第二話 実家への挨拶・前編
ココを連れ、ヤルンはいよいよ実家へ向かうことに。
前半は割とゆったりしています。
「なぁ、一体どんな手を使ったんだ?」
「何のお話ですか?」
スウェルのメイン通りを歩きながら、隣を行くココに問いかける。俺は近所に買い物にでも行くみたいな軽い格好だが、彼女は春色のワンピースで清楚に決めている。
これでデートだったら心が躍るかもしれない。が、現実はそんな淡くヤワなものではなかった。
「ウチの親だよ。前は『貴族令嬢との結婚なんて認めない』って言ってたのに、今日は会うなんてさ。どういう風の吹き回しだ?」
そう、行き先は俺の実家。これからココを家族に紹介しに行くところなのだ。うぅ、気が重いぜ。彼女は「前にもお伝えしましたけど」と前置きしてから、拳をぐっと握って力説した。
「何度か王都からお手紙をお送りしてたんです。結婚したい理由をご説明した上で、『ヤルンさんを私に下さい!』って誠心誠意お願いしたんです。きっと、私の気持ちをご理解下さったんですよ」
……は?
「ま、マジでそのフレーズ使ってたのかよ!?」
俺はココの行動力とビックリ発言に思い切り仰け反り、通りを行く人々の注目を無駄に浴びてしまうのだった。
多少のアクシデントはありつつも、無事に一行と荷物の山を送り終えた俺達はスウェル城に一泊した。
例の薬のおかげで体に異常は無かったが、それとは別に領主サマや城の皆に話をねだられたのだ。……味には異常ありまくりだったけどな。
スウェル領はユニラテラ王国の端にあるから、国の中心である王都の状況を知れる機会はあまりない。しかも王族に直に接する人物の話とくれば尚更だ。是が非でも情報を聞き出したかったのだろう。
おかげで美味しい料理にはあり付けたが、予定が一日ずれ込んでしまった。
ちなみにキーマは宣言通り自分の家に帰って行った。
当然、そのまま帰ると魔導師である両親に魔力の存在が十中八九バレてしまうので、俺が魔術で縛って隠してやった。ココにも確認して貰ったので大丈夫だろう。
『お前の親が、ココとか師匠並みに感知が得意ってことはないよな? 俺みたいな体質だったりとかさ』
『どうだろう? でも、ヤルンみたいな特殊な力の持ち主じゃないのは確実だね。もしそうだったら、自分は最初から魔導士になってただろうから』
まぁ、もし万が一バレたら諦めるよとキーマは言った。家族である以上、どのみち永遠に会わない訳にはいかないのだ。どう転ぶにしろ、白黒付く瞬間が遅いか早いかだけの違いである。
『もしかして本当についてきて欲しくなった?』
『馬鹿な妄言をホザいてないで早く行けっ!』
『ええ~、面白そうなのになぁ。ココ、後で報告よろしくー』
『は、はい。分かり――』
『分からなくて良いからっ!』
……いぃや、そんな回想はどうでも良いんだよ。今一番大事なのは、目の前の暴走しまくるお嬢様をなんとかすることだ!
「今日もちゃんと伝えるつもりですよ?」
「アホか!!」
俺は鋭く一喝した。こうなったら周りが幾ら白い目を向けてこようが、ひそひそ話をされようが無視である。
俺の家族に恐ろしい特攻をかけようとしているココをなんとしても止めないと、これから訪れる未来はお先真っ暗・決定だ。そんな彼女はこちらの気持ちを全く意に介さず、コテッと可愛らしく首を傾げた。
「どこか変でしたか? 王都で読んだ本には、そうやってお相手の両親を説得するように、と書いてありましたよ?」
「『どこか』じゃないっ。どこもかしこもだっての!」
読む本を完全に間違えている。どうしていつもはいたって常識人なのに、こと魔術や恋愛方面になると途端に知識や感覚があらぬ方向へ屈折しちまうんだ? やっぱり師匠やお姫様のせいか?
