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騎士になりたかった魔法使い  作者: K・t
本編最終部 正騎士試験編
164/193

第五話 正騎士になるために・後編

実技試験の後半です。

今回はストレートに痛いシーンや血の描写があります。ご注意ください。

「ココ!」


 近寄って名前を呼ぶと、彼女ははっとして眠り歌を歌うのをやめた。どちらにしろ、もう近場に敵の影はないから止め時だったのだろう。

 代わりに眠らされたり、俺に蹴散らされた奴らが地べたにゴロゴロと何人も転がっている。この様子じゃ、大怪我でない限りは試合終了まで放置か?


「良かった。ご無事だったんですね」


 全体を見渡すと、最初に20人いた見習いは、数分の間に半分以下にまで減っていた。この調子であれば、完全に決着がつくまでも大してかからないだろうな。


「そっちこそな。っていうか俺も今は敵だろ、気を抜いてどーすんだよ」

「でも、ヤルンさんに歌は効きませんし、殺気もないようでしたので」


 言って、ココは結界まで解いてしまう。おいおい、気を抜くなっていったばかりだろうに。指摘すると、俺には結界も効果がないからと返事をしてきた。

 歌へ余力を回すため、今張っていた結界は簡易版のもので、転送術までは防げないものだったらしい。


「それに、私達には刻印がありますから。魔力を変換されたらどんなに堅固(けんご)な結界でも意味がありません」

「ふぅん。コレ、そんな使い方もあるのか」


 ちらりと自分の左手首に視線をやる。幻で隠した下のそれを使えば、魔力を相手のものに変えることが出来る。

 結界は他者を排除するものだから、「他者ではない」と信じ込ませてしまえば良いというわけだ。実際に使う場面があるかは微妙だが、面白い活用方法ではあるな。


「って、だから戦闘中に手の内を明かしてどーすんだっつの」

「あ、そうでした」


 なんて、試験中には全く相応しくない呑気な談笑をしているうちに、次の手合いがやってきた。ここまで残っているということは、手練(てだ)れか運に愛された奴に違いなく、どちらも面倒なのは一緒である。


 敵は紫のローブを着た魔導士だった。俺はすぐさまココに目で合図してから、地を蹴る。

 勝敗で試験の合否が決まるのでないなら、誰かと共闘したって構わないだろう。そんな考えは彼女にも伝わったようだった。


「喰らえっ」


 こいつも剣で倒してやろうと思ったが、さすがに生き残りは間抜けじゃない。すでに結界を張っていて、念のためにと放った一撃はあっさりと防がれてしまった。ちっ、面倒だな!


『氷よ!』


 火でも放ってくれれば楽なのに、そいつがしてきたのは氷のツブテによる攻撃だった。雷とは違う意味で、水の宿った剣では対抗出来ない術だ。理由は簡単、受けたら凍り付いちまうからな。

 でも、氷への対処なら慣れている。なにしろココの得意分野で、これまで何度も食らわされてきていた。


『火炎、燃え盛れ!』


 剣を握るのとは反対の手で火の粉を生み出して散らす。それは激しい炎と化し、マントを纏うかのように周囲に展開、幾つもの氷の塊を溶かし尽くした。本番はこの後だ。

『踊り狂え!』と呪文で命令を追加してやると、そのまま猛禽もうきんのように敵に襲い掛かる。


「わあぁっ!」


 結界を張っていても、火に襲われるのは本能的な恐怖を味わうのだろう。が、別にこちらは人を焼いてしまおうなどとは考えていない。そんなことをしたら死んじゃうし。


「どうだ、まだやるか?」


 戦意喪失して大人しく引き下がってくれればよし、そうでなければ後ろに控えたココが準備している術で波状攻撃をしかけてくれるはずだ、と思った、まさにその瞬間だった。


「ココ、危ない!」

「えっ……」


 キーマの声がどこからか聞こえたが、内容よりもココの名だけを頼りに振り返る。彼女の左肩に一筋の矢が、まるで吸い込まれていくかのように突き刺さった。直後、体がふらりと揺れる。


「ココ!!」


 顔をしかめ、「ううっ」と痛みに呻きながら倒れていくその身を、俺は剣を捨てて走り込み、地面スレスレで受け止めた。顔から体中に至るまで、一気に汗が噴き出してくる。

 矢は肩に深々と突き刺さっていて、白い騎士見習い服を赤く紅く染め始めた。くそっ、弓使いが残っていたのか。やっぱりココに結界を解かせるんじゃなかった!


