第四話 王城の迷宮・前編
フリクティー王城内で見かけたのは、ちょっと珍しいものでした。
久しぶりに騎士見習い服に袖を通して訪れたフリクティー王城は、他国の王都の城に比べると、小ぢんまりとした印象を受けた。といっても十二分に大きく、上に高いというより横に長い感じだ。
「おっ?」
馬車に乗ったまま、煉瓦作りで暖かみのある城門を抜けると、目を奪われたのは木々で作られた緑の空間だった。種々の草花を愛でるために作られる「庭園」とは、明らかに趣が違う。
常緑樹らしき木の群れは、大人の背丈を越す高さで均一に切り揃えられ、結構な規模がありそうだ。何だか分からずボーっと眺めていると、気付いたココが興奮気味に教えてくれた。
「あれはきっと迷路ですよ!」
「めいろ? あの迷う迷路か?」
向かいに座るキーマも、興味深げに「みたいだねぇ」と言う。
「貴族や富豪が庭に作るって聞いたことあるけど、王城の前庭部分にあるなんて、世界中探しても珍しいんじゃないかな?」
「ですね。私もここまでのサイズの迷路は初めて見ました」
「へぇ」
各地へ旅をしてきた自分からすれば、わざわざ自宅で迷いたいなんて物好きの極みだとは思うが、ちょっと面白そうかも? とも思う。
人を出迎える玄関部分に迷路があるとは、いかにも、あのお姫様が生まれ育った城という雰囲気がする。
小さい頃は良く入り込んで、世話をする使用人達を困らせたのじゃないだろうか。彼女の血を引く双子の子ども達も、嬉々としてあの入口に飛び込んで行きそうな気がした。そう呟くと、キーマが苦笑する。
「凄く広そうだし、もし王子様達が隠れたら捜すのは骨が折れそうだねぇ」
「お二人とも、まだ魔力が感知できませんし……。ヤルンさんも、距離が離れていると難しいですよね?」
「ん? お前ら何言ってんだよ」
二人が真剣に議論をするので、俺はそう応えた。自分が出口を求めて彷徨う過程を楽しむならともかく、誰かを捜すためにどうして不必要な苦労をしなければならないのだ。
「え、どういう意味?」
「地道に捜す他に、良い手があるんですか?」
「んなの、飛んで上から探せば一発じゃねぇか」
壁の役割を担う木に視界を塞ぐ高さがあるといっても、迷路の屋根部分はぽっかりと開けている。せっかく試行錯誤の末に空を飛べるようになったのだから、利用しない手はない。
事実を指摘すると、ココとキーマは目を点にして数秒間無言になった後、同時に手を打った。
「上かぁ。盲点だね」
「それならすぐに見付けられますね!」
「なっ、これ以上ないくらいの名案だろ?」
へへん、もっと誉めても良いんだぞ? 自信満々で胸を張ったら、キーマが笑顔でツッコんでくる。
「迷路の愛好家には、邪道だって叱られそうだけどね」
「ん?」
「それにヤルン達が空を飛べるって知ったら、絶対に王子様達が『自分も飛びたい!』ってせがんでくると思うよ?」
「あー」
うわぁ、あり得る。前半の愛好家云々は無視するにしても、後半の内容は聞き捨てならない。結構、困るかも。
飛空術自体は、概ね完成済みだった。が、まだまだ改良の余地は山ほどあるし、他人を飛ばせるほどの熟練度に達しているとは言い難い。むむむ……、よし!
「飛ぶのは最後の手段に決定だな」
「あはは、名案が速攻で頓挫したね」
「うるせぇな、決断力があると言ってくれ」
「では、次の課題は術の簡略化と、術者以外を飛ばす方法ですね?」
「さらっとやることが増えた!?」
ショックを受けていると、黙ってやり取りを聞いていた師匠がおもむろに口を開く。この流れで何を言う気だ?
