第二話 まだ騎士じゃない?・後編
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お姫様ご一行を追いかけるヤルン達。ようやく追いついて、大きな疑問を解消します。
結局、追いついたのは次の宿だった。そこは更に隣の領で、時刻は昼と夕暮れのちょうど間くらいである。
御者のおじさんと、馬車を引っ張ってくれた二頭の馬達には少々無茶をさせてしまった。しっかり休憩して貰うとしよう。
『きたー!』
「おっと?」
スウェルと同じくらいの規模の城の敷地内に入るなり、軽装のシリル王子とディエーラ王女が俺とココにぱっと飛びついてくる。後ろからは二人の母親であるセクティア姫が何やら呆れた顔でやってきた。
「もう、やっと来たのね?」
「え、もしかして待ってました……?」
そんなわけないよなぁと思いつつ問いかけると、意外にも「そうよ」と返事されてしまった。なんでだ? こっちには追いかける大きな理由があったけど、そっちには俺達を待つ理由なんてないよな?
「子ども達が、『ヤルンとココは?』って、馬車の中でずっと騒いでいたのよ」
「……?」
彼らには、常に使用人や護衛役が何人も張り付き、世話を焼いている。皆、俺達よりもずっと長い年月、仕えてきた人ばかりだ。子ども達にとっては生まれた時から近くに居る存在だろう。
「遊び相手なら沢山いるよな?」
「ですよね」
ちなみに、言うまでもなくどちらも女性率が高い。そのため、使用人を束ねるシンと護衛役の隊長であるレストルの存在感は際立っていた。
二人は共にトンデモ姫に振り回されてきた、いわば戦友同士のような間柄だ。お姫様本人に言ったら、「なんですって?」と物凄~く睨まれそうだけど。
「一番若いからじゃないかしら? 二人とも、貴方達のことが大のお気に入りみたいよ。私と一緒でね?」
「は、はぁ」
ふふっと楽し気に笑いかけられても、どう応えていいのだか分からない。
子どもの「お気に入り」と、姫のそれとでは意味がだいぶ違うのじゃないだろうか。所謂、ご寵あ……深く考えない方が良さそうだ。
「着いたばかりで疲れているかもしれないけれど、少しだけ相手をしてあげて頂戴」
「了解っス」
「さ、そっとですよ」
『わぁっ』
俺とココはそれぞれ使い魔……というか仔猫を取り出し、双子に手渡してやった。にゃあにゃあ鳴くこの二匹も旅に連れてきていたのだ。体内に入れておけば良いから持ち運びも簡単である。
王子達はココの言い付けを守ってそうっと受け取り、嬉々として撫で始める。よしよし、しばらくは相手を頼めそうだ。
子ども達がもう少し大きければ預けっ放しでも良いのだが、今はまだ見張っていないと、もみくちゃにされそうで怖い。テトラ達には「反撃は駄目」と命じているし。
「どうしてこんなに遅かったの? 昨日のうちには合流できると思っていたのに」
首を捻る姫に、俺は別れてからのいきさつを説明した。転送術による消耗が想像以上にきつかったことや、途中に立ち寄った城で魔術陣のチェックをしたこと、それから……。
「待って。その話は後でしましょう」
「あ、すみません」
姫に鋭く制され、ぎくりとした。そうだ、人目があるところでべらべらと喋ってしまって良い話題ではなかった。
師匠があっさりと教えるものだから忘れそうになるが、魔術陣のことは他の人には秘密なのだ。その存在や、点検して回っていることを知ったら、悪用しようとする人間もいるかもしれない。
「あれ、師匠は?」
辺りを見回せば、その教えた張本人もいなくなっていた。御者と一緒に休みに行ったのだろう。
代わりに、別の誰かに名前を呼ばれ、振り返ると騎士服姿に帯剣したレストルが手を上げながらやってくるところだった。
「お前達もようやく来たんだな」
「はい。遅くなりました」
「隊長さんも私達に何かご用が?」
「あぁ、3人に渡したいものがあるんだ。来てくれ」
渡したいものって何だろう。……そうだっ、俺にも確認したい超・重大事があったんだった!
