第三話 隣国の王都への道行き
第二話のその後から王都に着くまでの閑話。ヤルンはセクティアにとあることを指摘されて……。
旅はそれなりに順調だった。セクティア姫と子ども達一行はさしたるトラブルにも見舞われず、予定通り山や森、川などの風光明媚な場所を見て回りつつ王都を目指す。
俺達は基本的には同行しつつも、時々道を逸れて方々の城に立ち寄っては魔術陣の点検を行い、再び一行に追いつく、という慌ただしい行程で進んでいた。
そんな風に幾日かを過ごしたある日。街道を行く途中で大きな湖のほとりに辿り着き、昼休憩を取ろうということになった。
「ちょっとこっちにいらっしゃい」
「俺っスか?」
「そうよ」
静かな湖は青く透き通り、向こう側に見える林を抜けてさやさやと吹いてくる風が心地良く肌を撫でていく。
旅に付き添う使用人達は木陰に簡易なテーブルと椅子を用意して姫を座らせ、お茶やお菓子を準備した。双子は湖が見たいようで、連れだって走っていくのを大人達が追い掛けていく。
俺は本来の仕事である護衛としての役目を果たすべく、命じられた位置で周囲を警戒していたところを、姫に呼び寄せられた。隊長のレストルにも許可を得て彼女に近付く。
「何スか?」
「貴方、疲れているのではなくて? やつれて見えるわよ」
「え、やつれて……?」
ぎくりとして自分の顔に触れてみるも、特に変化は感じ取れない。だが、原因には心当たりがあった。うーん、顔に出ているのか、参ったな。姫は声を潜めて更に問いかけてくる。
「そんなに例のお仕事って大変なの?」
「えっ。いや、仕事の方は移動が面倒なだけで、そこまで大変ってわけじゃ」
例の仕事――魔術陣の点検は、頭を使う作業ではある。刻まれた文字や図や記号が正しく機能しているかを判断し、弱っている部分があれば補強するのだ。
普段は誰も触らないのに劣化するとは、なんとも不思議な話だが、陣も魔術の一部である以上、年月の流れには逆らえないらしい。
「半分をココが請け負ってくれてますし、最終的なチェックは師匠がしますから。何件もこなして間違いもほとんどしなくなったし……、目が疲れるくらいっスかね」
「そう。なら、他に懸案事項があるのかしら? やっぱりココの怪我の具合が良くないとか……」
姫は近くに居たローブ姿のココを手招いた。俺もココもしょっちゅう抜けるので、護衛の仕事中はローブの胸元に騎士バッジを付けるようにしているのだ。
パッと羽織れるのは便利でも、構造上、帯剣出来ないのが寂しいところだな。
ちなみに、本当の理由を明かせない旅の同行者達には「姫の命令で動いている」とだけ伝えてあった。
王族絡みの案件なのは事実だし、協力して貰うことにしたのだ。おかげで詮索されたりせずに済み、助かっている。
「セクティア様、お呼びですか?」
「えぇ。肩の調子はどう? 辛いのなら馬車で休んでいても良いのよ」
訊ねられたココはにこりと笑って「いいえ」と首を振った。
「ご心配下さってありがとうございます。大丈夫です! 怪我もヤルンさんが毎日治癒術をかけて下さったおかげで、すっかり良くなりました」
「確かに顔色も悪くないみたいね。じゃあどうしてヤルンは……」
「その、ちょっと寝不足なだけで! ほら、『枕が変わると眠れない』っていうじゃないスか」
俺は追及を避けたくて適当な理由を吐く。が、いつもながら変なところで敏い姫には通用しない。間髪入れず、「また嘘を言っているわね?」と看破してきた。軽く睨んでくる。
「貴方は嘘が下手だと何度も言っているじゃないの。私は王族なのよ。会話相手の表情の機微くらい読み取れないと思って? 甘く見ないで頂戴」
とまで言われてしまえば、こちらは白旗を上げて降参するしかない。ぬぐぐぐ!
「そんなに言い難いのならココに聞くとしましょうか。ねぇ、彼は一体何を隠しているの?」
「はい。それはきっと夜の……」
「わーっ! わわーっ!!」
ココがあっさりと話してしまいそうになり、俺は慌てて大声を出して妨害した。往生際が悪かろうがなんだろうが、極めてプライベートな内容だ。詳細まで知られて堪るかっての!
