第一話 到着した先で
本編をお読みくださって、ありがとうございました。
ここからは後日談になります。
最初は本編の完結記念座談会の代わりに、スウェルに到着した三人の会話を。
と言いつつ、いきなりへばってますが……。
「二人とも大丈夫?」
「そんなもん、見たら分かるだろ……」
顔を覗き込んでくるキーマが鬱陶しくて、俺は適当に応えながら白いベッドの上で右側へと寝返りを打った。うえぇ、これだけでも気持ち悪いな。
顔を向けた先には、人が一人通れる分の隙間と丸椅子を挟んでもう一つ同じようなベッドがあり、ココが青い顔で横になっていた。血色の悪くなってしまっている唇が開き、か細い声が発せられる。
「頭がぐるぐるします……」
「こっちに着いた途端、揃って倒れるからビックリしたよ」
仕方ないだろ? あんな大魔術を三度も連続して行ったんだから。うげ、くらくらする。世界が回る……。
俺達は予定通り、転送術を使ってユニラテラ王城から一行を目的地であるスウェル城へと送っていった。
最初はまだ良かったのだ。疲労感はあったが、空っぽになった魔力を備蓄しておいた水晶から補充すればそれなりに元気になった。
けれども、二度目以降は明らかにきつかった。荷馬車を送って再び空寸前になった裡を抱えていると、体が限界を訴え始めるのを感じた。しかし、止めてしまうわけにもいかなかった。
『大丈夫か?』
『は、はい』
しゃがみ込んで布に手を付きながら、一緒に術を行使するココの顔色は白く、前日の怪我を思い出して胸が痛んだ。俺の方が魔力も多いのだから、リードしてやらなければと思った。
そうして水晶からまたも魔力を補い、最後となる三度目の光に自らも飛び込み、こちらへとやってきた途端……二人仲良く前のめりに撃沈したのだった。
「転送術を使うたびに魔力が空になるから、水晶で補充するしかないんだけどさ」
「空っぽといっぱいを繰り返すのって、こんなに辛いんですね……」
「くそ、師匠はなんで平気そうなんだ?」
何処に行っても似たような白さと作りの医務室で毒づく。こちら側で受け手として術を展開していたはずの師匠は、さぞへばっているだろうと思っていたのに、動きに乱れはなくいつも通りに見えた。
「そうでもないみたいだったよ。珍しく汗をかいてたし」
「それで済んでいるのが凄いです……」
キーマが言い、ココが感想を述べる。そうなんだよ。こっちは起き上がれないくらいに困憊状態だってのに、あの涼し気な様はなんだ? 経験の差にも限度があるだろ。
会話をするのも億劫だったけれど、さりとて黙っているのも辛く、俺は首を巡らせて「他のみんなは?」とキーマに問いかけた。
「領主様への挨拶とちょっと休憩を挟んでから、ついさっき出発したよ」
一番の功労者を置いていったな? という恨みが一瞬は頭を過ったものの、スウェル側からすれば、王都のご一行様を持て成す方が大変だろうと思い直す。
馬車を始めとする準備物を渡したら、とっとと出発して貰った方が楽に違いない。
「私達も早く追いかけないといけませんね」
「そんなに急ぐ旅でもないし、ゆっくり休んでいけばいいよ」
焦るココに首を振ったのはキーマである。そうそう、どうせこちらとお姫様達とでは旅程が違うのだ。次の宿に追い付ければ問題ない。今は起きろと言われても無理だしな。
胸の上辺りが鈍く痛んで、魔力を生み出す「核」に相当の負担を強いた事実を実感しながら、訪れた眠気に身を委ねたのだった。帰り、どうするかな……?
