第五話 後継者探しのディナー・後編
引き抜きの話が出て、ディナーは微妙な空気に。母と娘の攻防やいかに?
改稿しました(9/11)
「い、今のは物の弾みというか、つい口から出てしまっただけで、深い意味は」
王妃は長い髪を複雑に結い、細身の紺のドレスを着ている。その深い色はまるで、すっかり外を満たした夜から切り取って縫い上げたかのようだ。
吊り上がった目をすっと細められると、きつい印象がいや増した。隣に座っている王様は口を挟んでこないし、フリクティー王国の実権を握っているのはこの人っぽい気がするな。
「セクティア」
「……はい、お母様」
母は強しとは真理だろう。常に周囲を振り回しまくっているあのお姫様が、たった一声でしゅーんと萎んでしまった。
順々に運ばれてくる料理を前に悪戦苦闘している子ども勢を放って、大人全員の視線が彼女に激しく突き刺さった。それでも、セクティア姫は目を泳がせながらも抵抗を試みる。
「だ、だから、それは魔術陣を管理する人間が居なくなると困るから」
「そちらの国には彼の御仁がいるでしょう」
話の流れ的に師匠のことだよな? 隣国の王妃にまでそんな風に呼ばれているなんて、本当に規格外なじいさんだぜ。
薄々とは感じていたが、あの人が各国で不自然なまでに重用されるのは、魔術陣のことだけが理由じゃないのかもしれない。まだ俺の知らない秘密がありそうだ。
「お母様も知っているのでしょう? そこの彼――ヤルンはあの人の弟子なのよ。師匠が大事な愛弟子を一人で行かせると思って?」
やはり、後で陣をチェックする時に面倒がないように、師匠が話を通しておいたのだろう。うーん、「愛弟子」かどうかは端に置いておくとしても、「一人で」はないだろうなぁ。
前にスウェルの隣のウォーデン領に行った時とは距離も事情も違い過ぎるし、たとえ俺自身が移籍を望んだって、放っておくとは絶対に思えない。師匠がその気になったら関所も国境も無意味だしな。
待てよ、じいさんを物理的に止められる人間って存在するのか? 思い付かないぞ。んん、実は「最強」に一番近かったりする……?
ハマってはいけなさそうな思考の沼に沈みかけていたら、王妃は「では」と矛先を変えてきた。
「そちらの女性騎士はどう? 彼女も陣を操れるのでしょう」
王妃の提案にココは目を見開き、小さく体を震わせた。異国に一人でやられるかもしれないとなれば、当然の反応だろう。
「護衛が足りなくなると言うのであれば、こちらで手配します。王族付きですもの、志願する者は少なくないはずですからね」
どうだかな? 代替要員なら同じくらいの実力は必要だ。ココの魔力感知や結界を張る力はズバ抜けていて、護衛役という仕事にとても適正があるのだ。
これは後から知ったことだが、先日の晩餐会で歌姫を案内するよう命じられた時も彼女は不審な気配を感じていたらしい。だから代わりを買って出ようとしたのだと言っていた。
ど、どーせ俺は察知したのに活かせず罠にはまった馬鹿野郎だよ。ぐぬぬ……!
とにかく、そんな彼女の代わりになる人間が、魔導士不足のこの国に転がっているとしたら、離しがたい人物じゃないのか?
まぁ、細かいことは良い。ココも要請を受け入れないだろうし。姫も良く承知しているから、当然、再び待ったをかけた。
「彼女はヤルンともうすぐ結婚するのよ。愛する二人を引き裂くなんて、可哀想でしょう?」
ええっ、何だよ、「愛する二人」って。対抗するためとは言え、いつの間に熱愛認定されてるんですかね? もしかして、俺達ってはたから見たらバカップルだったりする……!?
反射的にこっ恥ずかしい異議申し立ての声を上げそうになり、自分で自分の足をギュッとつねる。痛ぇ。
「なら、三人とも身請けしましょう。ユニラテラには優秀な魔導師が多くいるのでしょう? 三人程減ったところで大した損害にはならないはず。魔術陣に関しても相談すれば済む話です」
「だから……!」
「セクティア。いい加減になさい、この母に隠し事が出来るとお思いですか」
「うっ。……ごめんなさい、お母様」
一度は勢いを取り戻しかけていた姫が再びがっくりと項垂れた。あー、そういうことか。一連のやり取りは姫に自白を促すための茶番だったわけだ。
こうなっては素直に喋るしかなく、姫は洗いざらい白状させられた。
双子に魔力があり、特製のカフスを付けていることと、この件に俺が深く関わっているため、引き離すわけにはいかないことをである。
「……」
王族達は話が進むに従い、揃って驚きの表情を浮かべていき、ディナーの場はすでに食事どころではない空気になっていた。
あ、あの、居たたまれない気分になるから、そんなにまじまじ見詰めないでくれますかね……?