ちらとテトラ達を見遣ると、子ども達はその温かくて柔らかい体を撫でたり頬に寄せたりと、まだまだ遊び足りないようだ。うーん、取り上げるのはまずそうだし、少しなら放っておいて大丈夫か……?
「猫ちゃん達なら私が見ておくから、安心していってらっしゃい」
不安が表情や仕草に出ていたのだろう。姫が笑顔で請け負ってくれた。侍女達も付いているし、それならと任せることにした。
レストルは客間の一つに俺達3人を連れてくると、自身の荷物らしい鞄を開いてごそごそと漁り始めた。
「隊長。聞きたいことがあるんです」
「ん?」
「俺達、試験には合格しましたけど、任命はまだですよね。もしかして、まだ見習いのままなんですか……?」
これを聞くために、急いで追いかけてきたのだ。緊張しながら返事を待っていると、レストルは「あったあった」と目的の物を見つけ、何かを手に立ち上がった。
「ほら。本当はこちらに着いたらすぐに渡そうと思っていたんだが、お前達が移動するなり倒れてしまったからな。遅くなって悪かった」
「え……」
大事な質問の返事を貰えないまま手渡されたのは、片手に乗るくらいの正方形の木箱だった。同じ物をココとキーマにも渡している。
「何でしょう?」
「自分まで貰ってしまっていいのかな?」
ぱっと見には指輪が入っていそうなサイズの小箱で、男女の間に交わされたものであればプロポーズの場面になっただろう。
「まじまじと箱ばかり見詰めていないで、早く開けてみろ。答えもそこに入っているから」
「答え? ……あ」
小さく呟きながらパカリと開いてみたら、小箱には白い布が敷き詰められ、優しく守られるようにして銀色に輝くバッジが収められていた。
「これって……!」
「あ、皆さん形が違うんですね」
ココの声に弾かれて2人のものと見比べてみる。国の護り手たる盾自体は同じだが、あとの意匠が違った。
キーマのバッジには剣師であることを表す剣が重ねられ、ココのものには魔導師の象徴ともいえる本を模した形が加えられている。そして俺のそれには――剣と本の両方があった。
そっと箱から摘み上げて、しげしげと眺める上からレストルの声が降ってくる。
「ヤルンは試験で剣を使っていたんだろう? 扱いぶりもなかなかだったと聞いたぞ。そのバッジの形は騎士団の上役とも議論し合った上での決定だ。もっとも、魔術と違って剣の方はまだまだ腕を磨いて貰わないといけないがな」
今後は任務時に帯剣を許可すること、王都に帰った後は剣の訓練にも参加すること……。
「……っ」
優しくも厳しい彼の話を聞いているうちに、冷たいバッジを掴む指が小刻みに震えて、視界がじんわり滲んでくるのが分かった。目の奥がずんと痛む。
キーマは無言でぽんと俺の肩を叩き、ココも腕を軽く掴んで「良かったですね」と微笑んだ。
星がきらきらと瞬き、上弦の月も柔らかい光を地上へ投げかける。そんな、俺の夢がようやく形となった記念すべき日の夜。
「わっ、凄く良い部屋だな!」
「さすがは王族を護衛する騎士が泊まる部屋だね」
案内されたのはキーマとの二人部屋で、ベッドも家具も一級品の立派な一室だった。試しにベッドに座ってみるとふかふかで、清潔感に満ちた印象だ。
根っから庶民の自分には分不相応に上等で、きちんと眠れるか不安になるほどである。こいつはうっかり汚したり床に傷なんか付けたりしないよう気を付けないと。ぐぐ、段々怖くなってきた……!
