第二話 まだ騎士じゃない?・前編
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第一話の翌日、挨拶を済ませて一行を追いかけるヤルン達。馬車の中でとある事実に直面します。
こちらに来た翌日。すっかり体調も戻った俺達は、スウェル城で幾つもの懐かしい顔ぶれと再会した。世話になった教官や、兵士見習いの頃から一緒だった、今や出世したかつての同僚達である。
考えてみれば、隣のウォーデン領に行ったあとは直接王都へ飛ばされてしまい、こちらへは戻れていなかった。
日数としてはそこまで経っていないはずなのに、言葉を交わしてみると凄く久しぶりに思えて不思議だ。故郷って、そういうものなのかもしれないな。
「お前ら、本当に騎士になるなんて凄いな!」
「同期として鼻が高いぜ」
「……へへっ」
皆、兵士として一緒にいた頃は、俺を怖がって遠巻きにしたり変な噂ばかりしていた奴らだ。そいつらが手放しで褒めてくれたことは、数年がかりで見返すことが出来たようで痛快だった。
まぁ、キーマはリーゼイ師範に許可なく王都に行ったり、騎士見習いになったことをこんこんと説教されていたみたいだが。
ほれ見ろ、欲望のまま突き進むからそうなるんだぞ。たまには大人しく絞られろっての。お、俺は違うぜ? 半分くらいは師匠がお姫様に命令されて仕組んだことだし。
そんな感じでひとしきり挨拶を終えると、自分達は手荷物を抱えて町とは反対側にある国境門へと向かった。
「あれか?」
「きっとそうですよ」
「待っててくれたみたいだね」
そこには見覚えがあるような二頭立ての馬車が一台ぽつんとあり、傍らに師匠ともう一つの人影があった。ココが声をかける。
「お待たせしてすみません」
「ようやく来たか」
じいさんが待ちくたびれた顔で応え、隣に立つ中年の男性が軽く頭を下げて微笑んだ。
「皆さん、お久しぶりですね」
「あっ、あの時の!」
濃い茶の髪と瞳という地味な外見ながら、朗らかな笑顔にはピンときた。その男性は、超特急でウォーデン領へ移動した時にも御者を務めてくれたおじさんだったのだ。皆、口元を綻ばせる。
「はい。今回も皆さんと旅をすることになりました」
とても世話になったし、人当たりの良い人でもあったから同行して貰えるのは有難い。改めてよろしくお願いしますと伝え、早速馬車に乗り込んだ。
さして広くもない車内に、入口から向かって左手に俺とココ、反対側にキーマと師匠が座り、荷物を足元におろしたところで、馬車はすぐに動き始める。
「この乗り心地も懐かしいな」
「また乗ることになるとは思いませんでしたね」
雲のあまりない朝の空の下を、車輪のガタガタという揺れを全身で受け止めながら門を抜ければ、その先はいよいよお隣のフリクティー王国内だった。
「叙勲式もだけどさ、もうちょっと出発が遅かったら正騎士服が着られたのにな」
「それは確かにねぇ」
しばらくは車内でのんびりすることになるので、揺れに身を任せながら惜しく思っていたことを吐き出す。
そういう今は簡素な私服姿で、足元の荷物の中にローブと騎士見習い服をぎゅぎゅっと押し込んでいる。フリクティー王国にいる間は、どちらもここぞという場面でしか着ることはないだろう。
「仕方あるまい。これ以上出立を遅くは出来ぬからな」
ココとお揃いの黒地のマスターローブは村や町では非常に目立つし、無意味に「魔導師です!」と喧伝しているも同然になってしまう。
しばらくは地方を回るし、前にファタリア王国を旅した時と違って団体でもないから、ちょっと恥ずかしい服装だ。
そしてユニラテラ王国の騎士見習い服は、こちら側では仕事着というよりも正装としての色合いがぐっと濃くなる。
着て歩いているだけで、こちらの兵士や騎士を刺激してトラブルになりかねない。というわけで残念ながら荷物袋行きである。
「むー、分かってますけど……」
ふん、分かってはいても悔しいものは悔しいではないか。式に出られず、服も与えられないのでは、正式な騎士になった実感が全く味わえないのだから。
ん、待てよ? それって。
「まだ正式には任命されてないんだから、身分は見習いのまま? あれっ? もしかして俺達、まだ本物の騎士じゃない……!?」
自分で呟きつつ恐ろしい事実に気付き、一気に頭が真っ白になってしまった。まさかまさか、ユニラテラ王都に帰って任命されるまでずぅっとお預けか? そりゃないだろ!?
