりと休んでいる暇などない。


「てかさ、どうして領主サマは攻めてくる日時が今日だって分かったんだ?」

「そりゃ、ずっと被害にあってきたわけだし、スパイくらい潜ませてるんじゃないの?」


 キーマの返答になるほどと頷いていると、師匠達が簡単な打ち合わせを済ませ、立ち上がって告げた。


「まずは役割分担を行う。剣士は町の警備にあたるように。賊を見つけたら笛で知らせよ。応戦は可能な限り避け、町民の避難誘導と救護を第一とするのじゃ」


 はっ! という声と共に、命令された者達がびしりと敬礼する。

 次に、魔導士の中からココを含む数人を選び出し、剣士と共に行くよう命じた。補佐の補佐ってところだろう。領主の案内で、師範ともども準備のために部屋から出て行く。

 残るのは俺と、仲間内でも体力がありそうな数人だけだ。


「さて、おぬしらは前線に行ってもらう」

『!』


 薄々感づいてはいたものの、はっきり言われるとどきりとする。


「もちろん戦うわけではない。援護と負傷者の手当てのためじゃ」


 その一方で、今回の作戦で最も危険な任務だとも言われた。後方とはいえ立派な戦場だ。いつ、味方の防衛線を突破した敵に刃を向けられるとも分からない。


「無理にとは言わぬ。己の力量にそぐわぬと感じたら、正直に申し出るがよい」


 全員が押し黙る。視線を交わし合い、どう出るべきか探り合うような雰囲気が漂う。


「……」


 心の準備をする時間は僅かだ。もし覚悟のない人間が混じっていたら、足元をすくわれるかもしれない。顔見知りの誰かを今夜で失うかもしれない。そんなじりじりとした空気が流れていたのだが。


「言うのを忘れておった。ヤルンよ」


 ふいに呼ばれて顔をあげる。


「お主は前線決定じゃ。あれだけ息巻いておったのだから、文句はあるまい?」

「そ、それは、……もちろん!」


 周りの奴らの反応が気になっただけで、最初から引き下がるつもりはない。けれどもつい「逃げ道なしかよ!」とツッコみたくなるのは、師匠のにやけ顔のせいだ。ワクワクしているように見えるのは、やっぱり気のせいじゃないな?


「こんな経験は滅多に積めるものではないぞ。ふぅむ、戦場の空気も久しぶりじゃ。ここいらで腕試しと行こうかのう」


 は? 腕試し? 誰の?


「……俺達の役目は、援護と負傷者の手当て、スよね?」

「どうじゃ」


 任務内容を確かめようとしたのに、師匠は逆に問いかけてきた。こっちの話なんて聞いちゃいねぇ。


「この間教えた、火の魔術は完全に会得出来たかの?」


 俺以外の全員が目を剥いた。

 魔術習得の順序には定型がある。まず、比較的操りやすい風の魔術の基礎を習い、慣れたら水を扱う。コントロールが優しく、癒しなどの後方支援に役立つ術が多いためだ。


 後は、風と水による簡単な攻撃魔術といった応用編を学びながら、土と火の基礎を身に付けていく。見習いの訓練はここまでである。

 そして、見習いを脱した後は、いよいよ土の応用を教わる。現在の我が隊の進度はここだ。明かりや簡単な火付けを除き、本格的な火の魔術はカリキュラムでいうと先の先。皆が驚くのも無理はないのだ。


「……それは、まぁ」


 黙っていても仕方ない。俺はしぶしぶ頷いた。再びどよめきが広がり、いたたまれない気分になる。

 ほぼ毎晩の訓練で、通常よりずっと早く様々な魔術を叩き込まれていることは分かっていた。


 新しいことを教わるのは素直に面白いし、出来るものならやってみろと言われれば、やる気に火がついてしまう性格だ。なにより、このじいさんは嫌だと騒げば許してくれるような優しい相手じゃない。

 でも、他の奴等に知られれば余計に色眼鏡で見られることも分かっていた。ったく、デリカシーのないじいさんだぜ。


「そうかそうか」


 なに? なんでそんなに楽しそうなのさ。援護と負傷者の手当て、だよな?