「なぁ、頼んだらグレード下げて貰えると思うか?」
「向こうも体面があるから難しいんじゃない? いっそ床で寝れば?」
「そうだな」
「えっ、冗談だよ!?」
俺が真顔で返すと、隣のベッドに腰かけたキーマの方が驚き、滑って落ちそうになっていた。他人に見られたら騒動になるから、本当にやっては駄目らしい。ちぇっ、上流階級って面倒だな。
「失礼します」
そこにノックと共にやってきたのはココだった。この城の魔術陣は昼のうちに点検し終えていたため、夜の訓練の迎えだろうと思ったら、彼女は室内にすいすいと入ってくる。
「ん? 師匠のところに行くんじゃないのか?」
「いえ。旅の間、時々私達だけで訓練をさせて頂けるようにお願いしてきました」
「へ? なんで……?」
キーマと一緒になってぽかんとしていると、ココは詳しい説明もなしに白猫のネオンを出し、俺にも黒猫のテトラを出すように言ってくる。んん?
「にゃーん」
パワフルな双子の相手をしてお疲れ気味だった使い魔達も、数時間休んですっかり元気を取り戻していた。二匹をキーマに渡した彼女は、次いで魔力感知の訓練用カードを手元に置く。
テトラ達がそれらを前足で器用にカラカラと混ぜながら、各種の魔力を込めていった。キーマにどの属性が込められているかを当てさせるためだ。
うん、そっちは任せておいて大丈夫みたいだな。って、だからどうして俺達だけ?
キーマの様子を見届けたココは、今度はこちらに近寄ってきて右隣に腰を下ろした。距離がとても、とても近い。少し動くだけで肩や腕が触れ合ってしまいそうだ。
わっと声を漏らして身を引こうとしたら、すかさず腕を掴まれてしまった。
「さぁ、私達も特訓しましょう!」
「特訓? 何の?」
「えぇと、まずは腕を組むところからスタートして、次にハグでしょうか」
「はっ? 腕を組む? ハグ!? な、なんでいきなりそんなことを!」
突然の提案に困惑しきっていると、ココが「だって」と赤みを帯びた唇をきゅっとすぼませた。う、可愛い。
「ヤルンさん、訓練以外ではちっとも近寄ってきて下さらないじゃないですか」
「それは危ないからだって分かってるだろ」
ココを異性として見られないわけじゃない。むしろ逆だ。今だってドキドキしている。だからこそ、触れると感情に刺激された魔力が騒いで危険なのだ。
「言っただろ。これまで女の子と付き合ったことなんてないから、近付かれてもどう接したら良いのか分からないんだって」
「私のことがお嫌だからじゃないんですね?」
「……あぁ」
だから「ちょっとずつ」にして欲しいと前に伝えたのだが、お互いの考える期限には大きな隔たりがあるようだった。ココは俺の手を取って真剣なまなざしを向けてくる。更にどきっと胸が弾んだ。
「ヤルンさんの事情は理解してます。でもこのままじゃ私達、いつまで経っても結婚出来ません」
「け、結婚? それとこのスキンシップに、どういう繋がりがあるんだよ。師匠に許可まで取ってさ」
ドクドク鳴る心臓を抱え、身を離そうとする俺に、ココが「逃げないで下さい」と迫ってくる。温かい吐息が俺の顔に当たって呼吸が出来ない。
「おおいに関係ありです。当面の目標は、『結婚式で誓いのキスが出来るようになる』ですね。さっ、一緒に頑張りましょう」
「ち、誓いのキス……!?」
がん! こん棒で殴られたような衝撃が後頭部に走る。真っ白になった思考で硬直していると、仔猫達とカードのやり取りをしていたキーマが胡乱な瞳で言った。
「ヤルン、そのことに気付いてなかったんだ? ま、部屋を壊さない程度に頑張れー」
「ココの主張は分かったけど! なんでそんな超絶恥ずかしい訓練? を、人前でやらなきゃならないんだっ?」
せ、せめて二人きりで――わっ、待て待て、待ってくれってば……!
避けては通れない話かな、とココとのやりとりを最後に入れましたが、おかげで中盤の良い空気が吹き飛んでしまいますね……(苦笑)。
【追記】ココとのやり取り部分を改稿しました(8/14)




