第六話 依頼の遂行・前編
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移籍の代わりに仕事を依頼されたヤルン達。まず最初に訪れた先は。
フリクティー王城には十日ほど滞在することになった。ただし、ずっと城内にこもるつもりはないようで、セクティア姫は子ども達を連れて街にも繰り出す予定らしい。
あ、例の迷路には挑戦するって言ってたな。
俺とココはその間に、こちらの王族から受けた依頼をこなすよう命じられた。なお、打ち合わせの際に確認したら、俺達はちゃんと出張扱いになっていた。タダ働きでなくてホッと一安心だ。
「あっ、また来たな、にせきしめ!」
ノックをして部屋に入るなりそう言われて、俺は口元を歪めた。この失礼な物言い、相手が誰か確かめるまでもない。口の大層お悪い王子様のフレイルが、仁王立ちでこちらを睨み上げていた。
「かえれ! ぼくの部屋にかってに入って良いと思ってるのか、ぶれいものっ」
出会ってから数日と経たないのに、もう何度目の「無礼者」だろうか。言われ過ぎて段々慣れてきたな。……よし、今後はそういう鳴き声の生き物だと思うことにしよう。
「むっ。おまえ、しつれいなことをかんがえているな?」
げ、お前こそ、小さいのにそのタイプなのかよ。王族って皆、生まれつき心を読む力があるのか? まぁ、フレイルの場合、全然活かせて無さそうだが。
「か、考えてマセンし、許しなら王妃様に頂いてます。というより、依頼されたから来てるんですけどね?」
「いらいだと? むうぅ。父上もおばあさまも、どうしてこんなものを、わが国にさそうのだ? 『追い返してください』とおねがいしても、全然きいてもらえないし」
フレイルは、ディナーでの話をあまり聞いていなかったらしい。そりゃあ駄目だろうよ。仕事を頼んできたのはその二人なんだから。……ふむ。
「帰っても構いませんよ? フレイル王子が命じたことにしてくれれば」
「ほ、ほんとうか?」
『駄目ですよ!』
冗談をまともに受けた子どもが俺に退去を命じかけたその時、二つの方向から制止の声がかかった。一つは隣にいたココ、もう一つは奥から焦った様子でやってきた王子の世話役・ロレーズである。
「ヤルンさんったら。私達は王妃様方からご依頼をされているんですよ。きちんとこなさないと、今度こそ移籍させられてしまいます。捕まって、ユニラテラに帰れなくされたらどうするんです?」
「脱走する」
「えっ」
脱獄と要領は一緒だ。仮に魔導具の腕輪で魔力を抑えられたとしても、俺には前に使った「カフスを壊す言葉」がある。
それに、王族達は魔術陣の管理をさせたいのだ。あれを触る時には絶対に魔力が必要になるから、拘束は外されるはず。その隙を狙うのだ。
「なるほど……」
「問題は二人同時に囚われて、人質にされた時だな」
言うことを聞かないと、もう一人の命がないぞ! 的なシチュエーションである。すると彼女が真剣な顔になって解決案を出してきた。
「師匠にお願いして、私のカフスにも同じ機能を付けて頂きましたし、同時に発動させるのはどうでしょうか?」
アリだな。もし別々の場所に捕まっていても、俺達には手首の刻印がある。能力を強く引き出せば、お互いの状況を探ることも可能になるだろう。
「って、お二人とも! 私の目の前で恐ろしい脱走計画を立てるのは止めて下さいっ!」
せっかく議論が面白くなってきたのに、またしてもロレーズが水を差してきた。
「あぁ、ただの遊びです。どうせ俺が捕まったら、俺か師匠がキレてこの城は終わりだと思うので」
「一番の解決策が物騒過ぎます!!」
そ、そんな、良い大人が半泣きになって怒らなくても。でも、囚人みたいな人生はお断りだし、師匠も黙っているとは思えない。脱出案はかなり穏便な解決策なのだ。
ついでに言うと、手荒な手段に出た時点で、師匠がフリクティー王国と交わした魔術陣に関する約束も終わりになる。この国は管理人を失って困るだろうな。ココが真面目な顔のまま補足を加える。