「良い実践の場じゃ。敵が潜む森に一発、いや、数発はお見舞いしてやれい」


 あぁ、狼煙(のろし)代わりに景気良くドカンと一発かましてやるのか……って!


「かっ、火事になるだろーがっ! 味方が山燃やしてどーすんだよ!!」


 そんなことをやらかせば、礼を言われるどころか、盗賊よりタチが悪いと判断されかねない。それなのに、師匠は口をすぼめる。


「なんじゃ、つまらんのう。山が燃えたら消火すればよいではないか」

「『よいではないか』じゃないっ! どこのガキの屁理屈だよっ!」


 またか。俺にだってある程度備わっているイッパンジョーシキってやつが、このじいさんには時々欠けている。それもかなりごっそりとだ。

 もしかして、そのせいで凄い術者のはずなのに地方の城の教官なんて微妙な地位に追いやられているんじゃ。……いや、こんな想像はしない方が幸せだ、多分。


「はぁはぁ。こ、コホン」


 俺は軽く咳払いをして気を取り直した。じいさんはあくまで上司だ。ツッコミを入れていたらきりがない、もとい、無礼な態度を取り続けるのは兵士としてはまずい。


「火の手が回ったら、この町の人達や俺達も危ないです。それより」


 代案を挙げながら、我ながら面白いとほくそ笑んでしまうのは、やはりこの師匠にしてこの弟子あり、なのかもしれない。



 いつもなら夜遅くまで煌々(こうこう)(とも)っている店の明かりも、飲み明かそうとカウンターにしがみついて騒ぐ大人達の声も、今夜だけは嘘のように消え失せている。

 代わりに()かれるのは兵士達が手に手に掲げる松明(たいまつ)と、一定の距離を置いて配されている篝火(かがりび)だ。どの兵士も腰に磨き上げられた刃剣を帯び、辺りを巡回していた。しかし、俺の姿はそこにはない。


「寒っ」


 ローブの端を掴んで引き寄せる。辺りは夜の色に染まり、尚且(なおか)つこんな茂みに身を潜めていたのでは手元さえ危うい。

 俺達は町から離れた森の中にいた。ここに来る途中の開けた場所には、野営のテントがいくつも設置され、攻撃の拠点になっている。そして、森の奥には賊の動きを探る為に幾人かの兵士が送り込まれていた。


 目の前には武装した男達が列を成す。彼らこそが最前線で戦う者達であり、俺達が援護すべき相手でもある。


「……」


 目を細めて辺りを見回した。まだ敵の気配はない。

 先程は「手元さえ危うい」と表現したが、実は俺達には闇の先がある程度見えている。感覚を研ぎ澄ます術を、各々が自身にかけているからだ。猫の目のように夜でも遠くまで見渡せるようになり、音や匂いへの感度も上げられる。


 便利だからブルーティオ兵にもかけたいところだが、あいにく師匠以外はまだまだ未熟な術者揃い、他人に施した術を長時間持続させるほどの余裕はない。

 葉が擦れ合う音と、呼吸する息遣いが耳に届く。


 じっと息を潜めて待つのは、想像以上に根気のいる作業だった。身動きが取れない上、常に気を張っていなければならない。ともすればプツンと切れてしまいそうになる意識の糸を、風の冷たさという助けを借りながら、必死に手繰(たぐ)り寄せていた。


