第四話 自然の理
スウェル城に帰ってきたヤルンとココ。
そこに師匠とキーマも合流しての一息回です。
「ただいまー。ねぇヤルン、ココのお父さんには殴られた?」
俺とココが城に帰ってきてからそんなに経たないうちに、キーマもするっと戻ってきた。会うなり開口一番にフザけたことを聞いてくるものだから、蹴りを入れてやろうとして避けられる。チッ。
あぁ、父親に殴られなかった代わりに、弟には斬られそうになったっけ。アイツ強かったなぁ。また戦り合いたいぜ。あ、次はキーマも入れたらもっと楽しめそうだな……じゃなくてだな。
「ふん、きちんとフツーの挨拶をしたっつうの」
「普通……『娘さんをボクに下さい』ってやつ?」
「言うかっ!」
「ああーっ、ヤルンさんのご両親に言いそびれてしまいました!」
「要らん!!」
三人揃った途端にこれだ。大体、俺もココも物じゃない。「くれ」だの「あげる」だの、貴族社会には根付いた考えかもしれないが、自分の性には合わない。
そう言うと、キーマは「へぇ?」と片側の眉を動かした。
「じゃあ、商人の息子的にはメリットがあるわけ?」
「そりゃあ、あるぞ。ココの家と交流が出来れば、ウチの実家にも利があるだろうからな」
貴族との縁は願いさえすれば得られる類のものではない。用意周到に事を運ぶ必要はあるけれど、上手くやれば新たな販路を開拓出来る絶好の機会になるはずだ。
「本当ですか? でしたらお役に立てて嬉しいです」
「目出度い話なのに打算的だねぇ」
「そっちがメリットを聞いてきたクセに何言ってんだ! ……それより、そっちこそどうだったんだよ」
わざわざ何を、と言うまでもなくキーマの魔力の件だ。バレたのか隠し通せたのかによって今後が大きく変わってくるはずである。
すると相棒は「あぁ、あのこと」と呟く。いつも通りの飄々とした態度からはどんな感情も読み取れなかった。
「んー、どうだろ?」
「はぁ? どういう意味だよ」
「別に何も言われなかったんだよ。でも、真っ白とも言い難いというか」
なんとも煮え切らない。決定打になるものはないが、怪しまれているってことか? 親と腹の探り合いなんて面倒臭いことこの上ない話である。
「大変ですね」
ココが労うも、キーマは首を横に振って「まぁ、なるようになるだけだよ」と笑った。
「うげっ、なんだよこの惨状は……!」
かつて師匠の仕事部屋だった研究室は、書類が床、机、棚とあらゆる場所に無造作に置かれ、本は無秩序に積み上げられているという恐ろしい散らかりぶりだった。
『はぁ』
ちらりと想像はしていたものの、それが現実となってしまってはココと二人揃って溜め息を禁じ得ない。後ろから覗くキーマも「あらら」と苦笑している。
まさか時空が歪んでるとか、特殊な力場でも生成してんじゃねぇだろうな? 好き勝手に弄っているなら、諫めるのも弟子の務めなのか? いや、どんな理不尽な役目だソレ。
頭に浮かんだ先から思考を放棄しようとして、隣に立つココをちらりと見れば、顔に「お掃除決定!」と書いてある。マジですか。
しかし、王都から事後処理を済ませて戻ってきた師匠は、全く悪びれていない口振りで言った。
「いずれ帰ってくるつもりじゃから、完璧に綺麗にしておく必要もないとは思うのだがのう」
「何をガキみたいな屁理屈こねてるんスか」
いずれって、何年後の予定だよ。それは部屋をぐちゃぐちゃのまま放置して構わない理由にはならないぞ。現時点でスウェル軍からは籍が外れているのだから、一度は空っぽにして引き渡す必要がある。
「わしと領主様の仲ならば、一言頼んで置けば問題ないぞ」
「借金する『仲』じゃねぇか!」
あの心優しい領主サマのために、これを機にすっぱり縁を切らせた方が良い気がしてきたぜ。それとも何か弱みでも握られているのか。
「っていうか、やっぱり師匠はスウェルが好きなんスね」
「む?」
愛着があるから「帰ってくる」つもりなのだろう。王都に行きたがっていなかったのも、王族に絡むのが面倒だとか、フリクティー王国に近くて都合が良いからだけではないらしい。
もっとも、本人は「この地は過ごしやすいからのう」と言ったきりだったけれど。
「はいこれ」
「ほう、随分と早かったではないか」
そんなごみ溜めのような部屋で、俺は紙の束を差し出した。師匠はそれを受け取り、ぺらぺらと軽く捲ってから執務机に深く座す。
「ふむふむ、さすが我が弟子達よ」
「ありがとうございます」
称賛の言葉に、隣に立つココは嬉しそうな笑顔を浮かべたけれど、俺は微妙な心地だった。