「もう、何なの。じれったいわね」
うう~、仕方ないな。ココに任せると包み隠さずバラされてしまうだろうし、こうなったら自分で話すしかないか。えぇっと?
「夜に、け、結婚に向けての準備をしてるんですっ。だから、寝不足なのは本当で。なっ?」
「は、はい」
非常にオブラートにくるんだ言い方ではあるものの、嘘は一切ない。彼女もすんなりと同意してくれ、ホッと一安心である。
師匠の訓練もあるので毎晩ではないにしろ、ちょくちょくココとあの「特訓」をしていて少々参っているのだ。そのせいで、やつれて見えるんだろうよ。
その方針はいたってストレート。前に魔力のやり取りで俺が躊躇した時と同じく、「慣れるまでやれば良い!」という、潔いまでに簡単且つ強烈な根性論である。
結果、二人とも時々部屋を傷付けたり物を壊したりしては、魔術で修復している有様だ。しかも、相変わらずキーマの目の前でやらされるので、甘い空気はほぼ皆無。まさしく「訓練」そのものだった。
『なんで人前でやるんだよ』
『本番が人前だからですよ?』
『……』
『ほんと、贅沢な悩みというか難儀な体質というか』
キーマにもあけすけに言われるし。たまに吹き飛ばされたりしているのに逃げないところは、流石はお楽しみマニアって感じだが。
……別に俺だって嫌ってわけじゃない。ココを好ましく思っていないのなら、「婚約」なんて大それた話を受け入れたりはしないし、真っ直ぐな彼女とずっと一緒に居られること自体は嬉しく感じている。
だから特訓にも、へとへとになりながら取り組んでいた。まぁ、これが一般的に言う愛や恋か? と聞かれると、お互いちょっと……いや、かなり違う気もするけど。
って、まじまじ思い返していたら恥ずかしくなってきた! 俺のしょーもない心の内はさておき、理由を聞いた姫は驚きの声をあげた。
「あら、そうならもっと早く言いなさいよ。お祝いの準備にも時間がかかるって伝えておいたでしょ?」
「お、お気持ちだけで十分っス」
「お祝いの言葉を頂けるだけで嬉しいです」
「そんなに遠慮しなくて良いのよ?」
ココはともかく俺はマジで遠慮じゃないから! と言うと怒るだろうし、抵抗しても無理やりにでも送ってくるんだろうな。後は「変なものじゃありませんように」と神様に祈るしかない。
しっかし、これ以上話していると、ぽろっと変なことを口走りかねないぞ……。
「そ、それより、この国の陣について相談したいんスけど」
「あぁ、そういえば話がありそうだったわね」
そこで俺は前から相談しようと思っていたことを話題に乗せた。本来であればもっと人払いされた場所ですべきなのだろうが、相手が王族ではなかなか難しい。
身内しかいないこのタイミングが、譲歩出来る限界だと判断してのことだった。姫も周りをくるりと見回し、事情を呑み込んだようである。
近くに添う侍女に椅子を増やすように言い付け、しばらくは離れているように命じてから「それで?」と本腰を入れてくれた。
「師匠から聞いたんスけど、フリクティー王国には魔術陣を触れる魔導師があまりいないみたいで――」
「おかえりなさい!」
一週間ほどで辿り着いた王都は、「第二王女の里帰り」というイベントに湧きに湧いていた。
馬車が列をなして走る大通りは国民の歓声で溢れかえり、ぱっと投げかけられた鮮やかな花びらや、色とりどりの紙吹雪が風に遊ばれて空に舞い上がる。
「うわぁ、凄ぇ歓迎ぶり」
一等馬車の幾つか後ろを走る俺達は車内のカーテンをこっそりとめくって、小さい子どもから老人に至るまでが通りにひしめき合い、笑顔で手を振る様を眺めた。
おっと、目が合いそうになった。観察もほどほどにしないと。
「ユニラテラにいると気付かなかったけど、あの人って人気あるんだな」
「こちらはセクティア様の故郷ですからね」
「それに今回は子どもを連れての帰郷でもあるしねぇ」
その理由もあったか。シリル王子とディエーラ王女は、フリクティー国王の孫にあたるんだよな。双子ってだけで物珍しさもあるだろうし、王都の人達がその姿を一目見たいと思っても不思議じゃないか。
わぁわぁといつまでも鳴り止まないざわめきに背中を押され、俺達は王都の最奥に建つ城へと向かったのだった。
(ヤルン以外は)のんびり回でした。やっとフリクティー王都に到着ですね。