「あー、やっと落ち着いたぜ」
なんとか起き上がれるようになったのは数時間後で、日はすでに傾きかけていた。容体を診てくれた魔導医が席を外すのを入口まで目で見送り、はあぁと大きく息を吐き出す。
「ですね」
同意するココの顔色もだいぶ回復していて、そんな俺達にキーマがガラス瓶からコップに綺麗な水を注いで渡してくれた。
「はいどーぞ」
「さんきゅー」
「ありがとうございます」
気が利くな、っていうかこの流れも何度目だ? それくらい、自分達がしょっちゅう倒れて運ばれているってことだよな。病弱な人間か、ドジで怪我ばかりしているウッカリさんみたいで嫌だ。
「はぁ、こんなに凄い魔力揺れは初めて経験しました……」
ココがコップの水をちびちび飲みながらボヤくので、半分くらい冗談のつもりで「俺なんて二日続けてだぞ」と言ってやったら、
「あっ、すみません。私を治すためですよね」
と、笑わせるどころか逆にしょげさせてしまった。あれ? いやいや違うって。
「違う違う。治癒術じゃなくて、うるさい馬鹿をぶっ飛ばした方な」
「あぁ、あの水の魔術。無詠唱で発動させてたもんねぇ」
反応したのは、俺の左側の椅子に座って自身も水をグビグビとあおっているキーマだった。それ患者用だろ、付き添いが飲んで良いのかよ。
ココは会話の内容が飲み込めないのか、コップを持ったままキョトンとしていた。あぁそうか、彼女は射られた後のことを良く知らないのだ。
2人で敵を倒してから運んだ、程度にしか説明してなかったもんな。そのことに思い至り、俺は詳しい経緯を話して聞かせた。
「――ってわけでさ。とにかく口を塞いでやる! って思ったら、魔力が勝手に動いてそうなったんだよ」
「やられた本人もだけど、もう一人も完全に腰が引けてたよ」
もう一人というと、キーマに「まだ戦る?」と聞かれてさっさと身を引いた方だ。さくっと決着が付いてこちらとしては有難かったが、あの乱戦で最後まで残った人間にしては、ちっと根性が足りねぇよな。
率直な意見を伝えたら、両脇の2人は微妙な顔をした。
「あの、詠唱なしで術を使われたら、剣士さんにはどうしようもないと思いますよ」
「うんうん。それだけヤルンのキレっぷりが怖かったんじゃない? もう少し止めるのが遅かったら、絶対に溺死してたよ。あそこまでのは久しぶりだったよねぇ」
うぐぐ。ココの正論はともかくとして、キーマも相変わらず言いたい放題言ってくれる。だからって、自分も言われっ放しでは気が済まず、もうそこまでガキではないと反論した。
「お前に止められなくても、ちゃんと制御出来てたっての」
「ほんとにぃ?」
「……そ、そっちだって、鬱陶しくは思ってたんだろ?」
分が悪いと踏んで話をすり替えたら、キーマは素直に「まぁね」と認めた。真面目にやれとわざわざ指図されずとも、きちんとやっているつもりだったと。
「お前の態度が常に不真面目なのは事実だけどな」
「えぇ? あんなに体張ったのに、その言い草は酷くない?」
あの場にコイツがいなければ、戦況が大きく変わっていたことは真実だろう。が、それとこれとは全くの別問題である。そこに違った角度から意見を挟んできたのはココだった。
「もし、相手の方が負けを認めずに試合が続行されていたら、どうなっていたでしょうね?」
「そんなの、普通にキーマが倒して終わりだったろうな」
「2対1は結構きつかったんだよ?」
コップが空になっていたので、おかわりを貰いながら返事をする。
2人の片割れが俺をキレさせたから、あんな半端な結末になっただけだ。やり合っていたと仮定しても、キーマが倒される結末は浮かんでこなかった。
「無理じゃなかったんだろ」
「まぁ、やられそうとは思わなかったけどね」
「さすがですね!」
ほら。そういうことをさらっと言えてしまう辺りが憎らしいのだ。ココはストレートに称賛したけれど、俺は認めつつも悔しかった。
あーあ、ココが怪我してなかったら3人で本気の試合が出来てただろうに。そこはちょっと惜しかったよなぁ。……あぁ、なら、こんな提案はどうだろう?
「じゃあ今度は俺とやろうぜ。よし、分身も入れて2対1だな」
剣のみでの勝負となると、サシではまだ全然勝てない。でも、2人がかりなら或いは見込みがあるかも。そう伝えると、キーマはあからさまに嫌な顔をした。反対に乗ってきたのはココである。
「でしたら私も混ぜて下さい。やっぱりあの試験は不完全燃焼でしたし、今度こそ警戒は怠りません!」
「お? ココが入ってくるなら魔術アリの勝負か? それも面白そうだなぁ」
そこでキーマはいよいよ苦渋の表情になり、残った水をぐいっと飲み干して、「謹んでお断りだね」と言った。えー、なんでだよ。……怒ってる?
「あのさ。2人が抑えもなく全力で戦うなんて、どう考えても死の予感しかしないよねぇ?」
死の予感なんて大げさな、とは到底言い出せそうにない雰囲気だった。そんなこと、ないよな?
ゆったり更新になるかとは思いますが、お読み頂けると嬉しいです。