 一刻も早く治療しなければならないが、対戦中の魔導士も放ってはおけない、どうしたものかと思案しかけたところで、そいつは突如「うっ」と呻いて前向きに昏倒した。

 理由はすぐに分かった。キーマが駆けつけてくれたのだ。魔導士は結界を張っていたが、炎への恐怖で集中が途切れ、弱まっていたのだろう。


「ヤルン、弓も片付けたよ。ココの様子は?」


 さすが相棒、仕事が早くて助かる。キーマが近付いてきて言い、ふうふうと荒く息をする彼女を見て息を呑んだ。


「待ってろ!」


 俺は思わず矢を抜こうとして我に返る。何の処置もせずに抜けば血が一気に吹き出してくるだろう。位置的に命に別状はないだろうが、血を失い過ぎればその限りではなくなる。

 ココをゆっくりと横たえ、ハンカチを取り出して傷口の上部をきつく縛ってから治癒術をかけはじめた。手が温かくなり、ほんのりと光るその下で、布もすぐに赤くなっていく。


「う、うぅっ」

「じっとしてろよ」


 こうなってはもう試験どころではないのに、外野から助けが入る気配はなかった。


「こんな時にどうするかも見られているんだろうね」


 いざとなったら抱えて退場するしかないか。試験なんてまた受ければ良いだけだ。でも、今はココを動かすのも恐ろしかった。せめて運べるようになるくらいまでは回復させなければ。


「キーマ、しばらく頼むぞ」

「分かってる」


 参加者は俺達の他にあと数人残っていたように思ったため、ボディガードをキーマに依頼し、治癒を力の限りどんどんかけていく。

 剣のおかげで魔力にはまだだいぶ余裕が残っていた。しかし、傷口はかなり深いのか血はなかなか止まらない。肩周りをさぁっと鮮やかに染め上げたあと、地面にも流れ出す。


 そのうち、ココの顔色が赤から白く変わり始めた。まずい、もっと、もっと魔力を叩きこまないと――そう思ったところで、まだあるじゃないかと気付いた。


「ココ、魔力を使わせて貰うぞ」


 断りを入れてから彼女の体から魔力を吸い上げ、そのまま治癒に回す。2人分ならきっと大丈夫……いや、何を腑抜ふぬけたことホザいてんだ、まだまだあるだろうが!

 四方に散るココの青い髪をかき分けて耳のカフスを外し、自分のものも引き千切(ちぎ)る勢いで取って投げ捨てる。抑えがなくなった途端、症状は一気に好転し始めた。出血も、顔色の変化も止まった。


「よし、あとは医者にみせれば……」


 ぎぃん! 鈍い音にはっとする。治療に集中していて気付かなかったけれど、キーマが水際の攻防戦を繰り広げていた。どうやら俺達以外には残すところあと2人だけだったらしい。

 幸いなことに相手の武器はどちらも剣だった。もし魔導士が混じっていたらキーマにはどうしようもなかったかもしれない。そう安堵した矢先、敵の片割れが怒りを含んだ声音で言い放った。


「お前、なんで他人なんか守ってるんだ? これは試合なんだぞ」

「ん? そっちには関係ないことだと思うけど?」


 相手はあながち間違ったことは言っていない。試験の最中に、真剣に試合をせずに何をやっているのかと主張したいのだろう。やられたヤツなど放っておけと。

 こちらとて平生へいぜいであれば素直に聞くか、今のキーマみたいに適当にあしらっていたかもしれない。


 でも、今はタイミングが最悪だった。必死に治療する姿や、転がっている小さな金属の輝きが見えていないのか、それともその意味を知らないのか……。


「真面目にやれよ!」

「……うるさい」


 文句を付けてきたそいつは、俺の呟きに「何?」と聞き返し、より近くにいたキーマは「だから言ったのに」と溜め息を吐いて構えていた剣を下ろし、数歩離れた。


「な、どういうつもりだ? 試合を放棄するつもりか?」

「黙れっつってんだろ!」

「う、わあぁっ!?」


 きつく睨み付けて声を限りに怒鳴ったと同時に、ヤツの足元からざばあっと大量の水が噴き出した。低い悲鳴を上げきる前にすっぽりと包み込まれてしまい、がぼがぼと息を吐き出しながら暴れる。


