最終話 騎士になった魔法使い
これにて本編終了です。よろしくお願いします。
どきどきしながら迎えた翌日、俺とココは、レストルに護衛役の詰め所へと早朝から呼び出され、挨拶もそこそこに本題を切り出された。
「おめでとう。2人とも合格だ」
「ご、合格……! や、や、やった。やったぁ! うっしゃあ! やったなココ!」
「はい、やりましたね!」
笑顔を交わし合うココも一晩休んでかなり回復した。まだ激しい動きは出来ないけれど、日常生活は普通に送って良いと医者に言われたのだ。
俺もまた治癒術をかけてやる予定だし、しばらくは彼女の仕事の穴を埋めるつもりでいる。そのココはひとしきり喜んだあと、ふっと表情を曇らせた。
「でも、私、やっぱり上手く出来た自信がないんですけど……」
「う。それを言われると、俺だってあんなので良かったのか、微妙だけどさ」
筆記はともかく、実技は冷静に立ち回れたとは言い難い状態だった。共闘しようとして大失敗したわけだし。すると、レストルは緩めていた顔を引き締めた。
「試験官から詳しい評価を聞いてきた」
『!』
びくっと肩が跳ねる。何を言われたんだろう。普通に褒められただけなら、こんなピリ付いた雰囲気にはならないよな?
もしかすると、ギリギリの滑り込み合格だったのかもな。だったら、ココが言っていたように、もう一度受け直すってのもアリかもしれない。
「お前達が合格した理由は……他の見習いとの実力差があり過ぎるから、らしい」
「……へ?」
「実力差ですか?」
揃って意味が分からずに次の言葉を待っていると、レストルは「喜ばないのか?」と逆に聞き返してきた。いや、そんなこと言われても。もう少し詳しく教えて欲しいところだ。
「20人のうち、半分以上を2人で倒しているだろう」
「そういえば、ちゃんと数えてはないけど……」
「倒したような気がしますね?」
最初に3人倒し、ココの近くへ移動する間にも数人ぶっ飛ばした。辿り着いてみるとココが何人か眠らせていて、そこを魔導士に襲われてという流れだったか。
で、後のヤツもほとんどキーマが倒したんだよな。つか、他の対戦メンバーの勝率なんて全然気にしてなかったぜ。んーでも、ちょっと待てよ。それって変じゃないか?
「『勝敗は合否に関係ない』って最初に聞いてましたけど? だったら、何人倒したって評価には繋がらないんじゃあ」
「建前上はな。だからといって、同期生の誰にも勝てないような弱い者を正騎士にすると思うか?」
「あー、確かに」
それでも受かるとしたら、筆記が突き抜けて良かったとか、騎士にふさわしい品行方正さを持ち合わせているとか、それこそ奇跡の女神に愛された人間かもしれない。
レストルは「それに」と続けた。まだ何かあるのか?
「お前達はもう護衛役として働く本職だ。模擬戦では正騎士と戦って倒した実績もある。試験官は嘆いていたぞ。『あの3人のせいで、他の見習いの実力がはかれない』とな」
「……」
俺はココと無言で視線を交わし合った。なんだよ、その前向きだか後ろ向きだか分からん理由は。全然喜べないっての。しかも、やけくそ気味の寸評はそこで終わりではなかった。
「そもそも今回、受けさせるかどうかも試験官達は頭を悩ませたそうだ」
騎士団長や副団長、各隊の隊長らは頭を突き合わせて思案したらしい。「王族の引き抜きで騎士になった者を、他の見習いと同じ方法で試す意味はあるのか?」と。
受験させることで、仕事に支障が出る恐れも考慮されてのことらしいが、それって無試験だった可能性もあったってことか?
「いくら何でも、そこまで贔屓されたいとは思いませんよ」
「私も同じ意見です。本当は入団試験も受けないといけなかったんですから」
ココも少々気分を害したような顔で言った。入団試験か。深く考えてこなかったけれど、騎士になるステップを一つ飛ばしているんだよな。模擬戦が代わりだったとしても、きちっと受けたかったかも。
推薦なら師匠……は無理だったとしても、リーゼイ師範に頼み込めばしてくれただろうし。
「お前達がそんな風にやる気満々だったから受けさせたらしいが、フタを開けばあの有様だったからな。『せめて他の者と別に実施すれば良かった』という後悔の声も、あがっていたようだぞ」
「くっそ、あんなに頑張ったのに評価がそれかよ!」
俺達の、あの連日連夜の努力は一体何だったんだ? 勉強に集中したかったのに、旅行の準備や繕い物までやらされてたんだぞ!
