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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
後日談Ⅱ 帰郷偏
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第五話 かねてからの願い・前編

せっかくスウェルにいるのだから……と、今回はちょっと懐かしい再会のお話です。

「師匠、これは?」

()らぬ」


 師匠の部屋の掃除は「壮絶」の一言だった。まずは散乱した書類を片付けなければならず、しかも単に廃棄すれば良いだけでもないから大変だ。


師匠せんせい、こちらはどうしましょうか」

「それは必要じゃな。ふむ、つづりはどこにいったか……」

「ったく、まとめてあるものをわざわざバラすからっスよ」


 こんな調子で一枚ずつ本人がチェックして選別しなければならなかったため、時間がかかって仕方なかった。

 あらかた紙類が片付いた段階で、今度は書物の処理だ。要・不要をこちらも一冊ずつ確認し、必要な物は王都に送らなければならない。


「送るくらいは自分でして下さいよ?」

「じゃから、置いておいても構わぬと言うておろうに」

「駄目だっつってんでしょーが。どうしてもってんなら、近くに貸し倉庫でも借りて下さい」

「面倒な」

「あぁ? 全部()すぞ。そうすればこんな手間から解放されてスッキリ解決だろ」


 言ってやったら、師匠はにやりとほくそ笑んだ。嫌ぁな予感がする。


「わしは一向に構わぬぞ。書に込められた魔術が一度に作動して、この城など容易に吹き飛ぶがな」

「アホっ! んな恐ろしい爆弾を放置しようとすんなッ!!」


 何の笑顔なんだ。まだまだ知識の乏しいキーマには借りパク状態だった書物の返却を頼んでいたのだが、俺達のやりとりを見て「こんなに大変なのに元気だねー」と抑揚もなく言った。



「はぁ、疲れた……」


 結局、片付けは4人がかりでも丸1日近くかかってしまった。その時間のほとんどはチェックに費やされたが、運び出す物が慎重を要する品ばかりだったせいもある。

 師匠が(おど)してきた通り、魔術書はとにかく危険なのだ。他にも室内には貴重な薬品などが置いてあり、おかげでその辺りの兵士に手伝いを頼むことも出来なかった。畜生め。


いな。わしがおらぬからと言って魔術の訓練を(おこた)るでないぞ。戻ったら呪術の講義の続きじゃ。そのためにも、くれぐれも占術の復習を……」

「分かったわかった、ちゃんとやるから早く行けって」

「なんじゃその言い草は。ココ、この馬鹿弟子を頼んだぞ」

「馬鹿って言うな!」

「はい、お任せ下さい」

「ココも少しは否定してくれっ。……はぁ」


 念のため、以前俺達が使っていた部屋も空っぽであることを確認してから、王都に師匠ごと荷物を送ってようやく一連の作業は完了である。

 ……師匠を送ったのは荷物の管理のためだぞ。邪魔だからじゃな……くもなかったな。いないと気が楽なのは事実だし。


 ちなみにココはセクティア姫宛ての手紙を預けていた。中身は軽い近況報告である。「挨拶が終わったら結果を知らせなさい」と命じられていたためだ。相変わらず公私混同の激しい職場で困る。

 今は重労働から解放された翌日で、正門の前で一息ついているところだった。世話になった皆への挨拶回りも済んだし、後は……。


「それで、ヤルン達はまだ王都に帰らないの?」

「そういうお前はなんで師匠と一緒に帰らなかったんだよ。実家に顔出しして、用事は済んだんだろ?」

「二人が残るってことは、どうせ何かあるんでしょ。追い返そうたってそうはいかないよ」


 質問に質問で返したためか、キーマが疑いをたっぷり含んだジト目を向けてくる。


「もしかして2人で愛の逃避行でもするつもり?」

おう。お前とはここでお別れだな。あーさみしーさみしー」

「冗談だって」


 ふん、馬鹿の妄言なんぞにマトモに付き合っていられるか。


「愛の……」


 ココはそう呟いたきり、顔を赤らめて黙り込んでいる。その反応、さてはまた変な本を読んで妙な知識を仕入れたな? 大体、両家から了解を得ているのに駆け落ちしてどーする。全くもって意味がない。

 本当に姿をくらませたら、激怒したお姫様が国内外にお触れを出しまくりそうだし。そんなお尋ね者、嫌過ぎ!


