第四話 王城の迷宮・後編
迷路から突進してきたのは子ども。
一度は助けたものの、結構なくせ者だったようです。
馬車の列は当然、急停車した。降りて確認に向かうと、透明な空気の壁の中に入れられ、パニックを起こしてジタバタ暴れていたのは小さな子どもだった。
ふらつきながら突っ込んできた危険極まりないその子どもは、術を解いて風の壁から出してやると顔を真っ赤にし、地団太を踏んで怒った。
青色の髪は風に巻き上げられてバサバサになり、怖かったのか同じ色の瞳に涙を滲ませている。
「ぶれいものめっ、いきなり何てことをするんだ!」
はぁ? 言うに事欠いて「無礼者」とは、これはまた口の悪い子どもだな。
「びび、びっくりしたじゃないかっ」
「あぁしなきゃ事故ってただろうが」
多少荒っぽい方法だったかもしれないが、助けなければ思いきり馬の足だか車輪だかに撥ねられて、大怪我をしていたはずだ。子どもなんて撥ねた日には馬や御者のおじさんが可哀想だしな。
「ふん、随分と偉そうなオコサマだな。怪我せずに済んだんだから、少しは感謝しろっての!」
「きーっ、うるさいうるさいっ。ぼくにそんな口をきいて良いと思ってるのか、ぶれいものめ!」
ちっ、また「無礼者」かよ。よく見ると着ている衣服も上等そうだし、城の敷地内にいるのだから、この国の貴族の子息なのかもしれないな?
でも、俺は助けられておきながら礼も言わずに当たり散らす奴を、高貴な身とは絶対に認めてやらない。
「はいはい、失礼シマシタ」
「おまえっ、ぜんぜんシツレイだと思ってないだろ!」
思うわけないだろ。あぁもうギャンギャンと口うるさいガキだ。
「ガキだとー!?」
「どこからどう見たってガキだろ!」
「ガキと言った方がガキなんだぞ、きしみたいな格好したってだまされないからな、このにせきし!」
「に、にせ……!?」
偽物呼ばわりされ、俺の頭で何かがぷつりと切れる音がした。言い合いをしていた口を一時閉ざし、腕を振り上げてから再度開く。
『轟け――』
「わーっ! ヤルン、ストップ!!」
「お、落ち着いてください!」
後ろから羽交い絞めにしてきたのはキーマで、ココも俺と子どもの間に割って入り、まぁまぁと宥めてくる。
「なんで助けた子どもと怒鳴り合ってるのさ。何を言われたか知らないけど、吹き飛ばしちゃうつもり?」
「放せよっ、吹き飛ばすんじゃなくて雷を落としてやるんだ!」
「なお悪いって」
「こいつ、偽物呼ばわりしたんだぞ。俺が本物の騎士だって、骨の髄まで思い知らせてやるっ」
「思い知る前に死んじゃいますから!」
そんな、果てしなくみっともない応酬をしていた時、遠くから耳慣れない男性の声が聞こえてきた。
「……さまー、フレイル様ぁ!」
すると、実は俺の剣幕にビビッていたらしきその子どもは、「ひっ」と引きつれた声を出して硬直した。ぎぎぎと首を巡らせて後ろを振り向き、肩で息をしながら走ってくる人物を視界に収める。
「ろ、ロレーズ!」
「こ、今度こそ逃がしませんからね! ……『風よ!』」
「ひえっ」
ロレーズと呼ばれた追手はどうやら魔術の使い手だったようで、フレイルはまた風の檻の中に閉じ込められてしまった。うぇっ?