「雁首揃えて何を言うておるかと思えば。ただの迷路なぞ、そのままでは面白くも何ともあるまい」
「は? 『そのままでは』って?」
よせば良いのに、毎回こうして聞き返してしまうのが俺である。弟子の悲しい性かもしれない。すると、じいさんは講義でもするかのように、真剣な表情をした。ごくり。
「迷路じゃぞ? 魔導師たるもの、立ち入る者を迷わせる魔術くらい組み込まぬか」
「それもう誰も出られないヤツだよな!」
「魔術くらい」じゃねぇ。入り込んだ人間を捜す方法について喋っていたはずなのに、なんで王城の中に恐ろしい迷宮を拵える話になってるんだっつの!
「ふぅむ、惑わしか。歌で人心を操る術を身に着けたことじゃし、本格的に呪術を教えるとしようかのう」
「はぁっ?」
更に変なところに飛び火した! 呪術って、結構前に「危ない」って言ってなかったか? このまま永遠に知らずに済むかと思っていたのに、やっぱり教える気か。俺はぶんぶんと首を横に振る。
「い、嫌っスよ。もっと実益があって、人が喜びそうな魔術を教えてくださいよ」
「呪術も使いようによっては金になるし、ある方面では喜ばれるぞ。失敗すれば術が跳ね返って自分が呪われるがな」
「払う対価がデカ過ぎだろッ!」
人を呪わば、というフレーズと、大きな鎌を持った死神がにやりと笑う様が頭に浮かび、背筋が瞬時に寒くなった。まずい、まずいぞ。本当に人を呪う方法を教え込まれてしまう!
俺はなんとしても避けようと、違う話題を振ってみることにした。
「あぁ、そうそう! 前から聞きたかったんスけど、時間を操る魔術なんてないんスか?」
「む?」
最近、「時間を巻き戻したい」と切に願う場面が多々あったので、師匠に確認したかったのだ。他に色々とあり過ぎて、聞くのをすっかり忘れてしまっていた。
「……ないこともない」
じいさんはぽつりと言い、一度言葉を切った。魔術に関しては饒舌になる師匠にしては歯切れが悪い。どうしたんだろう?
「時を操るのは、神の領域に足を踏み入れるに等しい行為でな。しかし、お主が真に望むならば、途中の過程を全て飛ばして今すぐ伝授せぬこともないが」
「要る要る! 途中の過程めちゃくちゃ要るから飛ばさないでくれっ」
危険を回避したつもりが、呪術よりも恐怖の講義を行われそうになり、大慌ててストップをかける。くそっ、前も後ろも崖っぷちか!?
4人でそんなすっ惚けたやり取りをした、フリクティー王城名物の迷路ではあったが、どうせ帰るまで縁のない場所だろうと思っていた。
あれは王族の遊び心だ。城を訪れる貴族達を楽しませるために、お抱えの庭師が日夜精を出して美しく保ち続ける、一種の芸術品である。他国の騎士が立ち入る機会は恐らくあるまい。
と思いながらも尚、興味が尽きずにぼけっと眺め続けていた時だった。
「ん?」
斜め前方に見える迷路の入口らしき場所から、何かがぴょんと飛び出してきた。
それはごく小さな影で、左右にふらふらとしつつも、このゆっくり走る馬車の列に近付いてくる……って!
「くっ!」
気付くと俺は馬車の扉のくの字型になっている取っ手に手をかけ、躊躇いなく捻っていた。
空気抵抗が凄い。それでもぐぐっと外側へ押し開けると、外気が塊と化して入り込んでくる。カーテンや髪や服の裾を容赦なく叩き、車内で激しくうねった。
「きゃっ」
「わっ?」
突然の出来事に二人が声をあげる。唯一動揺しなかったのは師匠だけだ。
「ヤルン、急にどうしたのさ!?」
速度を落としているとはいえ、走行中の馬車の扉を開ける行為は非常に危険である。理由を説明した上で実行したかったけれど、目の前の状況がそれを許してはくれそうになかった。
「なっ」
前を行く馬車に従って走らせていた御者も、影にようやく気付いたらしい。咄嗟に掴んでいる手綱を振って、走る二頭の馬達に進路の変更を指示しようとした。――駄目だ、間に合わない!
『風よ!』
入口のステップへ片足をかけ、近付く人影に向かって片手を向け叫ぶ。細かい調節をしている間などなく、呼び寄せたそれは影をすっぽりと包み込んだのだった。
第三話の一部を改稿しています。話の筋は変わっていませんのでご安心ください。