「まぁ、師匠から離れるには良いタイミングかもしれないけどな」


 魔力は増えなくなった。体も成長しつつある。大量の水晶だって常備している。かねてからの課題だった「制御の問題」は8割方解決したと思うのだ。

 ……実は最近、それとは別に気になっていることはあったりするのだが。


 キーマは「前にも言ったけど、逃げ切る自信ないんでしょ?」と呆れた。それでもコイツの場合、強行すれば付いて来そうだ。一緒に簀巻すまきにされる未来が見えるぜ。


「頼まれごとと用事があるんだよ」

「話を強引にすり替えないでくれる?」


 でも、考えてみればスネリウェルは逃げ切ったんだよな。だったら俺にだってチャンスがあると思わないか? そう言ってみたら、キーマに鼻で笑われた。


「あの師のことだから、『同じてつは踏まない』に一票だね」

「ぐっ」


 そこで我に返ったらしいココが「離れるだなんて」と会話に加わった。師匠が大好きな彼女には、逃げようという考え自体、信じ難いことなのだろう。


「ヤルンさんにも、もちろん私にも、まだまだ、まだまだ、まだまだ師匠せんせいのお導きが必要ですよ」

「そこまで強調されると凹むぞ」


 ってか「お導き」って宗教かよ。あんなデタラメな教祖が居てたまるか。邪神教か? 信者は救われるどころか身を亡ぼすっての。



 頼まれごとというのは姫からの依頼だったのだが、そちらはサクッと終わらせることが出来た。そうしてまだ時間に余裕があることを確認してから、俺は自分の用事の方に取り組むことにした。

 三人の前にあるのは見慣れた柵と庭園、赤と白の大きな建物、屋根の鐘……。変わらぬ姿に安堵を覚える。そう、用事とはウォーデン領の魔術学院を再び訪れることだった。


「皆さん……!」

「お久しぶりです」


 中に入るなり覚えのある人影が振り返って目を見開き、こちらも笑顔で返す。突然別れてしまった時と同じく、白と黒の服装に身を包んだ黒髪の女性――オフェリアだった。

 彼女は光沢を放つ廊下を小走りで近寄ってきて、「良かった」と息を吐き出した。


「またお会い出来て本当に嬉しいです。皆さんを送った兵士の方達は理由を説明してくれましたし、お手紙も頂きましたけど、私どうしても心配で……」

「すみません」


 俺達は来ようと思いつつ、なかなか足を運べなかった不義理を()びた。顔を見せるまでにこんなに時間がかかるとは思っていなかったのだ。王都あっちでも色々あったからなぁ。


「いえ、お元気な姿を拝見出来てほっとしました」


 せめてもと思い、オフェリアにフリクティー王国で購入した薬や薬草を贈ると、とても喜んでくれた。治癒術を研究し続けている彼女なら興味があるのではと踏んだのだ。自分もいつか隣国に行きたいと言っていた。


 なお、ここに来る途中にはスウェル・ウォーデン間に設けられた関所にも寄り、水晶騒ぎの時に世話になった礼を伝えてきていた。

 兵士長のルングは軽い手荷物だけで移動している俺達を見てビックリしていたっけな。あれはちょっと面白かった。


「あちらで正式な騎士になられたんですよね? おめでとうございます」

「ありがとうございます。あの、生徒達にも会っていって良いですか?」

「もちろんです。どうぞ」


 笑顔になって廊下を案内してくれる道すがら、オフェリアは学院の新しいカリキュラムの申請書が完成し、承認されたことを教えてくれた。

 突如現れた兵士達によって王都に飛ばれる、まさにその直前まで共に取り組んでいた書類のことだ。俺がこちらに派遣された一番の理由でもある。


 途中で投げ出す形になってしまい心苦しさを抱えていたが、無事に通ったのならなによりだ。メンバーの一人だったココも「本当ですか?」と明るい表情になり、その唇に祝福の言葉を乗せた。


「すぐに全部を変えてしまうと混乱を招きますし、教師にも生徒にも負担がかかり過ぎてしまうので、少しずつ移行していっている最中なんです」


 だろうな。カリキュラム変更の最も大きなテーマは「座学偏重から実践重視へ」だった。子どもはすぐに慣れるかもしれないけれど、特に大人は講義ばかりしていたら絶対になまる。急に変えると反動もデカいはず。

 ずーっと兵士をやり続けている師匠みたいな存在が異常なのだ。出来ることからやっていくのが現実的だろう。こなすだけの実力があるのは確かなんだしな。


「お二人がして下さっていた授業内容も、私達で引き継いでいるんですよ」


 オフェリアが言ってくれたそのセリフが嬉しくて、足を運んで良かったと思えたちょうどその時、生徒達のものと思えるざわめきが耳に届いた。

ずっと書きたかった内容でした。

ちらっと様子を書きはしていましたが、オフェリアの放置っぷりが酷かったので;


※「人物紹介&用語集」その5に「無詠唱」の項目を追記しました。

 詠唱短縮の究極の形で、ヤルンが最近時々起こしているのは正確にいうと少し違う現象になります。

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