「いやいや、子ども相手にどんな捕獲方法だよ!」
自分がやろうとしていたことを忘れ、思わずツッコんだのだった。
外に留まっていても意味はない。建物の中に入ると、そこには華やかな空間が広がっていた。明るい色彩の壁や、あちこちに飾られた花々が目を引く。
迎えた客人を持て成す心遣い、なのだろうが、あいにく俺達はそれどころではない。衝撃的な事実が告げられたからである。
「えっ、フリクティー王国の王子サマ?」
「そうよ」
セクティア姫は、魔導師の小脇に抱えられて強制連行されてきた少年――フレイルを見るなり断言した。躾の全くなっていないくそが……もとい子どもが、この国の王族に相違ないと。
「私の弟のジュダの子どもよ。そうでしょ、ロレーズ」
「はい。仰せの通りです」
しかと頷く魔導師のロレーズは20代半ば辺りに見える男性で、長い髪を後ろで束ね、薄い緑のローブを着ている。二人は旧知の間柄のようだった。
「今は私が世話役を務めさせて頂いております」
「そうなの。ジュダの小さい頃にそっくりだわ。会わない間に大きくなったわねぇ」
「王子。伯母上のセクティア様ですよ」
彼はフレイル王子を姫の前に立たせると、王族らしく挨拶させようとした。しかし、その前に双子がやってきて、彼の周りをぐるぐると回る。
『だぁれ? あたらしいおともだち?』
「お、同じ顔っ? おお、お前ら何なんだ!?」
「シリル、ディエーラ。いとこのフレイルよ」
二人はもうすぐ四歳になる。それよりは大きいから、フレイル王子は六・七歳ってところか。態度は百倍くらいデカいが。少年は「双子」を初めて見るらしく、混乱している様子は面白くて胸がすっとした。
さっきは風の魔術にビビッていたし、今は同じ顔が二つあることに驚いているし、去勢を張っているだけなのかもしれない。
『いとこってなぁに?』
双子も初めて聞く単語に、全く同じタイミングで首を傾げた。ユニラテラ王家には、彼らの伯父や、叔母がいるのだが、どちらにもまだ子どもはない。だから知らないのだろう。
「いとこっていうのはね……」
詳しい説明を姫が子ども達にしている合間を狙って、俺はロレーズに近付き、軽く自己紹介してから問いかけた。
「何で迷路から飛び出して来たんですか?」
「はぁ、実にお恥ずかしい話でして。勉強をしていたのですが、目を離した隙に逃げられてしまったんです。今日みたいに迷路に逃げ込まれると、追いかけるのも一苦労で……」
あぁ、それで後ろばかり気にして、前方の確認が疎かだったのか。納得したところで、ロレーズが改めてフレイルに言いきかせようとする。
「さぁ、きちんとご挨拶なさってください」
けれど、フレイルは俺をびしっと指さし、「ロレーズ、このぶれいものをつかまえろ!」などと面倒臭いことを言い始めた。
「はぁ? また無礼者かよ。他に言うことはない、んですかねぇ?」
一応は王子なので相応の言葉遣いをしようとして顔が歪む。世話役も責任を果たそうと説得にかかった。
「何をおっしゃっているのです。王子は助けられたのですよ。馬車と接触していたら今頃どうなっていたか。きちんとお礼は言ったのですか?」
「むむむむ……! ぶれいものの『にせきし』に言うれいなどないっ」
「ああ? またニセ騎士って言ったな?」
本当にムカつくガキだ。こいつにはやはり頭のてっぺんから足の先まで、俺が正真正銘の騎士であると思い知らせないと気が済まない! と、怒りのままに手をかざそうとしかけたその時。
ロレーズは顔を真っ赤にし、やおら右手を上げた。
「王子、いい加減にしないとお仕置きですよ!」
「ひやっ」
あれ? もしかして俺以上にキレていらっしゃる? おい、その手で何をする気だ。ま、まさか……ちょっと待て!
「ココ!」
「はいっ」
俺達は声と視線を交わし、互いに同じ予感に駆られていることを感じ取った。さっと走り出し、自分はシリル王子の、彼女はディエーラ王女の手を取り、ぐいと引っ張って腕の中に抱き込む。
『う?』
直後、ロレーズの声が城の美しい玄関に高らかに響き渡った。
『轟け、一閃!』
「ぴぎゃーーっ!!」
どーん! 唱えた通りの閃光――黄色みを帯びた雷の一撃が落ち、甲高い悲鳴が聞こえる。収まってから恐る恐る目を遣ると、直立するフレイルの真横の床が焦げ、プスプスと煙を上げていた。
「はは、とんでもないところに来ちゃったかもしれないね」
「……」
キーマはいつもの呑気な調子で言ったが、俺には返す言葉が見付けられなかった。
ユニラテラの王族は国王と王妃の間に第一王子ジェライド・第二王子スヴェイン・第一王女ユリアの三兄弟がいます。
セクティアは今訪れているフリクティー王国の第二王女で、スヴェインに(押しかけ同然に)嫁ぎ、双子を設けました。
フリクティーの王族についても、本文内で触れていきます。




