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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
後日談Ⅰ 騒動旅行編
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第十話 王子の決意

久しぶりの女装話。生意気なワガママ王子とのあれこれも今回で一区切り。

後日談Iの最終話になります。

「あれっ、ルルちゃん。今日はこっちの仕事?」


 先輩の女性騎士に声をかけられ、俺はしぶしぶ、いつもより高くなった声で「はい」と応えて頷いた。


「そっか、女性だけのお茶会だもんね。じゃあ、よろしく」

「よろしくお願いします」


 軽い口調でにこりと笑んだ先輩はすらりとした体型の剣師で、武器の扱いも凄腕と評判だ。そして今日、護衛として組む相手でもあった。


 ちなみに「ルル」というのは魔術で女の姿に変装している時の俺の呼び名である。

 最初にセクティア姫が不名誉にも「ヤルルちゃん」などと適当に命名してくれてから、(しばら)くはそれが使われていたのだが、いつの間にやら「ルル」へと変化して今に至っている。


「って言うか、その呼び方は止めて下さいよ」

「え? 可愛いから良いでしょ? みんな呼んでるし」

「……」


 まぁ、元のはまんま過ぎるし、聞く人が聞いたら正体がもろバレだもんな。変えて貰って有難いような、定着したらしたで恥ずかしいような、形容しがたい気分だ。

 しかも「ちゃん」付け。ココは呼び捨てなのになんでだよ。


『ココとルルって、なんだか姉妹みたいで素敵ですね!』


 彼女は何故だか喜んでいたっけか。うーん、どこが「素敵」なのだか、自分にはサッパリ理解出来ない。相変わらず彼女の感性は時々空の彼方までぶっ飛んでいる。

 そんな裏事情はさておき、ユニラテラ王国へと帰る期日が迫ったその日。セクティア姫が嫁ぐ前に仲良くしていた友人達を招いての、お茶会が(もよお)された。


 王族勢揃いでのディナー以来、俺とココは依頼の遂行を優先していたから、護衛の仕事は数日ぶりだ。騎士の務めが出来ること自体は喜ばしいけれど、変装してとなると微妙な心地である。

 こっちの姿でいると妙に周りから構われるしなぁ。もしかしてこの扱い、マスコットか何かだと思われてるんじゃないか……?



「お疲れさま~」

「お疲れ様です」


 お茶会はとても賑やかだった。やはり数年越しの再会は胸が躍ることのようで、華やかな衣装を着た友人達と話す姫は、始終楽しそうに笑っていた。

 そんな女性達を見送り、先輩と挨拶を交わしたら今回の仕事は終わりだ。俺はすぐにでも変装術を解いてしまいたかったが、あいにくここは余所の国の城である。


 自国に居る時のような「着替え」が出来るスペースがないため、あてがわれた客室まで戻るしかなかった。

 いや、もしあったとしても女の姿で男子更衣室に入ったら大騒ぎになってしまうし、だからと言って女子更衣室に入るわけにもいかないから、どのみち駄目なんだよな。


 ううう、一刻も早く戻りたい。もう変な手合いに声をかけられるのだけは御免だぜ。


「ん? あれは……」


 部屋への帰り道でふと通路から外を見ると、外を走る人影が目に留まった。植えられた木々の合間を大慌てで疾走するその影によくよく注目すると、それはフレイル王子であった。


「あいつ、また逃げてんのか。懲りないヤツだな。……あ」


 呆れて呟いた直後、フレイルが何かにつまづいて前向きにすっ転んだ。うわ、痛そう。しかも顔面から地面にぶつかったらしく、うずくまったまま動けずにいる。

 ったく、仕方ねぇな。俺は放っておくのも気がとがめ、駆け寄って声をかけた。


「何してるんですか。ほら、掴まって」

「む? あ、あぁ」


 ぐいと引き上げて立たせ、付いた(ほこり)をパッパと払ってやる。すると、腕に大きな本を抱えていることに気が付いた。

 これ、魔導書だよな……? 魔術学院に入学する前なのに、どうしてもう持っているんだ? でも、これを持っていたから自分の身を庇うことが出来なかった、ということは判明した。


「じっとしてて下さいよ」


 全身をチェックしてやると、服のあちこちが擦り切れ、膝と頬からは血が(にじ)んでいたため、治癒術をかけてやる。幸い擦り傷は大したこともなく、スーッと消えていった。


「はい、これでよしっと。服までは面倒見切れませんから、他の人に直して貰って下さい」

「……わかった」


 あれ、今日はなんか妙に大人しいな? 俺の顔を見ると毎回決まって「にせきし」だの「ぶれいもの!」だのとうるさいのに。

 転んだのがそんなにショックだった? それともまだ痛いところがあるのか? と、その顔を覗き込んだら、ぱっと背けられた。……?


「お、おまえ、そのかっこう、ユニラテラのきしか?」

「へ? 何を改まって」


 そこまで言って、ある事実に気が付いた。フレイルは俺が誰だか分かっていないのだ。

 そうか。だよな、一目で見抜いた双子が異常だっただけで、これが普通……っていうのもちょっと違うような。不自然さに首を傾げていると、フレイルはぽつりと「名前は」と聞いてきた。


 正体を見破られていないなら、わざわざ知られて笑われる愚は犯したくない。俺は迷いに迷った挙句(あげく)、「ルル」を名乗ることにした。すると、何度か反芻はんすうしたらしい彼はもっと変な発言をし始めた。


「ぼくはおまえが気に入ったぞ。……なんだその顔は。もしかして、ぼくを知らないのか?」


 突然の宣言にきょとんとしていると、フレイルはそう問いかけてきた。いやいや、めちゃくちゃ知ってるって。俺が分からないのは「気に入った」発言の方だっつの。

 まさか、まだ幼い子どもの言葉に深い意味なんかないよな……?