焦り始めた俺に、のんびりとした口調で異を唱えてきたのはキーマである。
「試験には合格したし、自称はしても問題ないんじゃない?」
「証明するものが何もないのに『騎士』を自称するなんて、頭おかしいヤツだと思われるだけだろうが!」
「み、皆さんに追いついたら隊長さんに確認しましょうよ、ね?」
適当過ぎる意見に激怒する俺へ、ココが取りなすように言う。そうだな、マイペースに移動すれば良いと思っていたけど、こうなったら早く追い付いて確かめないと!
先発組は、ゆっくりと各地を観光しながら、城や貴族の屋敷に宿泊しつつ日数をかけてフリクティー王都を目指すという旅程だった。
「綺麗ですね」
「やっぱりユニラテラとは全然違うねぇ」
農業が盛んなこの国は自然も豊かで、遠くに連なった山々が見渡せる丘や遥かな草原、農民達が精魂込めて耕した広大な畑など、気持ちの良い景色が多い。
セクティア姫はそんな故郷の風景を、ほとんどお城の中でしか生活してこなかった二人の子ども達に見せたいらしい。
だから、ガンガン突き進めば次の宿で追いつくだろうと思っていたのだが、どうやら考えが甘かったようである。
「皆様でしたら、早朝発たれました」
「ふむ、一足遅かったようじゃのう」
とある大きな町で領主の城に行ってみると、執事然とした壮年の男性に済まなさそうに言われてしまった。そう、姫達はここに宿泊しているはずだったのだ。ええ~。
なお、こういう場面で面倒な手続きなしに取り付いで貰えるよう、師匠が姫から花の紋章入りの手紙を預かっている。騎士見習いになる前に俺が受け取っていた封書と同じ物だ。
でないと、急に訪ねて行っても不審人物だと思われて、最悪の場合は捕縛されちまうからな。
もう冷たい鉄格子の中には入りたくない。もしまた濡れ衣でぶち込まれたら、今度こそ脱獄してやると固く決意している。
「入れ違いになってしまいましたね」
「マジかよ……」
早朝というと数時間前のことで、あちらは小さな子ども連れ。スピードを上げて追いかければ望みはあるだろう。が、そうもいかなかった。
俺達には、城を訪れたらしなければならない、「魔術陣のチェック」という重要な仕事があるのだ。自分とココは黒いローブを引っ張り出してばさりと羽織り、改めて領主への目通りを願い出たのだった。
『師匠、なんで隣の国の面倒まで見なきゃならないんスか? 国防的にアウトでしょ』
とは、フリクティー行きが決まった直後に俺が師匠にぶつけた質問である。魔術陣は城の要のはずだよな? 他国の者にいじらせていいのかよ。重要機密が筒抜けになるじゃねぇか。
『重要だからこそ、誰にでも伝授して良い知識ではない。扱うにも知識と経験と魔力が必要になる。フリクティーには、それに足る人材があまりおらぬでな。ふさわしい魔導師が育つまでの間、西側の一部だけという約束で見て回っておるのじゃ』
『でもって、その役目をこれからは俺とココにやれって?』
師匠が何年この作業をやっているのか知らないが、口振りから察するに数年の期間ではなさそうだ。その間「ふさわしい魔導師」は一人も育たなかったのか?
俺には、フリクティー王国に後継者を探す気がないとしか思えなかった。もし国同士の不和や戦争が起きたらどうするつもりだ? 呑気な国だぜ。
『……』
ふむ、放っておいたら何年も何十年も同じ作業をやらされかねないな。俺達には騎士としての仕事があるのだし、休みだっていつも取れるとは限らないのに。
っていうか、実質は休みじゃなくて「副業」だし! 出かけるたびに姫が「付いて行く」と言い出す可能性まであっては、周りの皆が困ってしまうだろう。
こいつは本格的になんとかしないといけなさそうだな。
旅行と言いつつ忙しい旅です。明るい良い国ですが、ヤルンが考えるように課題もあるようで……?