「んん? どうした。調子でも悪いのか?」
「体はすこぶる元気っスよ。そりゃ、誰だってこんな顔にもなると思いますけど?」
騎士にとって体調管理は最優先事項だ。特に魔導師は体内の魔力制御にも関わってくるため、仲間と互いに気を付けあう必要もある。
いや、ちょっと前にはまたしても詠唱抜きで魔術を使った反動を喰らって体調を崩していたのだが、「魔力揺れ止め」の薬が残っていたために事なきを得ていた。
おかげで今は快調だったし、ココも元気そうだ。そして師匠は誰より健康そうである。……この人は風邪をひいたりするのだろうか。何年も一緒にいるのに、不調になったところを見た覚えがない。不安だ。
「どういう意味じゃ」
「何モ言ッテマセン」
「おほん。お主等は命じられた通りに報告書を提出した。かかった経費もきちんと支払うから安心せい。それともまさか、自分で納得いかぬものを出したのか?」
そんなことはない。慌てて首を振ると、師匠も「じゃろうな」と再び書類に目を落とす。ココの美しい筆致で記されたそれがもし半端な代物なら、彼女が提出を許すはずがない。
「ご安心下さい。会心の出来です。ねっ、ヤルンさん?」
「あ? あぁ。会心の出来の、フリクティー王都観光マップだな」
そう、師匠に出したのは以前にユニラテラ王都でも作成させられたガイドマップだった。完成したそれは、身動きが取れた日数からすればまさしく改心の完成度である。
どの店の何が旨いか。値段は相場内に納まっているか。外観や内装は華美に過ぎず、かつ清潔か。そして接客態度は良好か。
買い物のついでに3人で店舗を見て回り、意見を交わしつつ数値化し、要所へのコメントのみならずグラフやイラストまで書き起こしてしまった。
もし許可がおりるなら、更に加筆した上で書籍として出版したい程である。本当に出版したら師匠に売り上げをざっくり搾取されそうだけど!
「なら、憂うことなどあるまい」
「何が『あるまい』だ。これでもかってくらいに憂いまくってるっつうの!」
常々思う。師匠に心酔しているらしいココには悪いが、この「歩く非常識」に何も感じない方がおかしいのだ。キーマみたいに順応しきるのも嫌だし。
そんな訳で、せめてもの抵抗として、こちらの要求を婉曲な表現で伝えることにする。
「あのですね。観光案内の作成を命じられて、嬉々とする弟子は滅多にいないって事実を自覚して欲しい、なんてことは思ってないっスよ」
「何故じゃ。わしは欲しい情報が手に入り、お主らは経費で観光が楽しめる。これほど、互いに得るものばかりの命令はなかろう?」
「そ、それは……」
思わず口ごもってしまったのは、師匠の言い分を否定しきれない自分がいたからだった。確かにガイド作りの過程での発見もあったんだよな。
「だ、だからって。大体、師匠はしょっちゅう忘れてしまうみたいっスけど、俺達は『騎士』なんスよ。なのに、全然関係ない予定をあれこれ捻じ込んできて。不満に思って当然じゃないスか」
劣勢ながらも尚も抵抗を試みると、師匠は急に訳知り顔になってふむふむと頷き、顎のラインに沿って手でひげをするりと撫でた。
「……ふむ、そうかそうか。お主らもそういう年頃じゃからのう」
「は? 年頃……?」
今度は何を言い出すんだ、このじいさんは。寄る年波に勝てず、とうとうボケてしまったのだろうか。
「分かっておる。些細なことで思い悩むのは思春期には良くある傾向じゃからの。おおいに悩めば良い。無論、魔術の修行に支障を来さぬ範囲でな」
「し、思春期だぁ? おいちょっと待て。なんでそーなるんだよ!」
もう19だぞ、今のやりとりのどこにそんな黒歴史の別名が入る余地があったんだよ。しかもシレッと「俺が文句を言うのが悪い」的な流れにされてないか!?
「そういうものでしょうか」
溜め息交じりの声にぎょっとして隣を見れば、ココが赤らんだ頬に手を当てて困惑の表情を浮かべており、俺の混乱に拍車をかけてくる。
「え、ちょ、ココ?」
「体の成長と同様、心も段階を踏むのは自然の理よ。それを潜り抜けることが出来れば、術者として更に一回りも二回りも成長出来よう」
「……分かりました。私、頑張ります!」
あぁもう頼むから2人とも少し待ってくれ! ツッコミがちっとも間に合わず、鼻の奥がつんと痛むのを感じた。
ヤルンの「もっと常識的な行動を取ってくれ」という要望を、「思春期だから思い悩むのも仕方ないな」で済ませる師匠と、あっさり受け入れるココの図。酷いです。
観光マップに関する内容は第八部に入れ損ねたネタです。やっと日の目を見ました。