「……ということは、受け直しは出来ないんでしょうか」
ココの質問にレストルは「受け直し?」と聞き返し、「自分が騎士団から叱られるだけだから止めてくれ」と言われてしまったのだった。
というわけで、俺達は3人揃って見事に(?)試験を突破し、正式な騎士になれることとなった。俺はそれでもついに夢を叶えた喜びに打ち震え……ている時間はなかった。
レストルから話を聞いた直後、そのままセクティア姫の部屋へ向かうよう言われたからである。
「2人とも合格おめでとう。さぁ、早速準備をするわよ!」
扉を開けると室内にはやたらテンションの高い姫が居て、いきなりそんなことを言い出された。ん、準備?
「ありがとうございます……って、旅行の準備なら終わったんスよね?」
あの荒れ放題だった部屋は、元の美しい様相を取り戻していた。使用人達の涙ぐましい努力により、フリクティー王国への旅の備えも全て終了したと聞いていたのだが、違うのだろうか?
「旅行じゃなくて、正騎士の服を誂えるための採寸よ」
「さ、採寸?」
それなら騎士見習い服を作った時にしたよな? なんでまた? 頭に疑問符を浮かべていると、隣に立つココが丁寧に教えてくれた。
「あれから少し経っていますから、測り直すのだと思いますよ」
「マジで? 別にサイズなんて変わらなくねぇ?」
悲しい事実だが、身長が伸びていないのは先日の健康診断で証明済みである。そういや、この見習い服もせっかく上等な生地で出来ているのに、もう着なくなるのかと思うと勿体ない気持ちがするな。
姫は、そんな俺のぼやきなど完全に無視して話を進めた。
「本当は他の合格者と一緒に作るのだけれど、すぐに出発するでしょう。だから、こちらで手配することにしたの。……ところでヤルン、ちょっと面倒なことになってるのよ」
そこで彼女は何故か声を潜めた。採寸だけでも面倒なのに、更に何かあるのか? 試験は合格したのだし、他に周りに迷惑をかけるようなことをした覚えはないんだけど……?
「あのね、『謎の女性騎士見習いの服は誰が誂えたんだ』って、城のお針子達が騒ぎ始めているみたいなの」
「ぅえっ?」
ちょっと待て。謎の女性騎士見習いって、もしかしなくても俺の話か? 晩餐会の直後は騎士を中心に噂が広がっていたみたいだが、色々と忙しくてその後までは知らなかった。
鎮火したと思っていたら、他に飛び火してたのかよ。それもお針子達に……?
あれは魔術で作った幻であって、本物の服じゃない。「誰が作ったのか」と聞かれれば、「自分自身」としか答えようがない。でも、答える必要なんかないだろ?
「いやいや、そんなの知りませんよ。放っておけば良いでしょ」
「彼女達の情報網は侮れないわよ。私にも防ぎきれるかどうか。ねぇ、せめて正騎士服は採寸しておかない? ……両方で」
「お断りですっ」
採寸は、黙って立っていれば良い護衛の仕事とはわけが違う。何人もの人間に至近距離であちこち測られたらどんなボロが出るか、分かったものじゃない。っていうか、くすぐったいから何度もしたくないし。
「仕方ないわね。じゃあ、今度もまた魔術で『女性正騎士』に変装するのよね。これは、よくよく設定を練っておかないと」
「は? 『設定』……?」
その先はココが引き取って続けた。
「正騎士試験には沢山の人が参加していましたから、事情をご存じない方には『無試験で正騎士になった』ように見えますよね? 謎が更に深まって、注目を浴びてしまうのでは?」
「うぐ」
そ、それこそ知ったことじゃないっての。はぁ、だから晩餐会には参加したくなかったのに。想像以上の頭痛の種になってるし……。
「なら、そっちは見習いのままで良いじゃないスか。今回、試験は受けなかったってことにして」
そして、次の試験実施時に何くわぬ顔をして受ければ良いのだ。俺だって今度こそ納得のいく試合をしたいと思っていたし、今回とは違うスタイルで戦えば正体がバレることもあるまい。
……おっ、考えてみると面白そうかも? そう提案してみると、ココが「ええっ?」と非難の声をあげた。
「そっ、そんなのずるいです。私ももう一回受けたいのに」
「お前、実はただ試合がしたいだけだな……?」
肩に矢まで受けて、相当痛い思いをしただろうに、まだやりたいなんて根性があり過ぎる。姫からも「ほら」と物言いが入った。
「ココを見れば分かるでしょう。上昇志向の強い女性騎士が、試験も受けずに見習いのままというのは、かなり無理がある話よ」
「……みたいっスね」
「そうねぇ。そんなに正体を知られたくないのなら、やはり私が綿密な設定を練ってあげるわ。任せておきなさい?」
「なんて言って、『実は双子の妹でしたー』とかはやめて下さいね」
あ、今ギクってしたな? と思ったのも束の間、こちらのジト目を避ける姫にお針子達の元へと押し込まれてしまった。くうぅ、何度やってもくすぐったい!