「フレイル王子でしょ。知ってますけど」

「そうだ。王子に気に入られるのは、メイヨなことなんだぞ」


 名誉ねぇ。本来はそうなのだろう。でも相手がワガママ王子じゃあ、お褒めにあずかっても喜びなど湧いてくるはずもない。

 どう応えるべきか困って曖昧に「はぁ」と返事をすると、少年は鼻をヒクつかせてぽつりと呟いた。


「おまえ、良い匂いがするな。こうすいでも付けてるのか?」

「え? あぁ、えぇっと、そんなようなものですかね」


 謎が一気に解けた。「良い匂い」とは魔力のことに違いない。

 馬車にかれそうだったところを助けても礼一つ言わなかったのに、転んだのを助けたくらいで「気に入った」なんておかしいと思ったら、俺が体にまとっている魔力のせいだったのだ。


 変装中は、どんなに抑えても多少は体外に発散している状態である。敏感な人間はそれを「匂い」として感じ取って、無意識にき付けられてしまうのだろう。

 幸い、ココや双子のように正体を見通すほどの力はないみたいだが、時間の問題かもしれない。むむむ、これは非常にマズイ。早く離れないと困ったことになる恐れ大だぞ……?


 危機感を抱き、「それではこれで」と去ろうとしたら、騎士見習い服の裾をきゅっと掴まれてしまった。


「ま、まて。ぼく付きのきしにならないか?」


 わぁ、凄いことを言い出したな? 当然OKするわけにはいかないし、その気にもチラっともならない。断りの文句を捻り出した。


「お気持ちは嬉しいですが、お受け出来ません。それに、王子は魔術学院に行くんですよね?」


 一国の王子といえど、学院に行けば生徒の一人に過ぎない。身の回りの世話と護衛のためにロレーズあたりを連れていくのがせいぜいだろう。フレイルはこくんと頷いた。


「まじゅつは使えるようになりたい。けど、せんせいとロレーズがどんどん教え込もうとしてくるんだ。おぼえられないって言ってるのに」


 それで嫌になって逃げ出したのか。周りからは無駄な抵抗にしか見えなくても、本人としては必死のようだ。


 すでに契約してしまったらしい、その身には大き過ぎる魔導書を一生懸命に抱え込む姿を見ていたら、少し不憫(ふびん)に思えてきてしまった。多分、いつになくしおらしい態度に俺もリズムを狂わされたのだろう。

 その頭に手を置いて、ぽんぽんと叩いてから軽く撫でてやった。


「……」

「王子は将来、この国の王様になるんですから、皆のためにも沢山学ばないと」


 王族でも貴族でもない自分に言えるのは、こんなありきたりな言葉くらいだ。フレイルも下を向いたまま、「みんなそう言う」と愚痴を零した。


「でも、ぼくはそんなにゆうしゅうじゃない。きたいされても困る」

「なんだ、一緒か」

「む?」

「いや、なんでも」


 教師に「王族だから」と能力以上の勉強をさせられるフレイルは、師匠に「魔力が沢山あるから」という理由だけで弟子にされ、ガシガシと魔術の知識を詰め込まれる俺と全く同じ状況なのだ。

 その角度から考えてみると、もっと自分なりのアドバイスが出来るかもしれないな。


「学院に行けば友達が出来て、一人で頑張る必要なんてなくなりますよ。それに、魔術が使えるようになったら城の皆も認めてくれます」

「……ほんとうか?」

「本当です」


 自信があった。このフリクティー王国では、魔導師は貴重な存在である。魔術を覚えさえすれば、確実に周囲からの評価は上がるはずだ。

 うーん、他に言えることがあるとすれば……あれか。


「あとは、優秀な奥さんを貰ったら良いんじゃないですか? 今の王妃サマのような」

「おばあさまみたいな?」


 顔を合わせたのはディナーでの一度切りだったけれど、明らかに国王より王妃の方に発言権がありそうだった。それで上手く国が回るなら、国民にも文句などないだろう。


「……そうか」


 フレイルは顔を上げ、にかっと笑った。もしかすると、出会ってから初めて見る笑顔じゃないだろうか。その表情には年齢相応の無邪気さがあって、ついもう一度頭を撫でてしまった。

 その時「にゃ~」と猫の鳴き声が聞こえ、グレーの毛並みをした仔猫が茂みの中からひょこっと顔を出した。ロレーズの使い魔のうちの一匹だ。主人の命令でフレイルを探していたのだろう。


「見つかってしまったな」


 彼は本を抱えたまましゃがみこみ、仔猫を肩へ乗せてやる。その声は、言葉とは反対にあまり残念そうには聞こえなかった。


「ぼくは、がくいんに行く。まじゅつのべんきょうをがんばって、りっぱなまどうしになる」

「そうですか」

「そして一人いちにんまえのまどうしになったら、むかえに行くからな」

「……はい?」


 迎え? 誰を? 何のために? 咄嗟には意味が理解出来ずに立ち尽くしていると、フレイルは魔導書を「よいしょ」と抱え直し、再度にっと笑ってから背を向けて行ってしまった。


「ええっと?」


 俺が状況をきちんと呑み込んだのは、部屋に戻って備え付けの姿見を何気なく覗いた瞬間だった。

ある意味では成功しましたが、別の意味では大失敗です。

良い話のような気が、一瞬だけしなくもないような……? いえ、気のせいですね。


◇後日談Iにもお付き合い下さり、ありがとうございました!

 次回以降は久しぶりに座談会と人物紹介&用語集です。

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