第二話 実家への挨拶・後編
ヤルンの実家に到着し、ココが魔術で呼び寄せたのは大きな木箱でした。
そして、つい(で)に明かされる真実とは?
「デカっ」
思わずツッコミが俺の口から飛び出す。ウチの家族も突然の発光と出てきた箱の予想外の大きさに「わっ」と声を揃えて驚き、まじまじと見詰める。
「何もないところから箱が出てきたわ……!」
「手品か?」
「魔術だろう? 凄いな」
「どうなってるのかしら、不思議ね」
ココはそれを「よいしょ」とテーブルに置き、上蓋をそうっと開く。
覗けば中には小さな袋がギッシリと詰め込まれていて、香ばしい匂いがふわりと漂う。焼き菓子や茶葉に違いない。彼女はにっこりと笑んで言った。
「フリクティー王国のお茶とお菓子です。どうぞ皆さんで召し上がって下さい」
確かに帰りの馬車の中で「土産を買った」とは言っていたが、我が家への手土産だったとはな。
「あ、ありがとうございます」
「でも、こんなに沢山、本当に良いんですか……?」
「はい。よろしければ中身もご覧になってください」
ウチの両親はやはり本物の「貴族令嬢」を前に緊張しているようだ。
ココの返事を聞いた家族は身を乗り出し、それぞれそうっと手のひらサイズの紙袋を摘んだ。それから中身を取り出し、出てきたものに歓声をあげる。
「わぁ、美味しそうなお菓子!」
「この茶葉なんて、こっちじゃなかなか手に入らないものじゃないか?」
おいおい、そりゃあフリクティー王都の品だから珍しいのかもしれないけどさ。金になりそうな物を前にした途端に、目が完全に商人になってるぞ。
せっかく貰った土産物を、食わずに売り飛ばす気じゃないだろうな?
「この箱の細工も素晴らしいな」
「どうぞ箱ごとお納めください」
クギを刺しておこうとした矢先に兄貴が言い、ココも言葉を添える。全員の目がギラギラしていて、マジで売る気満々だと顔に書いてあった。数秒前の緊張はどこに行ったんだよ!
こうなってしまったら興奮がおさまるまで放置するしかなく、代わりにココへ「箱を出せるようにしたんだな」と声をかけた。
「はい。ヤルンさんの剣を喚び出す術を参考に、箱を指定した術を創ってみました。ご覧の通り、この箱にさえ入れておけば中身ごと出せるんですよ」
「へぇ、便利だな」
自分でも試行錯誤してはいるけれど、まだ何でも呼び寄せるところまでには至っていない。彼女が今披露した術を使えば、箱の中に入れられるサイズのものであればそれが可能となるわけだ。
「……ん? だったら、箱を渡しちまったら困るんじゃないのか?」
「いえ、また新しい箱を指定し直せば良いので大丈夫です。次はもっと大きなものに挑戦してみようと思ってます」
「そりゃ凄いな。あとで俺にも教えてくれよ」
ココは「もちろんです」と応えてくれたあとで、でも、と恥ずかしそうに続ける。
「元となった術はヤルンさんの考えられたものですから、全然凄くありませんよ。私はちょっと応用してみただけです」
ちょっとではないだろう。「中身ごと」という点が非常に便利で、自分にはない発想だった。論文として発表すれば、きっと良い評価が得られるはずだ。俺ももっと頑張らないとな。
その時、ひとしきり土産物の検分を終えたらしい兄貴が、「今のが本物の魔術なんだな」と呟き、ココを「えっ?」と驚かせた。
「ヤルンさんは、ご家族に魔術をお見せしたことはなかったんですか?」
「ん、まぁな」
魔導士になりたての頃に光を生み出してみせたことくらいはあったけれど、他には何か披露した記憶がない。使用に色々と制約があったし、特に「見たい」とも言われなかったからだ。派手な術は危ないしな。
兄貴がそのまま年を取ったような容姿の父親が、半信半疑の顔で言う。
「お前も本当に魔術が使えるのか?」
「『本当に』ってなんだよ。ちゃんと魔導師の資格も取ったって言っただろ。……これでもこの国の最年少記録保持者なんだぞ」
資格を取るに至った経緯は詳しく説明したくないが、事実は事実だ。魔術や魔導師に詳しくない人間にも通じそうな(なけなしの)自慢を伝えたら、「それこそ信じ難い」と兄貴もジト目を向けてきた。
家族にとって、俺はいつまでも「やんちゃで後先考えない末っ子」なのだろう。白いものが混じり始めた髪をひっ詰めている母親が、ココに静かに問いかける。
「ココさんはヤルンと一緒にお仕事をしているんでしょう? 普段はどんなことを?」
「はい。主にセクティア様の護衛をしています」
「王族の護衛役になったという話は本当だったのか……!」
その話すら信じてなかったのかよ!? まるで雷にでも打たれたみたいな父親の驚愕ぶりに、むしろこちらが驚愕だ。互いに「衝撃の事実発覚」の瞬間である。続けて両親が言う。
「だって、ウチの息子がまさかそんな大それた役目を仰せつかったなんて、ねぇ」
「すんなり信じられると思うか?」
「信じてはやりたかったのよ。でも『騎士になる!』なんて宣言して出ていったせいで、引っ込みが付かなくなってるのかと……」
「それにもし本当なら、いつ不敬をやらかして一家全員、晒し首にされるかと不安にもなってな」
むきいいぃいぃっ、ココの前なのに好き放題言いやがって。ちゃんと騎士になったし、仕事も真面目にやってるっつうの!