ちなみに、シリル達のカフスを見られたら魔力云々については一発で見抜かれるだろうと思っていた俺の認識は大きな勘違いだった。何故なら、この国にはまだカフスが存在しないからである。
姫の宣伝の効果もあってユニラテラではかなり普及しつつあり、あまりにも当たり前になりすぎて、完全に失念していた。
見れば、魔導師のロレーズは腕輪を着けていて、石の色は濃い青だった。
「それで、引き抜きは回避出来たの?」
ぐったりして部屋に戻るなり、休日をまったりと満喫していたらしいキーマに詳細を語るように要求された。ここでもルームメイトのこいつに、愚痴混じりに説明してやると、そう確認してくる。
「なんとかな」
応えてやったら、ふーと息を吐いて胸を撫で下ろした。何でお前が安堵するんだ?
「良かったー。また引っ越しになるところだったよ。せっかくユニラテラ王都に落ち着けそうだったのに、お隣の国に移住するとなったら手続きとか大変だよねー」
などと論点のずれた感想を述べる。問題はそこかよ。
「やっぱり付いてくる気だったんだな?」
「え? ヤルンがいないと、テトラ先生に魔術を教えて貰えないしね」
あぁ、そっちか。いや、そろそろ自分で勉強出来るようになれよ。最初は手解きしたけど、基礎は仕込み終えたし、後は独学でいけるよな? ココの勤勉さを見習えっての。
「なんで? ヤルンだって師について教わってるじゃない」
「俺はどっちかっつうと『つかれて』るんだよ。それに自分でもちゃんと勉強してるし!」
「じゃあ何を勉強したら良いかを教えてよ」
無限ループかよ、怖いよ。仕方ない、今度良さそうな本でも見繕ってやるか。フリクティー王国に入ってからは仕事と移動続きで、書物を読む機会もなかったしな。
本が読めず、活字中毒のココもストレスを溜めていたようだ。王城に着いたことだし、滞在中に図書館や魔導具店にでも誘ってみるか。
……ん、これってもしかしてデートに入るのか?
ココは「何度でも付き合う」って言ってたから声をかければ何処にでも一緒に行ってくれそうだけど、行き先としちゃあ味気ないというか色気が足りな……って何言ってんだ俺は!
「何で今の話の流れで赤くなるの?」
「なんでもない!」
そうだ、コイツも付いてくるんだろうし、断じてデートじゃないよな。そっちはまた改めて考えよう、うん。
「まぁいいけど。それよりさ、ヤルンが居なくなったら楽しみが無くなっちゃうから、それは由々しき問題だよねぇ」
「おいコラ。お前の人生観はおかしいって言ってんだろうが!」
俺は吠えた。気持ち悪いことを言っていないで、他に生き甲斐的なものをいい加減見つけろと!
「ええー。18年間生きてきて、最近なんてヤルンより面白いものはないなぁって改めて実感する毎日を送ってるのに?」
「部屋ごとぶっ飛ばされてぇのか? 俺は喜劇王じゃねぇ」
大事なことなので何度でも言ってやる。
自分は夢に向かって真面目に生きているだけだ。時々、変なことを思い付いたり、それで失敗しているように見えるかもしれないが、全ては幻。今すぐ忘れろ。
「また随分と酷いご都合主義を振りかざしてるなぁ。それで黒歴史がチャラになるなら、世の中は平和だろうね」
「うるさい、黒歴史って言うな!」
不毛な会話は続けるだけ互いの傷口を広げる一方だ。……違った、こちらばかりが塩を塗り込まれている。やめよう。
「まぁ、移籍を蹴るかわりに仕事を幾つか依頼されたんだけどな」
「交換条件? それ、こっち側にメリットある?」
「ないのに誰が働くかよ」
報酬はカフスの販売許可と、料金の上乗せだった。売れれば売れただけこちらの懐にも入ってくるから悪くはない。っていうか最初からそのつもりで大量に運んできたお姫様の商魂には脱帽だ。
加えて、王城で保管している水晶を分けてくれるとのことだった。
「ん?」
そこへ魔力の気配がした。ふいっと飛んできたのは一羽の黒い鳥で、師匠の伝令術だった。そいつはパサパサと飛びながらじいさんの声で言う。
「早くわしの部屋に来ぬか。じっくりと呪術の手解きをしてやるでな」
「えぇえ!? ま、マジでやる気なのかよ! ど、どうしよう、ここは戦略的撤退か!?」
人を呪う方法なんて知りたくもない。あたふたする俺に向かって、キーマは冷静にツッコんできた。
「それは逃げ切れる相手じゃないと意味のない戦略だよね?」
師匠はどこまでもどこまでも追いかけてきますからね、無理ですね。