「どうかしました?」
「いや、そういうのは大抵男が相手の両親に言うセリフでだな……」
「あっ、あそこですよね!」
混乱する思考をなんとか纏めながら説得を試みようとしたら、ココの明るい声にあっさりと遮られてしまった。そして指さす先を見れば見慣れた看板が目に飛び込んでくる。……間に合わなかった!!
ウチは代々商家で、各地で仕入れた珍しい雑貨や小物を売っている。そんな二階建ての実家の一階部分に広がる店内に入るなり、ココは「わぁ」と高い声をあげた。
店には無数の棚が設置されて貴金属や小物入れが置かれ、脇のスペースには凝った作りの椅子やチェストなど、主に家具類が展示されている。
ちょうど奥に引っ込んで検品や品出しの作業をしてでもいるのか、店内に人影はなかった。
「不用心だな。また一段と可愛くなってるし」
俺はぐるりと中を見回して言った。兄貴が結婚してから、嫁いできた(これまた)商家出身の義姉が仕入れや配置、装飾までを手伝っているらしく、実家の雰囲気は帰るたびに様変わりしているのだ。
「どれも素敵ですね。あ、この小物入れとっても可愛いです。こちらの首飾りも……!」
「そうか? まぁ気に入ったんなら良いけどさ」
ココは棚の宝飾品に熱心に見入っている。展示されている品はそこまで高価なものではないのだが、彼女の琴線に触れる品揃えだったようだ。
実家の店が褒められるのはむず痒い気分だけど、そんなに好みなら帰りがけに何か買ってやろうかな? と考えた時、奥から「あれ、お客さん?」と呟く聞きなれた声が聞こえ、誰かが店先へと顔を出した。
「いらっしゃいませ。すみません、少々作業をしてまして……あぁ、お前か」
「ただいま」
俺と同じ紫色のさっぱりとした髪の20代くらいの男性が、こちらを確認して同じ色の瞳の緊張を緩める。ここの現在の店主で、自分の兄貴だった。
「おかえり。じゃあ、そちらのお嬢さんが」
「あ、あぁ。ココだよ」
「ヤルンさんのお兄様ですか? は、初めまして、ココと申しますっ」
「おにいさま……、えぇと、初めまして」
自己紹介しながらぺこぺこと頭を下げるココを、生まれて初めて「お兄様」などと呼ばれて反応に困っている兄貴から引き剥がし、住居部分の二階にある小さな応接間へと連れていった。
売り物としても取り扱う明るいインテリアが置かれるそこは、普段は商談などに使っている部屋だ。他にも、特注品や値が張るものの販売の際にも使用されている。そういや、俺の客を通すのも初めてだな。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ」
「いえ、第一印象が大事ですから! あの、お辞儀じゃなくてカーテシーの方が良かったでしょうか」
「ウチの家族の顎が落ちるからやめてくれ」
また拳を握ってるし。例のフレーズだけは絶対に事前に察知して阻止しないとな。
膝丈のテーブルを挟み、向かい合わせに設置されたソファへココを座らせようとしたところで、扉ががちゃりと開いて家族の面々が入ってきた。
50歳が目前に迫った父親と母親、それから兄貴。その後から続いた兄嫁である義姉の腕には、まだ生まれたばかりの赤ん坊がすやすやと眠っていた。
「店は放っておいて良いのか?」
「他の者に任せてきた。大事な話だからな」
そう返す中肉中背の父親は、まるで品定めでもするかのような目をココに向ける。長年やってきた商人の視線は、改めて自己紹介を述べて頭を下げる彼女の顔を見た後、重ねられた手へと向けられた。
そのことにはココもすぐに気付き、皆がそれぞれに位置に座ったのを見計らい、「失礼します」と一言断ってから両手を差し出す。ぐっと魔力が練られる気配を感じた。
『求むるものよ、我が手に来たらん』
ココが静かに唱えると、差し出した両手に明るい光が生まれ、長方形の木箱がすぅっと現れる。小花が水面に流れる様を思わせる模様が複雑に彫り込まれたそれは、ココが両手で抱えるほどの大きさだった。
やっと主人公の実家や家族を描くことが出来ました。
後日談になるとは自分でもビックリです。
状況説明が終わったので、後半はもう少しワイワイした話になる予定です。




