第三話 お宅訪問・前編
ヤルンの家族への挨拶が済んだので、今度はココの実家へ。
主人公が緊張のあまりおかしなことになっています。……いつものこと?
「なぁ、本当にそれで良かったのか?」
「はい、すっごく気に入りました」
「なら良いけどさ……」
ココはニコニコ顔で言いながら、首にかかったペンダントに指先で触れる。
細かく連結する鎖の先に、小さくて丸い石が付いただけのシンプルな首飾りで、ウチの実家の店で彼女が選び、俺がプレゼントしたものだった。
決して、大した値打ちのある品ではない。この際だからもっと上のグレードのアクセサリーを選んでも大丈夫だぞと提案もしたのだが、彼女は一目見るなりそれが良いと譲らなかった。
理由は買った直後に判明した。ペンダントトップの石が水晶で出来ていて、ココが俺に魔力を込めて欲しいと言ってきたのだ。
『それではお願いします』
『え、これにか?』
『はい!』
あくまでも雑貨屋の売り物だから、ごくごく一般的な装飾品である。魔導具屋で扱うような、きちんと精製された水晶ではない。
『うっ、これちょっと加減が難しいな。うーん、こうか……? ほら』
『ありがとうございます!』
そのため、壊さないようにほんのりとしか込めることは出来なかったが、黒く染まったそれを受け取った彼女は心から嬉しそうに笑い、俺も「まぁ喜んでるなら良いか」と思えた。
騒ぎのドサクサで例のフレーズだけは阻止出来たしな!
そんなハチャメチャかつ少しばかり甘い出来事があったのは、つい昨日のことだ。再びスウェル城に戻って一晩を過ごした俺達は、翌日にはまた外へ出かけることにした。
「変じゃないよな?」
今度はココが普段着で、俺の方が堅っ苦しい服装である。畏まったその格好は、ローブと騎士見習い服だけじゃマズいと危機感を抱いて、王城勤めをしている間に買っておいたものだった。
ほとんど袖を通す機会がなかったから、着慣れておらずなんとも落ち着かない。首や肩がゴワゴワする。
「そんなに心配なさらなくても大丈夫です。ビシッときまってますよ」
「ほんとかよ」
ココは面白そうにくすっと笑い、予め呼んでおいた馬車に俺を誘った。これから向かう場所――彼女の実家はスウェル領の郊外にあり、歩いていくにはいささか遠かったためである。
ガタゴト揺られること数刻。街道を通り、森を一つ抜けた先にぽつんとその屋敷は建っていた。鉄柵で囲まれた中に緑が茂り、奥には小さな城と言って差し支えない大きさの建物が垣間見える。
「凄ぇな」
白い、そしてデカい。もしかしてスウェルの兵舎よりもデカいんじゃないかってくらいだ。これが一個人の家なんて、とても信じられない。
「そうですか?」
見上げて呟いたまま、口が閉められない俺にココがきょとんと返す。マジで凄いって! これまでは名家のお嬢様だと頭で理解していただけだったが、この大邸宅を前にするとその事実を強く実感する。
そして、自分がとんでもなく場違いであることも。……なぁ、やっぱり帰った方が良くないか?