段々と態度を軟化させてきて、理解してくれるようになったのかと思ったのに。まったく、なんて家族だ!
あれ、待てよ? ってことは、もしかして結婚に反対していたのも……? 首を傾げながら問うと、母親が申し訳なさそうな表情で並ぶ俺達を見比べた。
「本当にこんな可愛らしいお嬢さんを連れてくるなんて驚いたわ」
要するに半信半疑だったわけだ。ともすれば妄想の産物とでも思われていたのかもしれない。痛々し過ぎるだろ!
それなのにココは可愛いと褒められて嬉しいのか、頬を染めて照れていた。そんなタイミングじゃあるまいに。
それでも彼女が直接手紙を送ったことで信用する気になったらしく、直接会って確かめることにしたのだそうだ。物事を鵜呑みにしないのは、いかにも商人らしい態度ともいえた。
「お話をお聞きしていると、ヤルンさんが魔術をお見せしなかったのも原因の一つなのでは?」
「う、それはそうかもしれないけどさ」
確かにココの言い分にも一理ある。口下手で手紙もろくに送らずでは、信用ならないのも当然だろう。だったら、何よりの証拠である魔術を実演してやれば良かったのだ。
「……よし、とりあえず店でも燃やすか」
「何をどうしたらその結論に!?」
いや、やっぱり腹が立つからさ。ところがそう返そうとした時、「ねぇヤルン君」と初めて兄嫁が率先して声をかけてきた。艶やかな黒髪の、兄貴には勿体ないくらいの美人である。
商人の世界にも、家同士の結び付きを強めるための結婚は珍しくない。義姉さんもそのために嫁いできたクチに違いないだろう、うん。あれ、兄貴が睨んでる?
「こんな素敵なお嬢さんを、どうやって射止めたの?」
「えっ」
「そうだぞ。お前みたいなのが何をどうしたら貴族のご令嬢と結婚、なんてことになるんだ」
「お前みたいな」とは失礼な。つか、どうやってって……。
「そ、それは、俺の魔力をだな」
「はぁ? なに『魔性の男』みたいな寝言をほざいてんだ。鏡を見てからにしろ」
「違うッ!!」
駄目だ、俺の言葉はちっとも届きそうにない。仕方なくココに援護射撃を頼むと、「任せて下さい」と気合いの入った顔で請け負ってくれた。……大丈夫だよな? 自信満々なところが逆に心配だ。
「皆さん、ご安心下さい。ヤルンさんは正真正銘、正式な騎士として護衛やセクティア様から依頼されたお仕事をなさってます」
「護衛や……『王族から依頼された』仕事?」
「あ、ココ、その話は」
食い付き具合にヤバいと直感した。やっぱり支援を願うべきじゃなかったか? 嫌な予感がしてストップをかけようとしたら、興味津々の家族に「お前は黙ってなさい」と反対に止められてしまった。
その後は大暴露大会の開始である。
「そこをなんとか」
「ならないっての!」
カフスを見せればを穴が開くほどチェックされた上に、儲け話に食い込めないかと相談されたし、握手会の話をすれば全員に手をギュウギュウ握られた。
当然、王族絡みの商売にウチの実家などが入る隙間はなく、家族に魔力は感じられなかった。
「あ、カフスは無理でも布の方なら、もしかしたら……」
「何っ、他にも儲け話が!?」
「こら、消えかけた火に油ぶっかけるな!」
「あとは是非ルルさんのお話を――」
「ちょっ、それだけはヤメテ!!」
次から次へとココが繰り出す内容に家族は熱狂し、盛り上がる程に俺は泣きたくなってしまうのだった。あれ、自分は彼女を連れて何をしに実家まで来たんだっけ……?
深いところでは色々あるのですが、結局はヤルンの家族ですからね。
次回はココの家や家族の様子を描いていく予定です。