「師匠は先に行ったみたいだな」
出発は本当にすぐだった。旅行に同行するキーマも一緒になって採寸を終えた後は昼食を早めに済ませ、荷物を持って城の玄関に集合、などという強行スケジュールである。
向かってみると、整然と石畳が並べられた荘厳な正面玄関には、予定通りに馬車が二台止められていた。周囲には護衛役や使用人なども揃いつつある。
馬車の手前には完成した魔導具の大きな布も広げられていた。最初に護衛の数人と使用人を送るためだ。次いで荷馬車を、最後に一等馬車ごと王族と残りの護衛をスウェルへと飛ばすことになっている。
「ココ、大丈夫か?」
荷物を傍らにポンと置き、彼女の身を案じると、笑顔と「大丈夫です」の言葉が返ってきた。
「魔力を使う分には問題ありません」
「辛かったら残っても良いんだぞ?」
帰りにまた手伝ってくれさえすれば問題ない。お姫様だって怪我の治療のためと聞けば文句など言うまい。そんな気持ちから出たセリフだったけれど、ココはむっとしてしまった。
「旅行以外にも大事な予定があるじゃありませんか」
「そっちだって、理由を説明すれば良いだろ」
万全でない姿を見せる方が、家族も心配するのじゃないだろうか。しかし、ココの懸念はそれだけではなかった。
「ヤルンさんだけを行かせる方が心配です。この前の晩餐会の時のようなことが起きるかもしれませんし、こちらに帰ってこない恐れもありますよね?」
俺は「そんなはずないだろ」と言おうとした。せっかく何年もかけて憧れの騎士になったのに、どこに行ってしまうというのか。それをノドでぐっと押しとどめたのは、頭に浮かんだ師匠の存在だ。
「皆さんが行かれるのに、私だけ留守番なんてあり得ません!」
脇で会話を聞いていたキーマも「言えてるね」と同意した。
「だって、叙勲式にも出ないくらいなんだからさ?」
「じょくんしき? あ、あぁぁああぁぁっ! そうだよ、騎士になったんだから、任命のための式があるはずだよな! お、俺達、欠席っ!?」
キーマがぽつりと呟いたあまりにも重大な内容に俺が大混乱し始めると、周りにいた全員が「この期に及んで」という表情になった。
「何を騒いでいるのかしら?」
そこへ、旅装のセクティア姫が双子の子ども達の手を引きながらやってきて、眉をきゅっと寄せる。
付き添ってきたレストル他数名以外がざっと跪く中、自分だけはうまく感情を処理出来ずにあたふたしっ放しだった。
「せ、セクティア様っ。自分だけ後から追いかけても良いですか? 叙勲式にどーしても出席したいんですっ!」
「叙勲式?」
お姫様は数秒間だけ真顔になってから、にこりと淑女らしい笑みを口元に浮かべて言った。
「そんなものがしたいの? なら、帰ってきた後で私が幾らでも開催してあげるわ。さぁ、フリクティー王国に向けて、いざ出発よ!」
俺にとっては一生に一度の大切な式なのに、「そんなもの」扱いとは酷い。しかも王族自らが俺達のためだけに開催するなんて怖過ぎる。
「して貰うべきか? 諦めるべきか? どっちが正解だ!?」
「はいはい。先のことだし、旅の間にゆっくり悩んで決めれば?」
「さっ、行きましょう!」
究極の選択を迫られて迷いまくる俺の腕を、ココとキーマが両側からがっしりと掴んで魔導具の布までズルズルと引きずっていったのだった。
終
長い長いお話にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
評価や感想、レビューまで頂けて本当に嬉しいです。
ブックマークを付けて下さった皆様にも感謝申し上げます。
何度か軌道修正しようとしたものの、結局振り回されてばかりの主人公でしたし、書き足りない部分もあったと思います。
それでも、少しでもお楽しみ頂けたでしょうか?
この物語は主人公が目標を達成したことでひとまずは終了です。
が、後日談にもお付き合い頂けたら嬉しいです。
ここまでお読みくださってありがとうございました!
追記:ご指摘を頂いていた第三部 第四話 前編の一部を改稿しました(3/14)