 ――異変は、見上げた空の月が今夜は細いな、と思った瞬間に起こった。


「!」


 (かす)かな物音にびくりと体を強張(こわば)らせたのは俺だけじゃない。隣の奴もその隣の奴も、いや、魔導士全員が反応した。

 足音だ。それも何人もの。


 敵の様子を探りに向かった兵士でないことは、靴音の質が違うことですぐに分かった。彼らが戻って来ないなら、何かアクシデントでもあったのか。

 生えた木々を縫うように迫ってくる「奴ら」は、どんどんこちらに近付いてくる。このままだと数秒と経たずに目の前に現れるはずだ。


 そう思った次の瞬間には、茂みの奥からいくつもの影が躍り出た。手に持つ刃が薄い月明かりを反射し、俺の目を焼く。

 きぃん、きん! と甲高く鳴るのは、兵が剣で受け止めて弾き返す鋼の音だ。


「……っ」

『決してこの術を乱用してはならぬぞ』


 ここにきて、ようやく師匠が予め喚起(かんき)した注意の意味が解った。耳が、鼓膜が痛くて仕方ないのだ。

 感覚が鋭くなる代わりに、(もろ)くなってしまった気がする。宴会場や人ごみで不用意に使った日には、気が狂ってしまうのじゃないだろうか。


「や、やめてくれ」

「痛い痛い!」


 一緒に隠れていた隣の奴が、青い顔をして耳を(ふさ)いだ。他にもガタガタ震えだした仲間がいて、こちらにまで恐怖が伝染しそうだ。


「!」


 金属音に混じって、何かが切れる音がした。次いで重いものが地面を叩き、嫌な臭いが鼻を掠める。

 人が倒れた? ……行かなければ。

 俺は血の気が失せていく全身を奮い起こして立ち上がった。怪我人の救助が任務だ。目の前で繰り広げられる命のやり取りを、黙って見物しているわけにはいかない。


「さて、行くかの」

「はっ!」


 師匠が短く命じ、俺を含め、かろうじて冷静さを保っている仲間を連れて戦場に向かった。途中、視線は極力落とさないように気を付けた。べっとりと濡れ広がる赤黒い液体を直視しないために。


「っ」


 息を吸い込むと、なんとも言えない臭いが肺に飛び込んでくる。鍔迫(つばぜ)り合いの音が響き渡る中、戦いが苛烈さを増すごとに、辺りにはそれが濃く強く充満していった。


「うぅ、きつ……」


 誰かが思わず弱音を吐いた。息を止めても、吐き気を催すような臭気は肺を確実に侵していく。極めつきは兵士達の負った深い傷口だ。とても直視出来るものではない。


「お主らは傷の浅い者を見てやれ」


 重傷者は師匠が応急処置を施した後、テントへ運び、待機している救護班が治療する。俺達の役目は戦線へ復帰出来そうな兵の面倒を見ることだった。

 ざっと見回すと、腕を切られた者や足から血を流した者が、そこらにごろごろと転がっている。まさに地獄絵図だ。


『時を統べる者よ。その流れを止め、倒れ伏す者に今ひと時の活力を与えよ』


 逃げ出したくなる気持ちを抑え、俺は片っ端から血止めの薬を塗りたくり、傷を塞ぐ呪文を唱えまくっていった。


「あ、ありがとう。これでまた戦える」


 兵士の方は治療される間、大抵が呆けた顔で自分の傷が癒える様を眺めていた。

 魔導師が少ないから、こんな風に魔術で治してもらう機会があまりないのだろう。処置後に俺を見詰める瞳には、感謝と畏怖(いふ)が宿っていた。


「ふぅ、思ったよりしんどいな」


 旅に擦り傷や切り傷は付き物だから手当てにも慣れてはいるが、こんなに連続して術を行使したのは初めてだ。さすがに何人も看ると汗が噴き出し、足取りも重くなってくる。

 治療に専念するために併用していた感覚強化の術を解くと、予想以上の夜の濃度に驚いた。


「うっ、助けてくれ……」

「痛い……、腕が……!」


 呻き声は夜が明け始めるまで途絶えることはなく、俺達に休息の時が訪れたのは、それより更に後だった。

初めての本格的な戦場で、汗だくになりながら駆けずり回るヤルン達。長かった第五話も次回でおしまいです。

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