「ユニラテラ王家と軋轢が生じるのも間違いないでしょうね」
「子どもの戯れをさらっと国際問題にしないで下さい!」
現実になった時を想像して背筋が寒くなったのか、ロレーズには「聞かなかったことにしますから、その思考は捨てて下さい!」と懇願されてしまった。
「こら! ぼくをむしするなっ」
話が本題に入る前から脱線しまくったが、こちらも暇ではない。引き受けた依頼をこなさなければ、眼下で地団駄を踏んで怒っているフレイルの相手を、延々とさせられることになってしまう。
それは激しく面倒くさい。俺はフレイルに右手を差し出して言った。
「さ、王子サマ、さくっと握手して下さい」
「なっ、なに、あくしゅだと? どうしてぼくが、ぶれいものとあくしゅなど!」
「魔力を持っているか調べるためですよ」
そう、これが幾つか受けた依頼のうちの一つ。魔力持ちが少ないこの国から、一人でも多く素養のあるものを見つけ出す手助けをして欲しいという内容だった。
おかげで、ここに来るまでにもすでに城内の色々な人達と握手をさせられており、俺はひとりロシアンルーレットの開催中だ。
いや、魔力があると分かった人間は強制連行されるようだから、状況は相手も同じか。初めて見た時は物凄くビックリした。この国怖過ぎ。早く帰りたい。
「まりょく? あくしゅをすれば、まりょくがあるか分かるのか?」
フレイルは太陽のような色をした瞳を見開き、聞き返してくる。それから俺の顔と差し出されたままの手を見比べて、うろうろと視線を彷徨わせた。
「簡単に言うとそうですね」
「そんな話、きいたことないぞ。ロレーズ、ほんとうか?」
「私も初めて聞きましたが、事実のようですよ。魔力があれば、フレイル王子にも魔術が使えるようになりますね」
「まじゅつを? そ、そこまで言うなら……早くしろ」
面倒臭そうに言いながら、そわそわしているのが丸分かりの様子で手を出してくる。こういうところは年齢相応に素直だな。じゃあ、と俺はその小さな手を取った。
伯母であるセクティア姫には魔力はなかったから、フレイルにもないと思うが……、そう思った瞬間、びくっと体が震える。ま、マジかよ。目を閉じて軽く確認したら本当にビンゴだった。
「ありますね」
「なにっ、ぼくにまりょくが?」
手を離し、こくりと頷くとフレイルはわなわなと震え、「やった」と呟く。魔術への憧れでもあったのか。魔力だけあっても、それなりに勉強もしないと魔術は使えないってきっと知らないんだろうな。
「これでロレーズから逃げられるし」
ん? なんだかヤバげなセリフを言ってないか?
「これまでの仕返しも思いっきりしてやれるぞ! あ」
「フレイル様、何と仰いました?」
「なんでもない、なんでもないのだ! ひえぇっ」
わぁ、これ完全に終わりのやつだ。俺とココがさっと耳を塞いだ直後、ロレーズの
『大気よ唸り、鳴り響け!』
の呪文と共にどおぉおおぉぉん! という轟音が発生し、部屋がガタガタと振動した。空気に干渉して爆音を鳴らす魔術だ。うぐ、頭まで揺さぶられてわんわんする……!
「結界、間に合いませんでした……」
ココも涙目で言って目を回している。ったく、ちょっとは待てよ。この人、相変わらず周りのことを一切考えないな、少しはターゲット以外の被害も計算に入れろっつの!
そして、耳を塞ぐことすら間に合わなかったフレイルは凄まじい音をまともに喰らってしまい、淡いオレンジ色の絨毯の上でぱったりと倒れていた。事切れてませんように。
あぁ、仮にも王子サマの部屋なのに随分と殺風景だと思ったら、しょっちゅうこうなるから、家具があまり置かれていなかったんだな? ロレーズは一仕事終えたかのように「ふぅ」と息を吐き出した。
「王子、少しは反省してくださいね?」
「反省するのはアンタだアンタッ!」
力の限りツッコんだら、また頭がくらりとした。
後日談の章タイトルを入れてみました。