「じゃあここでな。もう家の真ん前だけど、一応は気を付けろよ」
「えっ?」
「あぁ、俺のことは心配しないでくれ。ちゃんと一人で帰れるからさ」
「ええっ?」
「転送術を使えば一発だ。馬車に乗せて貰ったから魔力もバッチリ足りるだろうしさ」
「えええっ!」
「おっ。ついでに、何処かに寄り道するのも悪くないかも……」
「もうっ、何を言ってるんですか! ここまで来たのに帰っちゃ駄目ですよー!!」
別に、本当に帰るつもりはなかった。ただ心の準備をする時間が欲しくて、時間稼ぎのためにボケ倒していただけだ。けれども一歩後ずさったら、本気だと勘違いしたココが腕をギュッと掴んできた。
「ささっ、行きましょう? おもてなししますから」
「わ、じょーだん、冗談だって。だからグイグイ引っ張らないでくれっ!」
相変わらず令嬢とは思えないほどの力で、俺はそのままズルズルと中へ連れこまれてしまうのだった。
「お嬢様、お帰りなさいませ!」
「ただいま帰りました」
「あ、この人……」
黒いスーツでびしりとキメている、いかにも執事といった風情の老人はココを見付けるなり走り寄ってきて腰を折り曲げた。
「こちらがお手紙でお知らせしたヤルンさんです」
「こちらの方が……」
「おひ……は、初めましてっ」
危なっ! うっかり「お久しぶりです」と挨拶してしまいそうになり、慌ててツバごとゴクンと失言を飲み込む。
確か、白髪のこの人の名前はクオールズさんだったっけか。ココの家で長年働く彼とは一度面識があるのだが、向こうはそうではないはずだった。
というのも、ファタリア王国へ旅をした時に追いかけてきた執事の記憶を、彼女が魔術で幻を見せて強引に消してしまったのである。
その証拠にクオールズ老は一瞬「ん?」という顔をしたものの、直後には笑顔に戻って「初めまして」と返し、自己紹介をしてきた。
非常に事情がややこしくてやりにくいが、こうなっては墓穴を掘らないよう気を付けるしかない。
「お二人とも、どうぞ中へお入りください」
「さぁさぁ、入って下さい。こっちですよ」
「あ、あぁ」
うひぃ、マジかよ……! 屋敷は中も圧巻の作りと広さだった。通された玄関からパッと見回しただけでも、廊下はどこまでも続いていそうだし、部屋も無数にありそうに感じられる。
壁は明るめの色調に統一されており、装飾も割とシンプルである点には好感が持てた。
でも、贅と粋の限りを尽くして作られている王城を知ったあとでなければ、きっとしばらくの間は呆然としていたことだろう。
本当に、何をどうしたらこんな大豪邸に住む女の子が兵士なんてものを志すことになるんだ? うーん、分からん。両親から許可が出たのも謎過ぎる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
途中ですれ違う使用人っぽい人達も、頭を下げながら俺のことをチラチラ見てくる。それも何度か繰り返しているうちに、段々と背筋のゾクゾクへと変わってきた。
あれ? これって殺気? 本気で帰った方が良くないか?
今日の訪問を許されたのだって、実は大事な「お嬢様」をたぶらかす悪い虫を捕まえて袋叩きに、いやむしろ存在そのものを抹消するためなんじゃ……!?
「……」
「ですから、帰らないで下さいっ」
「あ、つい」
どうやら命の危険を感じ、無意識に魔力を体内へグルグル巡らせてしまっていたようだ。まぁ、余程の戦略を練らないと、ココから逃げ切ることは出来そうにないんだけど。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
「……ココ。もし俺がいなくなったら、その時は遺産をウチの家族に渡してやってくれないか。大したもんじゃないっつっても、師匠にはコインの一枚もやったら駄目だぞ。どうせ散財するに決まってんだからな」
真剣なトーンで伝えたら、彼女は再び「もー!」と怒り出してしまった。
「何のお話をしているんですか? お願いですから正気に戻って下さい!」
向こうからすれば、緊張し過ぎて変になったように見えたのだろう。つられて軽くおかしくなっており、前を歩くクオールズもポカンと口を開けている。
それでも逃げ出してしまわないように腕だけはがっしりと掴んだまま、しょげた様子で言った。
「こんなことなら、本当にキーマさんに付いてきて貰えば良かったです」
え、自分ってそこまでヤバげな状況? 昨晩、話題のキーマはスウェル城に帰ってこなかったから、実家に泊まったのだろう。何事もなく両親との団らんが出来ていると良いのだが……。
「あいつの方こそ、サポートが必要だったんじゃないか?」
「でしたら最初にキーマさんのお宅にお邪魔して、それから私達の家を順番に回れば良かったですね」
それだとキーマがウチに来る可能性があるってことだよな? ……絶対に場を引っ掻き回して収拾が付かなくなるから却下!
心のうちでそう決定を下していたその時、どこからか「あねうえー」と呼びかける声が聞こえてきた。姉上? ……ってことは、噂に聞くココの弟か。どんな少年だろう。
フリクティー王国のフレイル王子みたいな、超絶ワガママタイプだけは止めて頂きたいところだ。
「姉上、お帰りなさい!」
廊下の角を曲がってひょこっと顔を出し、手を振りつつやってきたのはココによく似た少年だった。
ヤルンの混乱具合が酷いですね。
クオールズとのいきさつは「第四部 第三話 お嬢様の真実」をご覧ください。