「お前に構ってる暇なんざぇんだよ、今すぐその口を閉じやがれっ!」


 全身が煮えたぎったみたいに熱い。なんとかギリギリのところで保っている理性でココの治癒だけは継続していたけれど、あとは赤黒い感情で頭がいっぱいだった。

 もう一人の対戦相手が、目の前で起きた現象に「ひっ」と顔を強張らせる。キーマが「まだる?」と問いかけると、彼は剣先を下ろして首を横に振った。それを確認してから、俺の腕を強く掴んだ。


「ヤルン、そこまで。死んだら失格だよ」

「あ、あぁ」


 再び激しい水音がして、水の玉が崩れて飛び散る。包まれていたそいつは急に解放され、うまく態勢を保てずに尻餅をついてから大いに咳き込んだ。

 俺は呼吸を整えてから「どうするんだ」と顔も見ずに問う。見たらまた激昂(げっこう)してしまいそうだった。


「……ま、負けを、認める」


 悔し気に零された返事を聞いてすぐに、試験官に向かってココを医務室に運ばせて欲しいと願い出たのだった。



「知らせてきたよ。戻ってこなくて良いってさ」

「おう、さんきゅ」


 数時間後、日が暮れかけた頃合いの赤っぽい医務室。無事に処置をして貰えたココがベッドに横たわっていた。俺はその脇に腰かけ、目を覚ますのをじっと待っている。

 彼女を医者に任せて会場に戻ろうとしたら、自分も大量の魔力を消費しているから休んでいくように言われてしまった。安定するつい先ほどまでは、隣に寝かされていたのだ。


「ったく、なんつう試験だよ。マジで毎回やってんのか?」

「あはは、正気の沙汰じゃない感じだったよね」


 ついでに言うと、他のベッドや椅子もやられた奴らで溢れかえっていたし、俺達の試合は一戦目だったから、その後の試合でも患者はどんどん増えていった。室内には血や薬品の匂いが充満している。


「試験の結果、どうだろうね?」


 キーマが言うので、「さぁ?」と首を捻って応える。


「お前とココはともかく、俺はどうせ失格だろうな」

「え。ちゃんと試験官に断ってから移動したんだから、退場扱いにはならないでしょ」


 そうじゃない。問題は全く別のところにあるのだ。捻った首を左右に振り、「違う」と呟いた。


「カフスだよ。治療のためだって言っても、勝手に取ったら王都のルール的にアウトだろ」

「……すみません、私のために」


 会話が聞こえたのか、ココがうっすらと目蓋(まぶた)を開く。グレーの瞳にはまだ鈍い光しか宿っていなかった。


「いや、俺が勝手にやったことだし。気にすんな。試験はまた受ければ良いだけの話だしな。今度は最初から全力で全員をブチ倒してみせるぜ」


 へっと笑ったら、キーマに「単に倒すだけじゃ合格出来ない気もするけどね」と冷静にツッコまれてしまった上、ココにまで意外なことを言われてしまった。


「今回、もし私だけが合格していたら、辞退します」


 はぁ? 何を馬鹿なこと言い出すんだか。呆気に取られていると、彼女は先ほどよりしっかりしてきた表情で「だって」と零し、こちらに顔を向けた。


「悪いのは周囲への警戒を(おこた)った私です。こんな情けない有様では納得出来ません。ヤルンさんと一緒に受け直します」

「周りを見てなかったのは俺も一緒だろ?」

「……」


 3人の間に重い沈黙が降りる。まぁそこまで言うのなら止めないし、好きにすれば良いさ。お姫様には「どういうことよ」ってまた叱られそうだけどな。

 ……といったことを考えて、ココに伝えようとしたら、慌ただしく怪我人の治療にあたっていた新人魔導医のイリクが、包帯や消毒液の瓶を手にしながら言った。


「3人とも、もしかして知らないの?」

「『知らない』って、何をだよ」

「カフス……魔力を抑える魔導具は、騎士団員は緊急時には外しても良いんだよ」

『え』


 ……なんですと? ぽかんと口を開けていると、彼は更に説明を付け加えた。


「騎士の特権の一つだよ。入団式の時にきちんと説明があったと思うんだけど」

「に、入団式? そんなもんあったか?」

「私達は中途採用でしたから、参加していませんね」


 ココの言葉に、キーマも「入団試験を受けてないくらいだし?」と言う。


 ……ぬおおおぉっ。隊長、そんな大事なことは、最初にちゃんと教えといてくれよ。さっきのシリアスな空気が物凄く恥ずかしいっ、誰か時間を巻き戻してくれぇっ!

数パターン考えてこの形に落ち着きました。数回にわたった試験もこれにて終了です。

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